38話: 黒

 世界の危機を救い、名誉の負傷を伴って凱旋せんとする英雄に対して、今がチャンスとばかり刃を向ける自称勇者。

「殺しはしないよ。でも、罪は改めてもらう」

「この外道がぁぁ」

 外道オブ外道のロンに、外道と言わしめるイゼン。しかしイゼンにその自覚はなく、心の底からこの行動が正義であると信じている。自分の用意した言い訳に洗脳されている。

「ちょっとあなた、自分が何をしてるかわかってるの⁉」

「止めないでくれプリシラ! 僕はここで、悪を討つ!」

 魔力がこめられ、輝き始める聖剣。

 見渡す限りの砂漠に、天を貫く黄金の柱が立つ。

「自分に都合の悪い人間は全員悪ってか。ヒーローってのは気が楽でいいなぁ?」

 そんなイゼンに、ロンは精一杯の皮肉を贈った。

 もはや穏便に諭そうなんて淡い希望は持っていない。

 いまはただ、残った体力で、でき得る最大の嫌がらせを考えるのみ。

「ロン、手……貸す?」

「いらね」

「いくぞ! ブレイブソード!」

 最大まで魔力の込められた聖剣がロンに向かって振り下ろされんとした、その時、

破壊の黒・・・・

バキィン!

 光の刃が、砕けた。


 いや、聖剣そのものが、砕け散った。


「なっ!」

 イゼンがイゼンたるアイデンティティ。かつて勇者と呼ばれるに至った象徴。

 それが、粉々になって足元に散らばっていく。

「いやあ、危なかったなプリシラ」

「ロンが助けてなかったら、大怪我」

 そしてすかさず、大義名分を捻出するロンとリシャ。

 限定的とは言え概念魔法を扱える宝剣。それを一個人の感情で破壊したのだ。糾弾は避けられないだろう。

 イゼンが先に構えたとはいえ、実際に手を出し損害を与えたのはロンの方だ。正当防衛とはならないだろう。いいところが誤想防衛である。

 だから自分の身を守るため・・・・・・・・・というよりもアルバの勇者を守るため・・・・・・・・・・・に行った行動だと主張する方が後々有利になると考えたのだ。

 実際、聖剣が振り下ろされたらプリシラも軽傷では済まなかっただろう。

「えっ⁉ 今のって、えっ、あなた、黒の概念魔法……」

 しかしそんなことよりも、ロンが概念魔法を使ったことに驚愕するプリシラ。

 ポカンという表情のお手本のように、開いた口が塞がらない。

 無理もないだろう。ハレとの戦闘中、ロンが概念魔法を使うそぶりなど一切なかったのだ。あれほどの強敵相手に出し渋っていたなど頭の片隅にも浮かばない。

「どうして、ハレに、使わなかったの……?」

 これが一般的な感想。しかしこの男に、一般的な感性など求めるべくもない。

「はっ。そんなことしたら、クソつまんねぇじゃねぇか」

 実のところの系統には、自由の青に対抗しうる手段があった。ロンはそれに気づいていたし、使用できる状態にもあった。

 しかし、ロンはモンスター戦において概念魔法は使わないという縛りプレーを課している。

 なぜか?

 面白くしたいからだ。戦いを。

 ロマンを感じて会得してしまった概念魔法だが、いざ使ってみるとチート極まりない長物であり、今となっては使えなくなってもいいとすら思っている。

 面白くないものにロンは価値を感じない。

「そん……な……。僕の、聖剣が……」

 そして聖剣は面白くない。だからこそ、どれほど貴重なものだろうが破壊することに躊躇いはなかった。

 聖剣を砕かれたイゼンは何をされたかなど知る由もなく、膝をついてその欠片に追いすがっている。

 そんな哀れな型落ち勇者……いや形無し・・・勇者に、四人は各々声をかける。

「まあ元気出せよ。俺みたいな悪人・・に折られるってことは、偽物だったんだろ」

「そもそも、武器に頼ッてんじャねェ」

「おっ。いいこと言ったぞナキ。ていうか……」

「「「「お前聖剣なしで何ができんの?」」」」

 励ましからの叱責からの煽り。きれいなコンボがイゼンの心を追撃する。

 煽りの部分できれいにハモれるのがアホウドリクオリティ。

「あなたたち……。まぁ、偉人に変わり者が多いっていうのはこういうことなのかしら」

「あいつはイゼン、俺たちイジン。イゼン泣かすぜ俺たちジンジン」

「ヨー、ヨー」

「あなた瀕死なの? 元気なの?」

 唐突なラップ。ロンとリシャの奔放さにプリシラが頭を抱える。

 しかし徐々に慣れつつもあった。

 強いこと。それだけで異質さというのはある程度緩和されるらしい。イケメンがダサい服を着ても、それはそれでアリなのではと思ってしまうように。

 気を取り直し、プリシラはキッと目を鋭くしてイゼンに向き直る。

「今回の件、あなたたちのパーティは重過失として処分が下るはずよ。どのみち聖剣も冒険者としての地位も剥奪される。余計な未練が消えて良かったと思いなさい」

 プリシラ自身イゼンには腸が煮えくり返る思いだ。今すぐ首を跳ねてしまいたいくらいに。

 ロンたちが来たおかげで死者はほぼ出ていない。到着して以降に絞れば、おそらくゼロ。これは奇跡的なことだ。

 故にアホウドリの四人は英雄として称えられるべきであり、糾弾される謂れなどない。言動が過激なだけで、実績で言えば本当に偉人レベル。

 そんな四人に対して敬意もなく、確証バイアスに任せて八つ当たりするイゼンに、プリシラは途方もなく嫌悪感を抱いていた。

「くそぉ。返せ! 僕の剣を返すんだ! お前たちはいつだって、僕の弱らせた敵を横取りするばかりじゃないか! 勇者であるべきは僕なんだ! 僕であるはずなのに!」

 支離滅裂に、何の脈絡もなく責めたてるイゼン。

 二人称すら変わり、瀕死のロンに負けた事実も棚に上げる。

 もはや思いついた端から吠えているに過ぎない獣に、ロンは止めを刺した。


「はっ。世界の危機なんて、縛りプレーで余裕だが?」


 それは明確な差を見せつける一言。

 借り物の力で威張っていたイゼンと、自分の力すら制限して戦うロン。数々の縛りを課して戦うアホウドリ。その高すぎる壁を、ようやくイゼンは理解した。

「うあああああぁ」

 心が折れた元勇者は、うずくまって、やたらめったら土を殴りつける。

 ロンはどこまでも容赦なく、その姿を冷ややかに見つめた。

 しかしその腹に、リシャの軽い拳が突きこまれる。

「余裕じゃ、なかった……バカ」

「いやいや全然。まだ戦えたっつの。それにまあ……」

 満身創痍で強がるロン。加えて、普段からは想像もつかないような笑顔を浮かべてこう言った。

「楽しかったから、いいんじゃね?」

「んっ……。それはそう」

「違いねェ」

「うんっ!」

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