35話:暇を持て余した、勇者たちの、遊び
ついにナキの最大強化が切れた。
纏っていた魔力が減衰し、肉体が通常の強化状態へ戻る。
「チッ。どうするかな」
ナキは受け止めたボールを弄びながら、一丁前に次の手を考えてるような顔をする。
そこへすかさずリシャが指示を出した。
「ナキ。そのボール、ハレにパスして」
「パスだァ?」
「んっ。あいつに返してあげて」
まるで、拾ったものを持ち主に返すのは当然、とでもいうような口調。
無論モンスター相手にそんな道理を守る必要はないのだが、そこはナキ。
「そッか。ほらよ」
素直に投げ上げられた青い球は、緩やかな放物線を描き、きれいにハレの手元へ。
パシッ。
それを、ハレは受け取った。
「ロン」
「最高だリシャ! 愛してるぜ!」
いろいろ試した検証の一手が、ついに攻略の足掛かりをつかむ。
足りなかったピース。概念の特定。そこからの攻略法までもが、一瞬でロンの脳内に組み上がる。
「自由。やつの纏ってる概念は、
「んっ……なるほど」
ロンの口から暴かれるハレの秘密。その一を聞いて、リシャは十まで理解した。
しかしあアホの子二人はそうもいかない。
「あァ? それがなんで絶対防御につながるんだ?」
「そうだよ! 自由人は無敵ってわけ?」
「自身の自由な行動を阻害する意思と行動、その全てを遮断しているんだ。不死属性ってよか、干渉拒否なんだよ!」
純粋な
故に、自身の
蹴ろうとしたボールを横取りされるのは自由の
「つまりどういうことなの⁉」
フリンテはいまいち理解できていないらしく、パルクールを続けつつ簡潔な説明を求めてきた。原理を避けて結論だけ教えてくれと。
その意思を汲み、ロンは端的に答える。
「
「「何一つ好転してねえ⁉」」
その言葉足らずな解説に、きれいにツッコミがハモる。
しかしロンとリシャが不敵な笑みを浮かべていること。これがあることを証明していた。
「でも、見つかったんだよね? 打開策!」
「理屈はな。三分だけ時間をくれ。作戦をまとめる」
原理は判明した。あとはどう実行するか、具体的な手順を考えるだけだ。
「……まともな手段考えてよ?」
「いつもまともだが?」
「だあぁもうわかったよ! 行くよナキ!」
「おうッ!」
言われた三分を稼ぐため、フリンテはまた高速軌道に入り、ナキも周囲を走り回る。
最大強化を失ったナキに、砲撃を直接受け止めるほどの防御力はない。しかしその強化は通常状態でも一級品。パンプアップされた脚は超速を生み、砂漠だろうが嘘のような速度で駆け回る。
「ロン、どうするの?」
「そうだな。思いつくのは、自由を害す意思なく
概念魔法とは、純粋な想い……つまりは
ハレの防御対象の判別条件もおそらくはそこ。ハレの自由に干渉する意思があるか、無いか。
「何も知らない魔法使いに、何の説明もなくここら辺を遠距離爆撃させる。別のモンスター用に仕掛けられたトラップに誘導する。何も考えず頭空っぽにして攻撃しまくる。このあたりは有効だろうが……」
「おもしろくない、よね?」
「あぁ。これは正攻法だ」
ロンはロマンに憑りつかれた男。
そんな男が、用意された攻略法で満足できるわけがない。
「正面から、ぶっ飛ばす!」
ドゴッ! バキッ!
その時、また砲撃が放たれた。
ナキもフリンテも直撃は免れたものの、風圧を喰らい土に転がされている。さっきまでは余波程度で体勢を崩されることはなかった。
そしてなんと、リシャのバリアにひびが入っている。さらに威力が上がっているのだ。
「ロン……まだ、なの?」
肩で息をしながら、肘を突き、必死に体を起こすフリンテ。ナキはまだしも、彼女はそろそろ限界だ。これ以上威力を上げられたら、本当に余波が即死ダメージになってしまう。
しかし、
「いや、充分だ。威力上がんのは好都合。お前ら指示出すからよく聞けよ!」
ここで、暗黒知将が立ち上がる。
その不敵な笑みを見て、ナキとフリンテが「おせえよ」と口端を緩める。
「フリンテはナキに感覚共有。回避は考えなくていい。感知全開でバカをサポートしろ!」
「了解!」
「リシャは、バリアを形状変化してナキの右脚を覆ってくれ。脚の動きに追従するように」
「んっ」
「そして、ナキ!」
「おゥ」
そこまで言って、ロンはリシャのバリアから歩み出る。
ナキの近くまで行くと、立ち上がったナキの胸に右の拳をトスッと打ち付けた。
「俺らを信じて、全力で奴の球を蹴り返せ」
ロンの指示は、ハレのボールを利用した攻撃。先程通用しなかった上に、明らかにハレの意志を害する行為だ。
「奴の
否。
これはハレが求めた行動。ずっとやっていた球蹴り遊びだ。
思えばハレはずっと笑っていた。そう、ずっと遊んでいたのだ。
もちろん確証はない。ハレが
これは賭け。それも、当たっていたとして尚、不利な勝負。
「へェ。面白そうじゃねェか!」
だからこそ、遊びに真摯なアホウドリだからこそ全力でぶつかる。
埒外からの攻撃などという無粋は犯さない。
ハレの求めた行動……その意思に沿う形での球蹴り合戦。
ハレの自由の範疇で、正面切って殴り飛ばす。
「作戦、開始!」
ロンは宣言と共に、回収しなおしておいた余剰魔力を拳を通してナキに受け渡した。
リシャと違って魔力の波長を合わせられない以上、他人への魔力譲渡はロスが大きい。渡せてもせいぜい二割といったところだ。
それでも、最大強化数秒くらいはもつ。
「これで何とかしろ」
「充分だッての」
魔力を渡し終えたロンは拳を引き、ハレに向き直って声をかける。
『ようガキんちょ』
今まで話していた言語とは違う。それは古代の言葉だった。概念魔法が日常に使われていた時代の言語だ。
『遊んでやるから、ちょっと待ってな』
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