その13:お説教です!
「うわあ、カッコいいです魔王様……!」
私は感激して、気付けば両手をぎゅっと胸の前で握りしめていた。
今まで魔王様はこんなふうに誰かを強く威圧することは無かったけれど、いざするところを見ると、想像以上にカッコいい。
新たな一面に、私はときめくばかりだ。
しかし。
「…………」
「あれ、魔王様?」
しばらく沈黙が続いているのに魔王様は言葉を発さない。
この状態なら、皆さんちゃんと聞いてくれると思うのだけれど。
まだお考え中だろうか。
私が大人しく待っていると、バン! という仰々しい音と共に、後ろの扉が開いた。
「全く、見ていられませんわね」
バルコニーに踏み込んで来たのは、ラスキス様。
人払いをしたのか、背後の部屋には誰もいなかった。
だが恋人さんの姿は無い……いや、ある。
彼は扉の陰に隠れて、外の様子を窺っていた。
「皆様、ご機嫌よう。魔王様の婚約者、ラスキスですわ」
ラスキス様は、高らかに名乗る。
途端に、集まっている人たちがどよめいた。
この状況で、こんなところから、3日振りの登場をするとは思わなかったのだろう。
「さて皆様。おおよその事情は把握しておりますわ。この騒ぎは、常日頃から魔王様の怠惰と依怙贔屓により積もっていた皆様の怒りが、私の行方不明をきっかけに爆発した結果、と……そういうことですわね」
よく通る綺麗なお声で、ラスキス様は滑らかに語る。
半歩後ろに立つ魔王様は、何だか複雑な顔をしていた。
「これに関して、2つほど誤解を解く必要がございますわ。1つは私の行方不明について。詳細は後ほど説明いたしますが、此度の件は私の独断行動によるものですわ。魔王様は関係ありませんし、まして犯人でもございません」
再び、どよめきが広がる。
ラスキス様はハキハキと喋りながら、ちらりと私に目配せをした。
加えて指でちょいちょいと後ろを指すので、私はつられるそちらを見る。
すると扉の陰に居る恋人さんが、何かを差し出していた。
私は数歩下がり、彼からそれ――見覚えのあるファイル受け取る。
「もう1つは、魔王様の日頃の行いについて。はっきり申し上げますと、魔王様は怠惰などではなく、むしろ勤勉そのものですわ。ただ、その様を見せなかっただけで。……クィンテさん、どうぞ」
名指しをされて、私は慌てて前に戻った。
ラスキス様は、私の手の中のファイルをさりげなく指し示す。
なるほどそういうことか。
私はようやく、求められている行動を理解した。
「ええと……こちらは、魔王様のお仕事を記録した資料になります! 私と魔王様以外には特に見せる機会が無かったので、たぶん他の人は誰も見たことがないんですけど」
資料をぱらぱらとめくりながら、私は言う。
魔王様のしたお仕事は全部覚えているから、これが無くても話せるが、念のため直接見た方が良いだろう。
「一部、読み上げますね!」
私は息を吸い込む。
大きな声で、皆さんにちゃんと届くように。
「南方大橋の補修に関して。橋のかかっている河が常に荒れており作業が難航しているとのことだったので、現地に赴き魔法で河の流れを調整。作業完了を見届けて、魔法を解除」
私は概要を読み終えたところで、次のページへと移る。
「新型の家畜伝染病に関して。畜産農家からの報告書に目を通していたところ異変と疑われる点があったため、報告書と資料を共に参照したところ新型の伝染病が発生していることを確認。病原菌撃退用魔法を開発。流通している全ての飼料にこれを混ぜ、病原菌の絶滅に成功」
また次のページへ。
「北方地域の不作に関して。3年連続で作物全般が不作の状態が続いているとの報告を受けて、現地に赴き土壌を調査。地下に潜む極小の魔物群が原因と特定し、これを排除、土壌の回復作業を遂行。現在完了済。」
またまた、次のページへ。
「貧民街の救済に関して。長年の問題となっていた貧民街について、経済補助施策を実行。市場にそれと気付かれない程度の働きかけをし、貧民街の住民の8割が職と住居を確保した。施策は継続しており、残る2割も順調に生活水準を上げている」
そこまで読み切ると、ラスキス様が手を私の前にかざして、話を続けるのを制止した。
「ありがとうございます、クィンテさん。その辺りで十分ですわ。……ひとつ質問ですが、これらの成果やその過程をどこかに報告したことは?」
「無いです! しなくて良いとの指示を貰ったので!」
私は端的に答える。
魔王様の肩がほんの少しだけ、ぴくりと揺れた。
「ということで皆様。この騒動の原因が何か、もうおわかりですわね」
ラスキス様は一段と声を張って言う。
それから私と魔王様を手で示し、こう続けた。
「そう! それはこの魔王様の、奥ゆかしさを通り越した致命的な情報共有不足! そしてクィンテさんの能天気!」
「えーっ!?」
私は思わず大声を出してしまう。
これは想像だにしない展開だ。
私と魔王様がお説教され始めた。
「えーっじゃございませんことよ! 貴女、よくこれで魔王様が嫌われないと思えましたわね!?」
「だ、だって……お仕事のこと抜きにしても、魔王様って素敵じゃないですか。時々誤解する人はいるけど、基本的には皆さん絶対好きだと……」
「認識が甘すぎますわ!!」
めちゃくちゃ怒られてしまった。
魔王様も隣で心なしかしゅんとしている。
「まあ良いですわ。詳しいことは後ほど」
溜め息を吐き、ラスキス様は正面へと向き直った。
「しかしながら、忘れてはならないのが、私たちにも問題があったということですわ。魔王様とクィンテさんのことをよく知ろうとしなかったこと、好調や諸問題の好転の要因を注意深く考えなかったこと……心持ちひとつで、すれ違いを回避することはできましたもの」
しん、と集まっている人たちは静まり返る。
みんな顔を見合わせ、神妙な表情をしていた。
「……俺に言えたことではないが」
するとそこで、今度は魔王様が言葉を紡ぐ。
いつもより大きくハッキリした声で、魔王様は告げた。
「皆と話がしたい。その機会を、どうかくれないか」
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