その2:お仕事です!
「魔王様ぁ、どうして駄目なんですか? 市民向けの紹介映像、良い考えじゃないですか?」
お食事の乗ったお盆を机に置きながら、私は言う。
「必要ない。大体そんなもの誰が見たがる」
魔王様は涼しい顔だ。
「私は見たいです!」
「お前だけだ」
ぴしゃりと返され、私はしょんぼり項垂れる。
手厳しいなあ……。
まあそこがカッコいいんだけど。
「そんなことより、今日の公務内容を確認しておけ」
「はいっ! 時間になったら、またお迎えに上がりますね!」
「ああ」
紅茶をすする魔王様を見ながら、私はお部屋を出た。
お食事の時間はすなわちリラックスタイム。
決して邪魔をせず、スマートに下がるのがデキる側近だ。
つまり私。
可愛いしデキる。
さて、しかし側近の仕事はここからが本番である。
私は速足で自室に戻り、スケジュール帳を開いた。
「ええと、今日は……午前は『魔王軍幹部との会議』『市民から寄せられた意見の確認』『報告書の整理』、午後からは『南部統括局の視察』『諸侯との遠隔会議』……」
魔王様はとても多忙だ。
毎日たくさんの予定が入っており、空き時間も休息ではなく雑務や各地への奉仕に費やす。
私はそのお仕事が円滑に進むよう、移動手段を手配したり、付き添いをして資料を持って来たり予定を管理したりするのだ。
早速、午前の会議の準備をするべく、私は大会議室へと移動する。
使う資料は全員分合わせて100枚くらい。
既に用意済みだ。
これと一緒に、今までの記録をまとめた分厚いファイルを10冊ほど運ぶ。
普通の人にはちょっと重たいかもしれないが、私は大きくて力持ちなので余裕である。
ただ視界が見えにくくはなるので、廊下を歩く時は注意が必要――
「うわっ!」
「わあ!?」
言ったそばから誰かにぶつかってしまった。
視線を下に向けると、そこに居たのは眼鏡をかけた文官さん。
彼は尻もちをついて丸っこい角をさすり、私を睨み上げていた。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
持っていた資料たちを下ろして、彼に手を差し伸べる。
が、文官さんはパシッと私の手を払い除けた。
「お前の助けなんか借りるか! このデカブツめ、人間は前を見ながら歩くこともできないのか!?」
「うう、ごめんなさい……。荷物で下がよく見えなくって……」
「チッ、偉そうにしやがって! これだから……全く、魔王様も魔王様だ……」
彼はぷりぷりと怒りながら、どこかへ行ってしまった。
……偉そうにしてるつもりは無いんだけどなあ。
まあ私は大きくて可愛いから、きっとそう見えてしまう人もいるのだろう。
何にせよ、周りには気を付けて歩かなければ。
私は気を取り直して、資料とファイルを持とうとする。
が、その瞬間、誰かが凄い勢いで走って来て、積んであったそれらにぶつかった。
「ああっ!」
支えようと思った時にはもう遅い。
ドサドサ、と派手な音を立てて、何枚もの紙とファイルの中身が床にぶちまけられた。
「あら、ぶつかっちゃった。ごめんなさいねえ」
見ると、走って来たのはメイドさんだった。
傍らには彼女の同僚たちも数人いる。
彼女らは、スカートの裾から出た尻尾を揺らしながらニコニコと笑っていた。
「私たち、急いでたものだから」
「急に目の前にデカブツが現れて、びっくりして避け損ねちゃった」
「危うく怪我しちゃうところだったわね!」
ぶつかった彼女にも、同僚たちにも怪我は無い。
私はひとまず、胸を撫で下ろす。
「すみません。可愛くて大きい人が突然視界に入ったら、驚きますよね……。今度からは、もっと存在をアピールするようにします……」
「……そーーーいうことじゃあ、ないのよね。ねえ?」
「ええ、ええ。他に言うことがあるわよね?」
「そうそう」
メイドさんたちは顔を見合わせ、口々に言う。
なんだろう、全く見当が付かない。
私が首を傾げていると、彼女らは痺れを切らしたように口を開いた。
「だ、か、ら! お詫びよ、お詫び!」
「何かで埋め合わせみたいな? してもらわないと、困るのよね? ほら、誠意がね?」
「例えば、私たちの仕事を手伝うとか!」
あ、なるほど。
私はようやく理解できて、ぽんと手を打った。
「わかりました! 何をしましょうか!」
「うわッ声デカ……。こほん、そうね。まずは中庭の草取りをやってもらおうかしら」
「草取りですね!」
それくらいなら、空き時間にササっとやってしまえる。
お仕事に支障は出ないはずだ。
「あとはねえ……」
メイドさんは視線を彷徨わせて考え込む。
あとは、何だろう。
私は資料をかき集めながら、続く言葉を待つ。
するとそこへ割り込むように、凜とした声が飛び込んで来た。
「ちょっと。何をしていらっしゃるの?」
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