その8:奇遇な邂逅です!

「困ったなあ……」


 もう何往復しただろうか。

 私は通りの真ん中で途方に暮れる。


 もしかして魔王様は、街の外に行ってしまったのかもしれない。


 でもこれで私が街から出て、入れ違いになったら……と考えると、まだもうちょっと粘った方が良い気もする。


 そうだ、お店の人たちに魔王様を見てないか聞いてみよう!


 名案を思い付いた私は、さっそく近くのお店に行こうと踵を返す。


 と、その時。


「誰か! その男を捕まえてくださいまし!!」


 人混みの向こうから、大きな声がした。


 振り向けば、鞄を抱えて走って来る男性。

 周りの人を突き飛ばしながら駆けるその様子からして、恐らく「捕まえて」と言われているのはこの人だろう。


「えいっ」


 私は手持ち鞄を足元に置いてから、男性の前に立ち塞がり、片手でぐいと掴んで持ち上げた。


 彼は「うわあっ!?」と悲鳴を上げ、抱えていた鞄を取り落とす。

 それを私が空いた片手でキャッチすると同時に、先ほどの声の主と思しき女性が小走りでやって来た。


「ああ、ありがとう。助かりましたわ」


「いえいえ――」


 どういたしまして、と言おうとしたところで、ふと気付く。


 女性の顔には見覚えがあった。


「……あれ、ラスキス様?」


「…………クィンテさん??」


 あちらも私を認識したようで、私たちはポカンとして見つめ合う。

 たぶん、思っていることは同じだった。


――なぜこの人が、ここに?



***



 私たちは男性を憲兵さんに引き渡してから、人目を避けて街はずれまで移動した。


 そこで私はラスキス様に、偵察任務で人間界に来たことと、魔王様とはぐれてしまったことを伝えた。


 秘密の任務のことを喋ってしまうのは良くないが、誤魔化したままでは、きっと魔王様を探すのに協力してもらえない。

 そう考えての判断だ。


「なるほど、事情は理解しましたわ」


 ラスキス様は神妙な顔で頷いた。


 彼女の服装はいつもと違い、シンプルなワンピースを着て、つばの大きな帽子を被っている。

 具体的にはわからないけれど、身分と種族を隠していることはわかった。


「ラスキス様はまお……ご主人様を見ませんでしたか?」


「全く」


「そっかあ……」


 溜め息を吐き、私は項垂れる。


「ちなみに、ラスキス様はなんで人間界に?」


「それは……まあ、今の貴女になら、教えて差し上げても良いですわね」


 咳ばらいをひとつ、声を落として、ラスキス様は言葉を続けた。


「恋人に会いに来ましたの」


「ええっ!?」


「声が大きい! 静かになさってくださいまし」


「あ、す、すみません」


 周囲に人影は無いけれど、遠くには誰かが居るかもしれない。

 私は慌てて手を口元に添え、ひそひそ声を作った。


「ラスキス様って、ご主人様の婚約者ですよね?」


「ええ」


「でも他に恋人が居るんですか?」


「そうですわ」


 信じられない内容を、ラスキス様は平然と語る。

 ちょっとヤケ感はあるけれど、恥じる様子はちっとも無い。


「この際ぶちまけますけれど、私は婚約に納得なんてしていませんし、まお……あの方のことも全く好きではございませんわ」


「好きじゃないんですか!?!?」


「声!」


「はいっ」


 私は口を塞ぐ。


 でも、本当に、魔王様を好きじゃないって……なんで??


 だって魔王様ってカッコいいし、沢山働いてるし、賢いし、優しいし、照れるとちょっと可愛いし。

 良いところばっかりだ。


 魔王様のことを誤解してる人はいたけれど、まさかラスキス様もそうなのだろうか?


 困惑する私に構わず、ラスキス様は話を再開させる。


「いわゆる政略結婚ですわ。私の家とあの方の政治的利益だけを考えて、この婚約は為されましたの」


「はえ~……。恋人さんとはいつから?」


「婚約が決まる、ずっと前から。始まりはあの雪の降る日――」


 そうして、ラスキス様は語り出した。


 どうやら彼女は4年ほど前に偶然人間界に迷い込み、そこで今の恋人さんに助けられたらしい。


 魔族と知っていても優しく接してくれた恋人さんをラスキス様は好きになり、恋人さんもまた美しく芯の強いラスキス様に惹かれたのだとか。


「私は度々密かに人間界へ足を運び、逢瀬を重ねましたわ。そして今日は……彼に最後のお別れを、と」


「なっ! ……んでですか? これからも通えば良くないですか?」


「潮時なのです。私はあの手この手であの方との挙式を引き伸ばして来ましたが、これ以上は無理ですわ。結婚して妃となれば、自由な時間は無いに等しくなりますから……必然、人間界での逢引きも不可能になる」


 そう言って、ラスキス様は笑う。

 なんだかとっても悲しそうだった。

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