34話:問題解決にはまず事象の切り分け
「なんてパーティなの……」
ハレから距離を取りアホウドリを見守るプリシラは、その規格外の戦闘に目を見張った。
立体的な足場を確保する前提として、何年も練習してきた夕凪の立体的な回避戦術。それを、平地で、即席に、夕凪以上のクオリティで実行しているフリンテ。
諦めていた防御という選択肢。それを成立させているリシャとナキ。
地味だが、空間魔法で砲撃の方向をリシャやナキに誘導し戦況をコントロールしているロン。
はたから見れば騒がしいだけの立ち回り。しかし、めちゃくちゃなチームワークが成立している。
個人技も圧倒的ではあるものの、欠点がないわけではない。しかし絶妙な塩梅でフォローし合っているのだ。
それだけに、不可解な点が一つ。
――どうして、全員接近戦してるのかしら……
リシャの技能などは特にだが、お世辞にも前衛向きには見えない。逆に、後衛に下がれば尋常ではない適性を発揮するはずである。
――でも、あれほどの実力。あの布陣にも何か理由があるんだわ
そんなものはない。完全な縛りプレーである。本人たちにとっても不本意なポジショニングであることなど、プリシラは知る由もない。
「プリシラさん。マスクルさんの救護、および周辺の避難完了しました!」
見とれていたプリシラの耳に、報告が届いた。
振り返ると、若い男性冒険者が杖を持った神官職を三人ほど引き連れて来ていた。
「治癒師も呼んできました。皆さんの治療も始めます」
避難は先程プリシラが指示したことだ。
ハレとの戦闘が始まった以上、その余波ですら並の冒険者には手に余る。
しかし本来なら、それを押してでも溢れ出たフロアモンスターの対応に当たらせるところだが……、
「すごいですね、あれ……」
シオタが見上げる先、戦闘地帯上空では、無数の鱗を操り有象無象を刈る黒龍の姿があった。
その活躍のおかげで、疲弊した冒険者や兵士を下がらせ体勢を立て直す暇を確保することができている。
「あんなパーティが今まで無名だったとか、セラのギルドの目は節穴か? あの男の空間魔法、速度も効率も尋常じゃねえぞ」
「あのお姉さんの感知能力も、正確すぎて異常です」
「えぇ。でも、こちらからの有効な攻撃手段がないことは同じ。私たちより余裕はあるけど、ジリ貧なことに変わりないわ」
プリシラの言う通り、アホウドリができているのは夕凪と同じく時間稼ぎだけ。ハレにダメージが通らない以上、いくら守りが巧くても意味がない。
「プリシラさん、あれを!」
そしてここで、さらなる壁が立ちふさがる。
「そんな。十個同時なんて!!」
◆
ハレの周囲に生成された青白いボール。その数、十。
それがもし全方位に同時発射できるとすれば、回避は不可能だが……、
「ぎゃああああぁ! むりいいいぃ!」
フリンテの反応からして、悪い予感の方が当たっているらしい。
「ちっ! フリンテ! この盾使え!」
ロンは空間魔法で十字架を取り出しつつ、フリンテには盾を投げ渡す。
「複数同時なら、さすがに威力は下がっててくれよ!」
ロンは希望的観測を叫びつつ、十字架を地面に突き刺し魔力を通す。直角ではなく斜めに、砲撃を上方へ逸らす角度に構え、魔力の防壁を展開。
フリンテも覚悟を決めて盾を構えた。
そして、
ドゴゴゴゴッ!
