第2話 二人きりの修学旅行

②旅館のラウンジ (夜)



 午後八時五分。

 主人公はラウンジのソファーに座り、響乃がくるのを待っている。


 SE:スリッパで駆け寄ってくる足音


「ごめんお兄ちゃん。ちょっと遅くなっちゃった……。家族を誤魔化すのに時間がかかっちゃって……ふぅっ(息が切れた感じで)」


「そんな急がなくても良かったのにって? いやだってそれは……ねぇ」


「ん、どうしたの? 何か言いたげだけど……」


「浴衣……似合ってる? あ……ありがとう。そんな風にまっすぐ褒められるとは思ってなかったから、嬉しいな(囁くように)」


「アイス、お兄ちゃんはイチゴにしたんだね。私は抹茶だよ」


 響乃、アイスを一口食べる。


「んー、やっぱり温泉のあとのアイスは格別だねぇ」


「ん? そうだよ。私はさっき温泉に入ってきたの。お兄ちゃんも?」


「そっか。じゃあお揃いだね。お兄ちゃんも浴衣似合ってるよ」


「あっ、照れてる。可愛い(得意げな様子で)」


「…………可愛いのはそっちだから? お、おお、お兄ちゃん? 何ですかこのカップルみたいな会話は。やめようやめよう……ね?(動揺しながら)」


「う……。わかってるよ。可愛いって言ってからかったのは私だって。でも最初に浴衣を褒めてきたのはお兄ちゃんだと思うけどなー」


「……それは事実だから仕方ない? ぐぅ……あ、ありが、とう」


「でも、君は本当に変わらないよね。昔から素直で優しくて、気付けば目で追ってたなー……」


「…………あれ?(素っ頓狂な声で)」


「私、今……何か大変なことを口走った気が……」


 主人公、響乃の手を握る。


「わあっ! ビ、ビックリした……。どうしたの? いきなり手を握ってくるなんて」


「ちょっと落ち着いてって、お兄ちゃんがまず落ち着くべきだと思うんだけどっ?(声を荒げながら)」


「そうそう、まずは深呼吸。すぅー、はぁー。どう、落ち着いた?」


「…………ちなみに私は全然落ち着いてないけど(ぼそっと)」


「それで……? 急にどうしたの?」


「嬉しいなと思って……? ま、まぁそうだよね。家族旅行中にクラスメイトと会うなんて滅多にないことだし」


「……そういうことじゃない?」


「本当は、もっと仲良くなりたいと思ってた……?」


「そっか。そうだよね。私も君も、高校に入ってから新しい友達ができて、なんとなく距離ができて……。今はもう、ただのクラスメイトっていう感じだもんね(寂しそうに)」


「でも今、偶然君と会えた。君をお兄ちゃんって呼ぶようになった」


「あっ、お兄ちゃんは今だけか。えへへ(おどけたように)」


「うん。私も嬉しいよ。お兄ちゃんと仲良くなりたいって思ってたから」


「だから、ありがとうね(小声で)」


「ねぇお兄ちゃん。この修学旅行、良い感じでしょ? それともまだ、憂鬱な行事って感じ?」


 主人公、握る手に力を込めて返事をする。


「わっ、ぎゅってされちゃった……。っていうか大丈夫? 私の手、汗かいてない?」


「よくわからないって……お兄ちゃんも結構緊張してたんだね。そりゃそっか」


「あっ、やばい。このままじゃアイス溶けちゃうや。私の作戦が……」


「……作戦って何って? いやぁ、はは。私ってばホント、口を滑らせるのが得意なんだからー(棒読みっぽく)」


「えっ、それは中学の頃から変わらない? わー、バレバレだぁ」


「と、とにかく! はい、お兄ちゃん。口開けて?」


 主人公、挙動不審に辺りを見回す。


「大丈夫。私達以外に誰もいない訳じゃないけど、少なくとも私達の家族はいないはずだから」


「よし。じゃあ、いくよ?」


「あーん」


 響乃、主人公に抹茶アイスを食べさせる。


「ど、どう? 抹茶も美味しいでしょ?」


「うん、良かった。そんなことより顔が真っ赤なのが気になるけど、きっと私も赤くなってるんだろうな……」


「その通りって、お兄ちゃんは本当に正直なんだから」


「じゃあ目標も達成できて満足したから私はそろそろ……(早口で)」


 主人公、「待って」と呼び止める。


「…………いや、その。全然、呼び止めて欲しいとか思ってな……い訳でも、なかった訳だけど……(しどろもどろに)」


「どうしたのかな、お兄ちゃん?(誤魔化すように元気良く)」


「僕のイチゴアイスも味見してみる……? な、なるほど。逆パターンはまったく想定してなかったな……」


「いや、いらないなんて言ってない。いる。欲しい。よろしくお願いします(お辞儀をしながら)」


「良いの? やった。……じゃ、じゃあ」


「あ、あーん(口を開けながら)」


 主人公、響乃にイチゴアイスを食べさせる。


「……うん、美味しい。甘酸っぱくて爽やかで……そう! まるで私達の関係みたいだねっ(上ずった声で)」


「あ……ごめん、完全に誤爆した……。恥ずかしいのを誤魔化そうとしたんだけど、ますます変な感じになっちゃったかも」


「これは修学旅行のイベントだから、別に変じゃない? そっか。ありがとう。……ちなみに、お兄ちゃん的にはどんなイベントなの?」


「さっき私が言ってたこと? 何だっけ」


「…………っ(小さく息を呑む)」


「夜にこっそり好きな人に会いに行く……」


「そっ、それってほとんど告白みたいなものじゃない? 大丈夫……?(焦りながら)」


「好きな人じゃなかったらこんなことしないよって、それは……そうだね。手を繋ぐことも『あーん』することも、仲良くなりたいって思ってた君だからできること……だもんね」


「……仲良くなりたいって言葉は卑怯か。お兄ちゃんは『好きな人』って言ってくれてるんだもんね。だったら私も…………」


 主人公、うとうとし始める。


「へっ?」


「お兄ちゃん……もしかして、眠くなってきちゃった?」


「そっか。だったら今じゃなくてもいっか(独り言で)」


「ううん、何でもない。そろそろ部屋、戻る?」


「……嫌だ? うん……そうだね。私ももう少しお兄ちゃんと一緒にいたいよ」


「あっ、そうだ! 良いこと思い付いたよ、お兄ちゃん」


「私の膝、少しだけ貸してあげようか……?」


 響乃、ポンポンと自分の太ももを叩く。


「なんちゃって。冗談だよー…………って、えっ?(驚きながら)」


 主人公、響乃の肩に寄りかかって眠る。


「本当に寝ちゃった。でもこれ電車でよく見るシチュエーションだ……。肩に寄りかかるだけじゃ寝づらいと思うけどなぁ」


「……ちょっとごめんね」


 響乃、主人公の頭を自分の太ももに移動させる。


「よし、これで膝枕になった」


「寝ちゃったなら仕方ないもんね。お兄ちゃんが起きるまで一緒にいることにするよ」


「おやすみ、お兄ちゃん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る