第3話 耳かきは寝起きドッキリに入りますか?

③旅館のラウンジ (夜)



 主人公が寝落ちしてから三十分。

 ようやく目を覚ましたが、響乃と過ごす時間を終わらせたくなくて寝たふりをしている。



「ふわぁ……。もう三十分経っちゃったんだ。お兄ちゃん、なかなか起きないなぁ」


「流石にそろそろ部屋に戻った方が良いのかな……。でもなぁ……」


「起こす……? うーん、でもせっかく気持ちよさそうに寝てるのになぁ」


「そういえば私、妹以外に膝枕するの初めてだ。まさか初恋の君を膝枕する日がくるなんて思わなかったよ」


「……あ、そうだ。あとで妹に耳かきしてあげるって約束してたんだった。もう寝ちゃったかな……悪いことしちゃったかも」


「耳かき、かぁ」


 響乃、巾着の中から耳かきを取り出す。


「ほら、あれだよあれ。このまま何もしなかったら、もしかしたらお兄ちゃんは朝まで起きないかも知れないし」


「でも私は無理矢理起こしたくはなくて……。そんな私の手元には、耳かきがある訳だ」


「逆効果でますます気持ち良い眠りについちゃうかも知れない。だけど……そう! これは寝起きドッキリだよ(自分に言い聞かせるように)」


「起きた瞬間に『この状況はいったいっ?』ってビックリするに決まってるもん。よし、これで行こう」


「じゃあ、左耳から失礼しまーす(小声で)」


 ここから耳かき開始:左耳

 カリカリ、ゴリゴリ等の耳かき音。


 主人公、驚いて声を漏らす。


「あれ。何か今、声が……」


「お兄ちゃん、もう起きちゃった?」


「気のせい……かな? それにしてもお兄ちゃん、結構耳垢溜まってるなー……やりがいあるかも」


「……初恋の人の耳をまじまじと見てるって、よく考えたら凄い状況だな(ぼそっと)」


「夢なのかな? って、未だに思っちゃうなぁ。夢じゃないんだよね、本当に」


「懐かしいな……。中学の時、君に恋をしたんだよね。中学で初恋だったの。遅いでしょ?」


「あの頃の私、全然勉強ができなくてさ。君に勉強教えてもらいなよって、周りの女子達に無理矢理言われて……。ギャルと物静かな君とで釣り合わない二人だーって、からかわれてるような空気だったよね」


「でも君は真剣に教えてくれて、目標の点数が取れた時は自分のことのように喜んでくれて……。私も勉強が好きになって、それで……」


 耳かきここまで:左耳


「君のことが好きになったよ(耳元に近付きながら)」


「流石に起きちゃったかな……? まだ大丈夫そう……?」


「とりあえず右耳もやろうかな。よいしょっと」


 響乃、主人公の頭の位置を動かす。


「…………あっ」


 主人公、覚悟を決めて目を開ける。


「お兄ちゃん、おはよう。……やっと起きてくれたんだ。っていうか、やっぱり身体動かしたら起きちゃうよね」


「どう、ビックリした? 耳かきしてたんだよ」


「あれ。お兄ちゃん、何か瞬き多くない……?(訝しげに)」


「もしかしてだけど……。とっくに起きてた……とかじゃないよね?」


 主人公、無言で目を逸らす。


「あっれぇ……おかしいなぁ。今は『そんな訳ないよ』って言ってくれる場面だと思うんだけど……」


「……そっか。そうなんだ。全部聞かれちゃったか」


「ねぇお兄ちゃん。私、今すっごく動揺してるの。もうどうしよー、あばばばーって感じ。わかる?」


「だからさ、今から耳かきに逃げても良い?」


 主人公、戸惑いながらも頷く。


「ん、ありがと。さっきまで左耳だったから、今度は右耳ね」


 ここから耳かき開始:右耳


「どう、お兄ちゃん。結構上手でしょ? よく妹にやってるんだけど、すぐに寝ちゃうんだよ」


「気持ち良い? 良かった。また寝ちゃわないように気を付けてね……って、それは無理な話か。えへへ」


「……あのさ、お兄ちゃん。さっき……私のことを『好きな人』って言ってくれたの、嬉しかったよ」


「私の気持ちはバレバレなんだろうけどさ。それでも……いつかは目を見て言わせてね」


「よろしくお願いします、って。お兄ちゃんったら丁寧すぎるよ。でもまぁ、そんなところが…………なんだけどね」


「今はまだ言わないよ。私、焦らすこともできちゃうんだから。凄いでしょ?」


「って、何で笑うの? もう、酷いなぁ(わざとらしく怒る)」


 耳かきここまで:右耳


「はい、終わったよ。お兄ちゃん、起きて」


 主人公、起き上がる。

 きょろきょろと辺りを見回し、顔を赤らめる。


「どうしたの? また挙動不審になっちゃって……って、そっか。ここ、旅館のラウンジなんだった」


「もしかして結構注目集めてた感じ……? ほら、あそこのおば様とか『お熱いわねぇ』みたいな目でこっち見てる」


「完全に二人の世界に入っちゃってたよね、私達。今になって羞恥心がぶわあぁって感じだよ」


 主人公、コクコクと激しく頷く。


「ね、恥ずかしくてたまらないよ。でも……凄く楽しかったけどね」


「それにしても、お母さん達がここにいなくて良かった…………あっ」


 SE:スマートフォンのバイブレーション


「ちょうどお母さんから電話だ! ちょ、ちょっと待っててね!(焦ったように)」


 響乃、主人公から遠ざかる。


「うん…………うん。そう、クラスメイトの……。ごめんね、もうちょっとしたら部屋に戻るから…………(微かに聞こえる音量で)」


 SE:スリッパで駆け寄ってくる足音


「何かお母さんに頑張れって応援されちゃった。お母さん、恋愛話とか大好きだから。あとで根掘り葉掘り聞かれるんだろうなー(嬉しそうに)」


「え、何かニヤニヤしてるって? あ、あまり突っ込まないでくれると助かるんだけど。正直さっきから心臓が持たない……」


 主人公、「じゃあそろそろ部屋に戻る?」と提案。


「いや待って! 心臓が持たないとは言ったけどもうちょっとだけお兄ちゃんと一緒にいたいの。お母さんからも許可をもらってるから。……駄目、かな?」


「良い? やった、嬉しい」


「じゃあさ。…………一緒に入らない?(囁くように)」


 SE:スマートフォンが床に落ちる音


「えっ、あ、ごめん。まさかお兄ちゃんがこんなに動揺するとは思わなくて」


「足湯のことだよ。君と足湯に入りながら星空を見たいの。……良いかな?」


 主人公、照れながら頷く。


「ごめんね、ビックリさせちゃって」


「それじゃあ、この修学旅行の最後の思い出……作ろっか」

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