その5:ご飯を食べます!
日が沈み青空が星空に変わる頃、全ての仕事を終えた私と魔王様は食堂にやって来た。
私はあくまで側近だから、魔王様と一緒に食事をすることはない。
……のが原則だけれど、週に1度くらいの頻度で、私たちは夕食を共にする。
魔王様曰く「定期面談を兼ねている」とのこと。
いつでも私は可愛いし元気なので特に心配してもらうことは無いが、魔王様は側近の管理も怠らないのだ。
私たちは向かい合う席に座り、飲み物の入ったグラスを手に取る。
「魔王様、今日も1日お疲れ様でした!」
「ああ」
ささやかな乾杯。
メイドさんも誰も居ない2人きりの食堂で、私たちはご飯を食べ始める。
今日のメインディッシュは鳥の香草焼きだ。
美味しそうな匂いにつられるまま、私はそれを口いっぱいに頬張る。
幸せそのものみたいな味と食感を享受しながら前を見ると、魔王様はお行儀よくナイフとフォークで切り分けながらお肉を食べていた。
ひと口サイズに切った鳥肉を、小さな口へと運び、ゆっくりと咀嚼する。
お手本みたいに綺麗な所作だ。
カッコいい魔王様は、ご飯を食べるのだって素敵だ。
いくら見ても飽きない。
私がまじまじと眺めていると、魔王様は怪訝な表情でこちらに視線を向けた。
「……なんだ」
「いえ! 魔王様、やっぱりカッコよくて好きだなって思ってました!」
「そうか」
あ、今ちょっと顔が赤くなった!
実を言うと魔王様は、褒められるとすぐに照れる。
これは私が発見した、私だけが知る秘密の豆知識である。
ちなみに仕事中は誉め言葉を貰っても、照れが全く顔に出ない。
「公私」のうち「私」の時にだけ、魔王様の反応は素直になるのだ。
私がニコニコしていると、照れ隠しにか魔王様は話題を変えた。
「クィンテ、お前は人間が好きか?」
「うーん、あんまりです! だって私を捨てた人たちですし」
ぼんやりと、私は魔王様と出会った時のことを思い出す。
もう10年以上前のことだ。
あの日、泣きじゃくる私の手を握ってくれた、魔王様のひんやりした手の温かさは忘れられない。
「あ、でも魔王様と出会う機会をくれたって考えたら、わりと好きかもです! 捨てられなければ拾われもしませんからね!」
例え私がずっと人間界で暮らしていたとして、魔王様ほどの素敵な人に出会えるとは思えない。
両親のことは元から恨んではいないけれど、感謝をしても良いくらいかも。
まあでもやっぱり、好きではないかな。
「……クィンテ、もし……」
魔王様はナイフとフォークをお皿に置き、私を見つめる。
いつにもまして真剣な目だ。
何を言われるのだろうかと私は全力で耳を傾けるが、ややあって、魔王様は目を逸らした。
「いや、何でもない」
そうして再び、ナイフとフォークを手に取る。
魔王様がそう言うのなら、と私も止めていた動きを再開し、2つ目の香草焼きに手を付け始めた。
「……午前の幹部会議のことだが」
「はい?」
「俺は、人間界を侵攻する気は無い」
「そうなんですね!」
私はグラスの中身を一気に飲み干す。
さっぱりとした水が喉を潤して、お腹の底へと落ちて行った。
「そうそう、今日もラスキス様とお話ししましたよ! お前はあんまり目立つなって、また心配してくれました! でもそんなに気にしなくて良いですよね? お城の皆さん、良い人たちですし」
「そうだな。何も心配は無い」
魔王様は静かに頷く。
料理の量は私の半分以下だけれど、まだひと皿も食べ終えていない。
「お前は俺の側近だ。誰も手出しはしないだろう」
「ですよね!」
私は大きなパンをかじって、もぐもぐと咀嚼する。
柔らかくて美味しい。
バターを塗るともっと美味しい。
贅沢だ。
「そう言えば、ラスキス様との結婚式はいつにするんですか? 婚約からけっこう経ちますけど、まだ決めていませんよね」
「……そのうち、彼女と話し合って決める」
魔王様はひと口だけグラスの水を飲んだ。
その時、一瞬、顔が曇る。
「? ……あのー、魔王様。何かお気に障りましたか?」
私は食べる手を止めて、魔王様に尋ねた。
けれども返って来たのは「何も」という言葉。
「お前の気のせいだ」
「だったらよかったです!」
私は安心してスープをすする。
ぬくもりと甘い味が、ふんわりと体に染みた。
「クィンテ」
「はい!」
「……明日も、よく働くように」
「もちろんです!」
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