その11:独白

――クィンテは、ちゃんと無事でいるだろうか。


 怒れる群衆を前にして、真っ先に思ったのはそんなことだった。


「降りてこい!」


「報いを受けろ!」


 喉を震わせて叫ぶ者たち。

 中には、軍の幹部たちも居る。

 そして皆、何かしらの武装をしていた。


 クーデター、という声がまばらに聞こえてくるが、その言葉が無くとも彼らの目的は一目瞭然だ。


 3日前、俺はクィンテを人間界に置き去りにしたのち、魔界中のゲートに錠をかけてから城へと帰った。


 しばらくはいつも通りの時間が流れたが、じきにラスキスの姿が見当たらないことに気付いた。

 彼女が何も告げず外出することはよくあるものの、俺は仕事の傍らにそれとなく行方を探り始めた。


 大きな異変が起こったのは、そんな今朝のことだ。


 朝早く、自室で書類を確認する俺の元へとなだれ込んで来たのは、武器を構えた兵士たちだった。


 俺はすぐさま部屋を脱したものの、既に城中が追手となっていた。

 気付けばバルコニーにまで追い込まれ、四方を包囲されたこの状態が出来上がった……というのが、今までのこと。


 魔法で閉鎖した背後の扉が強く叩かれる音を聞きながら、俺はそっと手すりに触れる。


「怠惰な愚王め!」


「何とか言ったらどうなんだ!」


 絶え間なく投げかけられる言葉。

 しかし俺は、何も言い返せない。

 表情すら、少しも変わらなかった。


 俺はいつもこうだ。


 喋るのが下手で、感情を表すのも下手。

 相手の行動にどう反応するのが正解かわからなくて、必死に迷った挙句、結局ロクなことを言えない。


 言葉の代わりにと、いつも仕事を熱心にしていたのだが……今の状況を見るに、それも裏目に出てしまったようだ。


 父上と母上は、素晴らしい為政者だった。


 時に優しく、時に厳しく、多くの市民に好かれていた。

 話が上手く、思考力に優れ、先見の明もあった。


 なのに俺は何もできない。


 懸命に働く者たちに適切な労いの言葉をかけることもできず、好意を示してくれる者に微笑みどころか礼のひとつも言ってやれない。


 土石流から庇われ、聡明な両親を犠牲にしてまで永らえた命なのに。

 12年前のあの日から何も成長できていないのだ。


 こうなるのは、当然の帰結だろう。


「痛い目を見たくなければ投降しろ!」


 群衆の中の1人が、石を投げる。

 石は真っ直ぐに飛んで来て、俺のこめかみをかすめた。


「見ろ、防御のひとつもしないぞ! やっぱり実力なんてひとつも無い、偉ぶってるだけの薄っぺらい権力者なんだ!」


「ラスキス様を返せ! 彼女を女王にしろ!」


 怒りの熱が増す。

 次々と、石や魔法が俺めがけて放たれる。


 けれど、俺は立ち尽くしたまま動けなかった。


 どうしたら良いのかわからない。

 この後に及んで、何ひとつ。


 彼らを力づくで制圧するべきなのか。

 いや、大切な民を傷付けたくはない。


 あるいは大人しく従うべきなのか。

 いや、役目を易々と放り出しては、父上と母上に顔向けできない。


 ラスキスの行方も気掛かりだ。

 彼女の安否をどうにかして確認したい。


 結果論だが、クィンテをあのタイミングで逃がして本当に良かった。

 もしこの場に居たら、彼女も攻撃の対象となっていたことだろう。


 だがクィンテにも、酷いことをしてしまった。


 独り立ちできる年齢になったらすぐに人間界に帰してやればよかったものを、もう少しだけ、もう少しだけとここまで引き伸ばしてしまったのは俺の失敗だ。


 人間であるクィンテは、人間界で暮らした方が幸せに決まっている。

 自分の側近として近くに置くのは彼女の身を守るためであって、決して彼女に魔族や魔界への愛着を持たせてはならない。


 ……そう考えていたのに、気付けば彼女はすっかり魔界に馴染み、あろうことか俺にも懐いてしまっていた。

 俺が上手く距離を保てなかったのが原因だろう。

 つくづく、愚かなことをしたものだ。


 だがようやく。

 ようやく踏ん切りを付け、クィンテを人間界に帰してやれた。


 やり方は少々強引だったが、あの街に親切な人間が多いことは下調べをしてわかっている。

 食料や金品も持たせたし、悪いようにはされないだろう。


「……クィンテ」


 いつも明るく、一生懸命で、誰にでも優しい彼女。

 少し抜けたところもあるが、それもまた可愛らしい魅力だ。


 ともすると、俺が守らずとも魔王城で上手くやれていたかもしれない。

 それほどまでにクィンテは、善い人物だ。


 しかし、だからこそ、俺の下に居させてはならなかった。


 俺は魔王として不適格だったのだろう。

 もっと言えば、人として。


 精一杯やっているつもりで、全てを誤っていた。

 民にも軍の者たちにもラスキスにも、恐らく沢山の迷惑をかけた。


 けれども未練を断ち切りクィンテを手放したあの決断だけは、きっと間違っていない。


「――さま」


 俺はいつの間にか俯いていた顔を上げる。


 声がした。

 いや、気のせいか?


 しかし今のは、確かに。


 早鐘のように鳴り出した心臓を抑え、周囲を見回す。


 すると次の瞬間。


「魔王様!!」


 見慣れた桃色髪が、ひょっこりと視界に現れた。

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