その6:偵察任務です!
軍の幹部会議があった日からしばらく後。
私は変わらず、魔王様の側近としてせっせと働いていた。
目下の仕事は午後からの視察の準備。
必要な書類や現地の資料を揃えて、魔王様のところへと持って行くのだ。
今日は珍しく予定と予定の間の時間が長めで、そのため少しゆっくりできる。
いつもよりも周りによく注意して、私は魔王城の廊下を歩く。
すると階段の上の方から、何やら話し声が聞こえてきた。
「――でさあ……」
「ほんと、どうなっちまうんだろうな」
階段に近付き、そっと聞き耳を立ててみる。
姿は見えないが、どうやら声の主は男性2人で、階段の踊り場の辺りで話をしているらしかった。
不満と不安の混じった声色で、彼らは言葉を交わす。
「先代は良かったなあ。威厳も優しさも持ち合わせてた。それに比べて今の魔王様は……」
「市民の話は聞かない、いつも高圧的、おまけに拾ってきた人間を側近なんかにしてる。あとうちの隊長が言ってたぜ、この間の会議のこと」
「ああ、俺も隊長がぼやいてるのを聞いた。幹部が真剣に訴えてるのに、無関心を隠そうともしなかったって。いつものことらしいんだけどな」
「はあ……俺らの希望はラスキス様だけだ。早く代替わりしてくんねえかなあ」
彼らの会話を聞きながら、むむむ、と口が自然とへの字になっていくのがわかった。
誤解だ。
あの人たちは、重大な誤解をしている。
魔王様はちゃんと皆さんの話を聞いて施策を練っているし、高圧的っていうよりちょっと口数が少ないだけだし、私は可愛くて仕事ができるから妥当な役職配分だ。
不幸な誤解は素早く解くのが、デキる側近というもの。
私は階段に足をかけた。
「あのっ――」
「クィンテ」
ハッとして振り向く。
いつの間にか、魔王様が立っていた。
私は足を戻して姿勢を正す。
「魔王様! どうかしましたか?」
「内密な話がある」
そう言って、手招きをする魔王様。
階段の上の彼らのことが気掛かりだけれど、主君のお願いが優先だ。
私は促されるまま、場を後にした。
魔王様は足早に、自室へと移動する。
私と一緒に部屋に入ると、扉を閉めてなぜか防音魔法をかけた。
「午後の予定は無くなった。代わりに人間界へ行く」
「人間界、ですか?」
思わず私は聞き返す。
急な話なのもそうだが、どうしてまた、人間界なのだろう。
首を傾げる私に、魔王様は澄ました顔でこくりと頷いた。
「そうだ。偵察をする」
「でもそういう任務は、風部隊さんにお任せするのが良いんじゃ……」
「俺自身が直接見なければわからないこともあるだろう」
「なるほど!」
やっぱり魔王様はきちんと色々考えていらっしゃる。
できることなら先ほどの男性たちを連れて来て、この素晴らしい心構えを知ってもらいたい。
無関心とは、全く逆なのだと。
「では早速、準備をしますね!」
「要らん。既に手配してある」
意気揚々と走り出しかけたところを止められ、つんのめる。
転んだら大惨事だから、咄嗟に踏ん張ってこらえた。
「来い、クィンテ」
「はーい!」
魔王様に続いて、私は部屋を出る。
廊下を行き交う人たちに見られながら歩いて行き、どこへ向かうのかと思えば、辿り着いたのは裏庭だった。
花の咲き乱れる庭園になっているそこには人気が無く、生垣の近くに大きな鞄が2つ置いてあった。
片方は背負うタイプで、もう片方は手で持つタイプ。
そしてどちらもパンパンに中身が入っている。
「たくさん荷物がありますね!」
「これくらいは普通だ。クィンテ、全部持て」
「わかりました!」
2つの鞄は私が持つのにぴったりのサイズだった。
私は念のため、この状態でちゃんと動けるかを確認するべく、歩いたり跳んだり動き回る。
そうしていると、カツカツとヒールの音を鳴らしながら、誰かがやって来た。
「あらあら、どうも。ご機嫌よう」
「あ! こんにちは、ラスキス様!」
今日も今日とて綺麗で煌びやかな彼女に、私はお辞儀をする。
「こんな早くから、揃ってどちらへ?」
「えっとですね、に――」
「私用だ」
答えようとしたのを遮られてしまった。
もしかして偵察は極秘任務なのだろうか。
私は大人しく口を閉じる。
「ふうん。……魔王様。貴方様はご自分の立場を、理解していらっしゃいますわよね?」
ラスキス様はゆったりとした足取りで、こちらに歩み寄って来る。
彼女は私の横をすり抜け、魔王様の目の前で立ち止まった。
ラスキス様は笑顔で、魔王様は無表情で。
2人は視線をぶつけ合う。
「私と貴方様は、近いうちに夫婦となる者同士。周囲に誤解を招くような行動は慎んでくださいまし?」
「無論だ。……クィンテ、行くぞ」
「はい! それではラスキス様、失礼します!」
一瞬、不穏な感じがして、喧嘩になるかな? と思ったけれど何事も無くてひと安心だ。
まあ、喧嘩になったとしても問題無い。
なぜなら優秀な側近である私が、上手く仲裁するのだから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます