温泉旅館で二人きり ~家族旅行中に出会ったのはクラスメイトの君でした~

傘木咲華

第1話 お兄ちゃんって呼んであげようか?

 登場人物

 主人公……高校一年生。ライトノベルが好きなオタク男子。響乃に片思いをしている。

 東江ひがしえ響乃ひびの……高校一年生。主人公とは中学校も一緒で、過去に勉強を教えてもらったこともある。主人公は初恋の人。



①旅館のフロント (夕方)



 主人公は家族旅行で温泉旅館にやってくる。

 フロントのソファーに座りながら両親が受付を済ませるのを待っている。


「あれ……? 君ってもしかして……(恐る恐るといった様子で)」


「あっ、やっぱりそうだ! やぁやぁ、偶然だねぇ(嬉しそうに)」


 彼女は主人公のクラスメイト、東江響乃。

 膝に手を置き、中腰になって主人公を見つめている。


「えー、めっちゃ凄いじゃん。君も家族旅行って感じ? 私もなんだけどさー……(徐々に声が小さくなっていく)」


「え、どうしたの? いつにも増して挙動不審だけど……。もしかして気まずい?」


「……そんなことない? そっかそっか。それなら良かったよ」


「っていうかあれだね。君は旅行中でも読書してるんだね? 何かこうー、文学少年って感じ! 格好良いよ」


 主人公の膝の上に文庫本が置かれている。

 響乃は指先を合わせて笑うも、すぐに首を傾げる。


「あれ、また挙動不審になっちゃった……。駄目だった? 文学少年」


 主人公は困ったように俯き、両手で文庫本を隠す。


「……はー、なるほど。そういうことかぁ……(独り言っぽく)」


「今更だけど隣、失礼するね?」


 SE:ソファーに座る音


「今チェックインする人多いみたいだねぇ。時間かかりそうだし、もうちょっと話そっか」


「え? わざわざ隣に座らなくてもって? 別に良いと思うけどなぁ。君とは中学の時から一緒な訳だし」


「……よく覚えてるねって、それは流石に薄情すぎない? 確かに高校ではあまり話さなくなったけど、中学の頃は勉強を教えてもらったこともあったのに(いじけたように)」


「少なくとも私は高校も一緒で、同じクラスだったの…………嬉しかったんだけどな(最後だけ囁き声で)」


「あ、そんなことより!(誤魔化すように)」


「それ、ライトノベルでしょ。中学の時はブックカバー付けてなかったから知ってるよ」


「ふふっ、驚きすぎだよ。むしろ、君がラノベ好きなのは普通にオープンなんだと思ってた。……そっかそっか。そうなんだぁ(嬉しそうに)」


「それで? 今はどんな本を読んでるの?」


「あー……。ちょっとぐいぐいしすぎちゃった……?(しょんぼりとした声色で)」


「こんなところで君と会えると思ってなかったから、つい(小声で)」


「……えっ、特別に教えてあげても良い?」


「ほーう、案外ちょろい……じゃなかった。やった、嬉しいなぁ。えへへ(わざとらしく)」


「ええっと、何々……『今日こそ君にお兄ちゃんって呼ばせたい!』……」


「あ……そっか……なるほど」


「君は妹属性が好きなんだ?」


 主人公、目を逸らしながら頷く。


「あー……。ご、ごめんね……?」


「あぁいや引いてるとか全然そういうことじゃなくって! ほら、私は姉属性だからさ。あそこにいるの、妹なの(焦ったように)」


 響乃、受付の前にいる妹を指差す。


「そんな私がいきなり『お兄ちゃん』って言っても別にグッとこないよなーって。あはは(残念そうに)」


「…………そんなことない?」


「そ、そうかなぁ。……じゃあ、試しに…………ちょっと、耳貸してくれる?」


「お兄ちゃん(耳元で囁きながら)」


「どう、かな……?」


「あ、何か顔が赤くなった気がする……良かったぁ……」


「えっ、私の顔も赤い……? き、気のせいじゃないかなー(上ずった声で)」


「でもそっか、お兄ちゃんか……。他に君のことをお兄ちゃんって呼ぶ人はいるの?」


「いる訳ないでしょって、そりゃそうか」


「……あの、さ。だったら私が、これから先もお兄ちゃんって呼んであげようか?」


 主人公、驚いて手をブンブン振る。


「ふふっ、冗談だよ。クラスの皆がビックリしちゃうもんね」


「でも、この旅行中だけはお兄ちゃんって呼んじゃおうかなぁ。……駄目?」


 響乃、首を傾げてじっと主人公を見る。

 主人公は目を逸らしながら頷く。


「良いの? じゃあ呼んじゃおうかなー……。よろしくね、お兄ちゃん?」


「…………んんっ(少しの沈黙のあと、咳払い)」


「べ、別に自分で決めといて照れてる訳じゃないよ? ただちょっと……せっかく会えたんだから少しでもアピールがしたくて(後半独り言)」


「ううん、何でもない」


「でも本当に不思議な感覚だよ。お兄ちゃんとは学校でしか顔を合わせたことがなかったからさ。何かこう……修学旅行って感じ」


「あー……、そっか。中学の時の修学旅行、お兄ちゃんは風邪でお休みしちゃったんだっけ(申し訳なさそうに)」


「え? 元々憂鬱な行事だったから気にしないでって……何ともお兄ちゃんらしい答えだねぇ。でも、お兄ちゃんってぼっちだったよね?」


 主人公、思い切り項垂うなだれれる。


「あぁごめんごめん! 傷を抉るつもりはなかったんだけど(焦ったように)」


「ほら、あれだよ。修学旅行ってさ、夜にこっそり好きな人に会いに行く……とか、そんなイベントもあるじゃん?」


「……ラノベでなら知ってる? そんなイベント現実ではありえない? あぁ……お兄ちゃんの目がだんだんと死んでいく……」


「違うよ、本当にあったんだよ。ねぇ、信じてよお兄ちゃん(甘えるように)」


「あっ、良かった。お兄ちゃんの表情が回復した」


「だいたい、今の状況はそんなイベントよりもレア度が高いんだから。SSRだよ?」


「だから、さ……」


「せっかくだからやってみない? 二人きりの修学旅行(囁くように)」


「お兄ちゃんって明日はどんな予定なの? もしかしたら目的地が同じだったりして……」


「あ……。朝早くから登山……そっか。私達はチェックアウトの時間ギリギリまで旅館でまったりしてから動物園に行くんだ。明日会うのは難しそうだね(しょんぼりしながら)」


 主人公、おもむろに響乃の服の袖を掴む。


「わっ、どうしたの急に。袖を引っ張ってくるなんて可愛いね?」


「……え? 夜の八時くらいにそこのラウンジで集まろうって……。そ、そんな楽しそうなこと、良いの?」


「確かにアイスとかも売ってるみたいだしね。良いじゃん良いじゃん。それこそ修学旅行のコソコソ感だよ」


「……ホント、嬉しいな……(独り言のように)」


「ん? 素敵な提案をありがとうってこと!」


「僕なんかで良かったのって……今更それ言う? お兄ちゃんと会えて嬉しいの、私の表情見てわからないかなぁ」


 主人公、ごめんごめんと両手を合わせる。


「ふふっ、大丈夫だよ。全然怒ってないから」


「…………あ、受付。どうやら終わったみたいだね」


「よっと」


 SE:ソファーから立ち上がる音


「それじゃあまたあとでね。お兄ちゃん」

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