その10:帰還します!

 私たちはゲートこじ開け作戦を実行するべく、まずは隣町にある恋人さんの家へと移動した。


 普通の一軒家より少し大きなそこには、恋人さんの他にそのご両親も住んでいるとのこと。

 しかし今はちょうど、長期の仕事で遠くに行っているらしい。


「僕の家は代々、魔法を研究していてね。使うことはできないけれど、解読できるところまでは来ているんだ」


 書庫からアレコレと本を引っ張り出しながら、恋人さんは言う。


 魔族は魔法を使うけれど詳細な原理はわかっていないから、その点では恋人さん一家の方が秀でているというわけだ。

 知らなかったなあ……。


「人間も頑張ってるんですね!」


「君も人間じゃないのかい?」


「そうですけど、気持ち的には魔界寄りです」


 何と言っても魔王様の側近。

 人間より魔界に親近感を覚えるのは当然である。


「使えそうな資料はこれくらいかな……。それじゃあ、急いで解読するね。5……いや、4日以内に終わらせる!」


「頑張ってください! 私もお手伝いしますからね!」


「ええ。私たちにできることなら、何なりと」


 こうして、恋人さんはゲート――つまりは異界を繋ぐ魔法の解読を始めた。


 私とラスキス様はゲートの様子を観察したり、周囲の魔力の動きを記録したりと、細かな補助を。

 恋人さんは私たちの報告も参照しながら、作業を進めて行った。


 想像通りと言えば想像通り、解読はそう簡単にできるものではないようだ。


 ああでもないこうでもないと恋人さんは四苦八苦し、それでも少しずつ答えに近付いていく。

 私たちも一生懸命に手伝いをし、彼の進捗に貢献する。


 そうして1日、2日と時間が経ち、3日目の昼前。


 ついに解読は完了した。


 私とラスキス様と恋人さんは、さっそく林のゲートへと向かう。


 解読ができているなら、あとは魔法を使える者さえ居ればどうにでも、というのが恋人さんの話。


 ラスキス様が彼の指示通りに、何やら複雑な魔法を使うと、魔力が大きく揺らめいたのがわかった。


「よし、開いた!」


 恋人さんは歓声を上げる。


 目には見えないけれど、私にもわかった。

 確かに今、ゲートは魔界への通路を開いている。


「わあ! 凄いです!!」


「ふふん、そうでしょう。私の恋人は素晴らしいでしょう?」


「はい!」


 誇らしげなラスキス様と、安堵した顔の恋人さん。

 私は2人と共に、意気揚々とゲートを跨いだ。


 途端に、ぐにゃり、という感じがして、周囲の景色が変わる。


 ぐるりと前後左右を見回し、また空を見上げると、そこに広がっていたのは間違いなく魔界の風景だった。


「やったー! 帰って来られました!」


 ほんの3日振りだけれど、なんだかとても懐かしい気がして、私はぴょんぴょんと飛び跳ねる。


 隣に視線を向ければ、ラスキス様は冷静な様子で佇んでおり、恋人さんは物珍しそうにキョロキョロしていた。


「これが魔界……! そうだラスキス、ここは魔界のうちのどこなんだい?」


「私の家の所有地ですわ。魔王城は、あそこに」


 ラスキス様が指差したのは、少し離れたところに見える高い山の上。

 なるほど彼女の家は意外と魔王城から近かったらしい。


 少々話し合った結果、何をするにしてもまずは魔王様が居るかどうかを確かめてから、ということで魔王城へと向かうことに決まった。


 行くなら当然、早い方が良い。

 私たちは道を無視して最短距離を突っ切る。


 ラスキス様の案内の下、私たちはせっせと足を進め、小川や獣道など歩きにくい場所を通過する必要があれば、私が2人を抱えて通った。


 そんな具合で行くことしばらく、ようやく魔王城が目前に見えてきた。


 しかし、奇妙な点がひとつ。

 何やら大勢の人の声が聞こえてくるのだ。


「騒がしいですわね」


 ラスキス様は眉をひそめる。

 私と恋人さんも首を傾げ、顔を見合わせた。


 声は魔王城に近付くにつれどんどん大きくなっていく。

 ざわざわ、というより、わーわー、といった感じの声だ。


 疑問に思いながらも最後の坂を登り切り、正門の方に目を向けると――そこには視界を埋め尽くさんばかりに、沢山の人々が集まっていた。


 正面バルコニーには魔王様の姿もある。

 私は魔王様が無事でいることに安心する一方、この光景により更なる疑問が浮かんだ。


「あれ? おかしいな、今日って行事も何も無いですよね?」


「……近付いてみましょう。念のため、見つからないように」


「はい!」


 今の距離だと、まだ何を言っているのかまでは聞えない。

 私たちは木陰に身を隠しながら、そろりそろりと前進する。


 徐々に耳に入る言葉が鮮明になっていき、遂に誰かの声がはっきりと聞こえた。


「クーデターだ! 我々の手で、あの魔王を玉座から引きずり下ろせ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る