37話: 諸悪の根源

「「「「お前、さいっこー!!」」」」


 ハレの首が、くたりと落ちた。

 無敵とも思われた最強のボスとの遊び。それがここに終結した。

「無事⁉」

 ハレの亡骸を見下ろす四人に声がかかる。

 振り返ると、プリシラが息を切って駆けてきている姿が目に入った。

 駆けてきているというよりは、駆け上がってきているといった方が正しい。余波で周囲が抉れているせいで、四人が立っている場所は小高い丘のようになってしまっていた。

「おうよ。よそ者が現地の勇者を差し置いて、しれっとボス討伐してやったさ」

 ボロボロでも煽り根性たくましいロン。

 普通ならカチンとくるところだろうが、力尽きたハレを指し示されては、そんな感情微塵も生まれない。

「本当に、倒してしまうなんて……」

 プリシラはハレの傍らに跪き、長年の友を看取るかのようにその顔を眺める。

 ガリルやシオタも追いついて来て、プリシラの横に並ぶ。

 しかし感傷もほどほど。悼む心よりも、今は伝えたいことがある。

「確かに、ハレの討伐は私たちの悲願だった。他の街の勇者に成されて、悔しい気持ちはある。けれどそれ以上に……ありがとう」

プリシラは立ち上がり、四人に向かって深々と頭を下げた。

「私たちにはどうにもできなかった。あなたたちが来てくれなければ、アルバの街は終わっていたわ」

 その率直な感謝を受けて、意外にもロンは頬をかき、照れ隠しの軽口をひねり出す。

「まあ、終わらせかけたのは、うちの型落ち勇者だけどな」

 そう。元をただせば、この波乱はイゼンたちがアルバに来たことに起因する。

「んっ」

 もっと元をただせば、ロンたちがイゼンを煽ったことに起因する。

「そう考えると案外マッチポンプなのかもね。ていうか……」

 もっともっと元をただせば、リシャの覚醒魔法の副作用で深夜テンションに陥ったことに起因する。

 

「「犯人リシャじゃね?」」

「私かも」


 深夜テンションでなければ、笑い取ったやつが優勝とかくだらないことはしていなかったはず。そうなれば、イゼンたちと衝突することもなかったかもしれない。つまり、間接的とは言え大元の原因はリシャであると言えなくもないのである。

 勝利に油断し、自ら地雷を踏みぬいたアホウドリ一行。冷や汗だらだら。

 しかし、プリシラの意見は違った。

「それは違うわ。確かにあなたたちのやり方は正道ではないのかもしれない。清廉でもないかもしれない。けれど諸悪でもない。こういった強さもあるのだと、今は理解しているわ」

「おう。それはそれは……」

「前任の勇者がそれを理解できなかっただけ。あなたたちのせいじゃない」

「お、おぅ」

 割と自分たちの非を認めていた中、なぜかやたらと擁護され逆にたじろぐ。

 ボス討伐を成したために色眼鏡がかかっている気がしないでもないが、許してもらえるなら敢えて否定はすまいと、ロンは受け入れることにした。

 しかし、

「僕は認めないぞ!!」

許してくれない者が約一名。


 ハレとの戦闘で大きく隆起した砂漠。そのただ中で、以前の勇者イゼンが叫んでいた。


「あの、プリシラさん。正道で清廉な諸悪サマがやってきたのですが」

「……」

 怒りに肩を上下させ、血走った眼がロンたちに向けられている。少なくとも祝勝ムードを盛り上げに来たようには見えない。

 七人の表情が「めんどくせえ」一色に染まり、視線でイゼンの相手を押し付けあう。

「黒龍を戦わせるなんて、どういうことだ! あれはモンスターであり、ボスであり、倒すべき敵だ! もし街を襲ったらどうするんだ! もとはと言えばこのスタンピードも、君たちがダンジョンの生態系を壊したせいじゃないのか!」

「呼ばれてますよリシャさん」

「私、悪くない。プリシラのお墨付き」

「それはそれとして、あれの相手をお願いしていいかしら……」

「よしフリンテ、脱いで来い」

「やだよ⁉」

 イゼンが騒ぐ中でまだ押し付けあう。なぜなら、議論したところで決着がつかないのは目に見えているから。

 ちなみに件のワイ君は、モンスターの残党狩りを継続している。もう冒険者に任せて大丈夫なほどには収束しているが、続行しているうえ妙にノロノロとやっているあたり、ワイ君もイゼンと関わりたくないらしい。

「よし、プリシラ。事後処理もあるしアルバの街へ戻るぞ」

「そ、そうね。報告することが山積みだわ」

 結局ロンは堂々とシカトする選択をとった。プリシラもそれに便乗する。

 しかし、

「待つんだ君たち!」

当然呼び止められる。

 ロンたちの抵抗(小芝居)は続く。

「ロン、体、大丈夫?」

「やばいかも」

「ナキが死にそうだよ! 誰か助けて! 悪いバカじゃないんです!」

「全然大丈夫だがァ?」

「おいナキ、空気読め」

「うおォ足が取れそうだあァ!」

「大変ね! すぐ治療しないと!」

 ボロボロアピールをしつつイゼンを無視する。

 実際満身創痍ではあり、ナキに至っては、フリンテに支えられているとはいえ歩けているのが不思議なくらいだ。

 しかし、イゼンの狭小でご都合的な視界にそんなものは映らない。

「君たちは自分のミスを取り返したに過ぎない。いや、自作自演だ! この街の人たちや、僕の仲間はそれに巻き込まれた! 君はテロリストになるところだったんだぞ!」

「お前に、だ! け! は! 言われたくねえええ! ……あ、やっべ」

 うざすぎて、無視を忘れてついついつい反応してしまったロン。

 他の六人は「ほなよろしく」と一斉に明後日の方向を向き始める。

 我慢できなかったロンの負けだが、対応を押し付けられたからと言って何かできるわけでもない。

「はぁ……。とりあえず、話があるならもろもろの報告が出そろってからにしようぜ。今の混乱した状況じゃ、何を話しても二度手間になるだろ?」

 結局、諭すような口調でマイルドに対応した。

 余裕のある状態だったら「ならお前はテロの実行犯だなぁ?」と煽っていたことだろう。

 だが今は本当にギリギリの状態で、一刻も早くこの会話を切り抜けたい。

「すべての情報が出そろったうえで、思うさま話し合おう」

 回復したらトンズラする前提で、ひとまずこの場を切り抜けようと言葉を選ぶ。

 しかし、

「いや、ダメだ。君にはここで鉄槌を下す」

「は?」

なんとイゼンが聖剣を抜いた。

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