36話:刹那の見蹴り
『遊んでやるから、ちょっと待ってな』
通じると思った。
事実、ハレは耳を傾けるかのように動きを止め、ロンを見る。
ロンが注意を引いている間に他の三人もそれぞれの役割をこなすべく動き始めた。
リシャは自らを守っていたバリアを解いて、代わりにナキの右脚に展開。鍛冶師が剣を形作るように、丁寧に変形させ、脛当てのような防具を作る。
次にフリンテ。
「ナキ!」
空間の足場から砂の地面に着地し、ナキのもとに駆け寄る。
「繋げるよ」
「おゥ」
「コネクト!」
そしてナキの顔を手で包み込み、額同士を触れ合わせた。
それは自分の知覚した情報を他者へ送信する、オリジナルの高等サポート魔法。そしてそのリンクをつなぐための接触だ。
コネクト状態のフリンテが感知を最大にすることで、テレパスと比較しても圧倒的に速く、正確に、膨大な情報を伝えることができる。
「じゃあナキ、私は全力で集中するから、ちゃんと守ってよね」
「おゥ。俺を誰だと思ッてんだ」
「バカ」
フリンテはそう言葉を交わすと、ナキの後ろに膝をついてハレを凝視する体勢をとった。
感覚共有をしながらのフル感知。加えて、ナキのために情報を取捨選択して送信する。その脳が焼き切れるほどの情報処理に、立っている余裕もない。
ナキが蹴り返し損ねたら、確実に直撃する位置だ。
しかしフリンテは動かない。
全神経を感知に注ぎ、ハレの微動すら未来予知への足掛かりとする。
ナキの脛当てを作り終えたリシャもロンの背後に移動。バリアを展開している間は他の魔法を展開するリソースがない。フィジカルがキノコと同等のリシャでは、魔法無しだとゴブリンすら倒せない。それを守るのはロンの役目だ。
そのロンの眼前。
ハレは……待っていた。
四人の準備が整うまで、動かなかった。
『待たせたな、ハレ』
間違いなくロンの言葉を理解している。
最高の遊びに付き合ってくれると分かっている。
『撃って来いよ、全力でなあ!』
『ハハハハハハハハハハ!』
それを裏付けるような、一際大きな笑い声。
楽しくて仕方ないといった、無邪気で純粋な意思。
バキッ!
ハレがボールを一つ生成する。
明らかに今までとは桁違いの圧力だ。帯びた魔力だけで
しかしナキも負けていない。
「こいやああああああああァ!!」
腰を落とし、斜に構え、瞬き一つせずハレを見据える。
この先の人生、その全てを込めているのではないかと心配になるほどの、集中。
それが具現化したかのように、周囲に黄金色の魔力が漂い砂を巻き上げる。
両者、万全整った。
今この世界には、五人しかいない。
止まったかと思えるほどの静寂の中、ハレが、脚を振り抜く。
認識の遥か埒外。
一瞬を下回る刹那の攻防戦。
音が消え、大地が割れ、空が割けた。
そう思えるほどの衝撃が砂漠を駆け巡る。
全ての砂が持ち上げられ、空から叩きつけられたような。
天地が掴まれ回されているような。
そのままどれほどの時が過ぎたのか。ようやく砂が晴れる。
そこには、倒れたハレと、片膝を突きながらも立っている、ナキの姿があった。
「ハハッ! らくしョーだぜェ!」
そう吠えるナキの口端からはぼたぼたと血が溢れ、右足はかろうじてつながっているだけの無残なパーツと化している。
それでも、ナキは立っていた。
そしてナキの前方、ハレが倒れている側には、蹴り返した球の軌跡が刻まれている。それは地図に残りそうなほど広く深く、果てに見える山すら削り飛ばしていた。
逆にナキの背後、フリンテがいるアルバの街方向は無傷。
余波の衝撃は周囲の砂を根こそぎ吹き飛ばしており、まるで機嫌を損ねた神が暴れた後のような、現実離れした光景が広がっている。
そしてハレは、右半身が吹き飛ばされた状態で地面に倒れていた。
もう浮いてはいない。
その姿は、遊び疲れて倒れこんでいる子供の如く。
「ナキ、お疲れ」
フリンテが駆け寄り、その脚に治癒を施した。すぐには治らないだろう。ここでできるのは応急処置のみだ。
そのフリンテも、鼻から血の筋が流れ出ている。異常な量の情報処理に脳が悲鳴をあげたのだ。
「ロン!」
「大丈夫だ。あんにゃろう。思いっきりやりすぎだっつの」
ロンも衝撃の余波をもろに喰らっていた。
風圧だけで先程までの砲撃の直撃すら超える威力だ。ロンは全身血みどろになりながらも、それでもリシャを守り抜き、何とか立っている。しかしその死に体とは裏腹に、楽しくて仕方がないといった笑顔を浮かべている。
そんなロンの脇下にリシャが素早く滑り込み、その体重を請け負った。
ナキもフリンテに肩を借りて、よたよたと歩き出す。
四人はそのまま横たわったハレのもとへ。
『ハハ……ハ……』
四人の顔を見て、消え入るように、それでいて満足げにハレが笑った。
ロンたちもその顔を見下ろし、そして、一切の曇りなき笑顔を青い人に返す。
「「「「お前、さいっこー!!」」」」
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