ハレは達人技のような足捌きで、瞬きの間に十個すべての球を蹴り飛ばした。
全弾別方向の、全範囲同時攻撃。
ロンの希望むなしく威力はほぼ据え置きのまま、放たれた弾幕。
そんな攻撃の中、リシャは安定の引きこもりバリア、ロンも余剰魔力の回収が間に合いノーダメージとはいかないが何とか生存。
フリンテも盾による防御で事なきを得ていた。
尚、盾の正体はナキである。
「おいロン! てめェ投げ飛ばしてんじゃねェ!」
「うおおおぉ! ナキじゃん!」
フリンテもとっさに構えたせいで、その盾の正体に今頃になって気づいた。
「仕方ねえだろ! 口で指示してたら間に合わなかったんだよ!」
コミュニケーションエラーを危惧し、直接ナキを投げ渡したのである。
三度の砲撃を受けてナキの身体は生傷だらけ。
ロンも何とか防いだが、十字架を支えていた両腕がズタボロになっている。
ジリ貧だ。
対抗策を練ろうにも、前衛でちょろょちょろしていては碌に頭が回らない。
唯一落ち着ける環境のリシャも、特に何も思いついていない様子だ。
そうなるとハレ攻略のカギは、リシャの専門外である概念魔法。妙案を出すにはロンとリシャの知恵を合わせる必要がある。
「っよし。ナキ、フリンテ、しばらく頼む」
「「は?」」
「リシャ。ちょ~っと失礼しますよ」
そう考えたロンは、スッと、店にでも入るかのようにリシャの個人用バリアに進入した。
「いらっしゃい」
「おう。一緒に対策練ろうな」
さも当然かのように受け入れるリシャと、そんな彼女を膝の上に乗せ、胡坐をかくロン。
しかし他人のバリアへ後から進入するなどという芸当は通常あり得ないことだ。そのためには魔力の波長を術者と完全に一致させる必要がある。それも、リシャがワイ君に合わせたレベルより遥かに正確に。
それはロンの苦手分野ではあるが、常日頃から膝に乗せて魔力の波長を感じ取っているリシャに対しては例外である。
他のコンビならこうはならない。
「って、二人も引きこもってどうすんのおおお!」
「サボッてんじャねえええェ!」
ただし、超絶技巧だからと言って許容されるとは限らないわけで。
「うるっせえなあ。どうせ俺らが考えないと攻略できねえんだ。頑張って耐えて、役目でしょ」
「ロンが|黒《》使ってくれたら解決するんじゃないの⁉」
「いやです」
|黒《》の使用は攻略法から除外されている。ロンにとってはそもそも選択肢にない。
そんな縛りプレーが前提の中、ロンの胸にちょこんと収まったリシャが、情報の共有を切り出した。
「ハレが、概念魔法で身を守ってるのは、確定?」
外では絶えず砲撃の音。しかしバリアの中は非常に快適で、集中できる空間になっている。
「ほぼな。リシャが特定できてないってのが、何よりの根拠だ」
「セラの百層のときみたいに、何の概念か、感じ取れない?」
「全くダメだ。規模が小さい上に、感知すら無効化する概念なのかもしれない」
「フリンテは、攻撃を感知できてる」
「あれは周囲の空間を感知することで、間接的に認識してるだけだな。あとは五感情報とか」
「直接的な攻撃、感知、その他の干渉を、無効化してる?」
「たぶんな。だが不死属性ってことはあり得ない。そんな概念はないからな。まあ特定するにはまだ情報が足りない」
極小空間で開催される作戦会議。集中できる環境でロンの思考は冴えわたる。
次の検証のため、ロンはナキに向かって叫んだ。
「ナキ! 次にボールが生成されたら、ハレが蹴るより前に蹴り飛ばしてみろ!」
「ァあ? いィけどよ」
何の意味があるのか分からない指示だが、ナキはひとまず承知する。
ロンとリシャの攻略ターンが始まった以上、余計な質問をしても小難しいだけだ。
『ハハハハハ』
「今だ!」
「おら、よッと!」
ハレが次弾を構えたとほぼ同時、とんでもない反射神経でナキがその球を蹴りつける。
飛ばされた球はハレの体に直撃……しかし、他の攻撃と同様に消失した。
「自分が出した球も、防御の適用内。でも、自分で蹴ることは、できる」
「そう、あのボールは触れる。ハレも、こっちもな。だがハレの防御対象になる条件がある。そこに概念を特定するヒントがあるはずだ」
安直に考えるなら、ハレの体色と同じ
その中で防御に関わる概念となると、
「空間、水、適応……あたりか」
「全部、ちがうと思う」
「だよなあ」
空間、水なら見ればわかるし、適応ならば初見の攻撃は防げないはず。
『ハハハハハ』
高らかに笑うハレ。
またもボールを複数生成し、多面砲撃を繰り出す。
今回は五つだったからか、辛うじてフリンテは回避し、ナキもキャッチして受け止めた。
しかしここで、
「あッ。フルアーマー解けた」
ついにナキの最大強化が切れた。
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