その3:未来のお妃様です!
私とメイドさんたちは、一斉に声のした方を向く。
そこに立っていたのは1人の上品な女性。
ラスキス様だ。
「ご、ご機嫌麗しゅう、ラスキス様!」
メイドさんたちは慌てて頭を下げる。
理由は明白、ラスキス様はとても強い権力を持つ某公爵家のご令嬢であり、魔王様の婚約者だからだ。
無礼は決して許されない。
「ふん」
立派な角を生やした彼女は、トレードマークである煌びやかな金色の巻き髪を揺らす。
それから私の方に、宝石みたいに綺麗な緑色の目を向けた。
「おはようございます!」
私もメイドさんたちと同じように、頭を下げて挨拶をする。
が、ラスキス様は鋭い目つきで私たちを一瞥した。
「挨拶は結構。私の問うたことに答えてくださる?」
「はい! 今さっき、私のせいでこちらのメイドさんが転びかけてしまったので、お詫びに何をすれば良いか聞いていたところです!」
「……へえ?」
彼女は片眉を上げる。
「い、いえ、私たちはそんな……」
「通りすがっただけです! お詫び? とか、全然、何のことやら!」
「仕事がございますので、失礼致します!」
気が変わったのだろうか。
メイドさんたちは矢継ぎ早にそう言って、去って行った。
「……ま、いっか。ではラスキス様、私も失礼します!」
「お待ちなさい」
歩き出そうとしたところを、ラスキス様に止められる。
「貴女、私のことはご存知ですわよね?」
「? はい、もちろんです」
藪から棒にどうなさったのだろう。
ご存知も何も、つい昨日も私とラスキス様は書庫の前で会ってお話しした。
まさかラスキス様、私の記憶力を疑っていたり?
困惑する私に、彼女は腕組みをして言葉を継ぐ。
「では、私について説明してごらんなさい」
「わかりました! えーと、ラスキス様は、魔王様の婚約者です。式の予定はまだ決まっていませんが、住居はもう魔王城に移しています!」
「つまり? 私は未来の?」
「未来の……? あ、お妃様です!」
「そう! ということは!」
「?」
「権力が?」
「凄く強い! ですね!」
「その通り!」
ご満足いただける回答ができた。
魔王様の側近の名に恥じない働きだ。
しかしここで問答は終わりかと思いきや、ラスキス様はまだお話を続ける。
「それに比べて貴女は? 魔王城で、いえ魔界で唯一の人間! 魔王様の側近とは言え、肉親もいない天涯孤独の身! 魔王様以外に、後ろ盾がまるでありませんわ! すなわち不安定! 弱小!」
「はい、そうですね……?」
なぜ急にわかりきったことを改めて言うのか。
これが全くわからない。
ラスキス様はいつも1人で盛り上がりがちな方だけれど、今日は一段と元気だ。
「察しが悪いですわね。私は貴女に、身の程を弁えろと言っておりますのよ!」
「身の程!」
「魔族は基本的に人間を見下しておりますわ。弱っちい下等生物だと。しかし貴女は下等生物の分際で、魔王様の側近という立場を独り占めしております。良く思わない者が大勢居ること、おわかりになりますわね?」
「えー、そうですか?」
「そうですの!」
確かに、私に嫌なことを言う人は居るけど、全員が全員そうというわけではない。
たぶん。
だって現にラスキス様も、普通に喋ってくださってるし。
「良いこと、クィンテさん。図に乗るとロクなことになりませんわよ? これを言うのも何度目かわかりませんが……人間は人間らしく、目立たないようにしているのが身のためですわ」
「なるほど!」
「おわかり?」
「わかりました!」
「よろしくってよ。それでは、ご機嫌よう」
今度こそご満足いただけたようで、ラスキス様はしゃなりしゃなりと歩き去って行った。
……こんなふうに、ラスキス様がおもむろに私に話しかけてくることは、よくある。
たいてい私が他の人と一緒に居る時に来て、あれこれ喋ったのち、「人間は目立つな」という旨の言葉で話を締めくくるのだ。
きっと私を気に掛けてくださっているのだろう。
もしくは未来のお妃様として、魔王様の側近である私と交流を図っているのかも。
話が回りくどくて、いまいち何を言っているのかわかりづらいラスキス様だが、良い人であることは間違いない。
それにラスキス様は綺麗だ。
私とは異なる、いわゆる美人系。
性格よし容姿よしの彼女と、カッコよくて賢くて素敵な魔王様は、とてもお似合いである。
私じゃないという点が少し惜しいけれど、そこは地位の差があるから仕方がない。
側近として、魔王様の利益を最優先するのは基本だ。
逆に、もし私が良家の令嬢だったなら、ラスキス様とはお妃の座を巡って対立する関係になっていただろう。
と考えると……私がただの人間であることにより、この魔界から争いがひとつ消えたことになる。
運命にも恵まれ、指ひとつ動かさずに争いを減らす私。
とても素晴らしい。
「あ! いけない、早くしないと!」
私は荷物を持ち直し、速足で会議室へと向かう。
魔王様の側近クィンテは、今日も可愛く有能に働くのである。
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