33話:見た目がシンプルなモンスターって逆に強い
「ふっ。これで私は防御タンク」
「「「一人だけ安全圏に逃げてんじゃねええ!!」」」
「あとこのバリア、維持が大変で他の魔法使えない」
「それもうタンクじゃねェからな!」
そう。タンクとは、敵の攻撃を自分に集中させた上で耐え切り仲間を支援する職業。ヘイトを集めない上で自分だけ守るそのスタイルは、固い岩が転がってるのとさして変わらない。
さらにバリアが折りたたまれたことによって防御範囲が狭まり、先程まで安全地帯だったエリアが一気に危険地帯へ。
突如切って落とされた対戦の火蓋に、三人は慌てて行動を始める。
「フリンテ! 足場作るから使え!」
まずロン。
空間魔法で空中の至る所を
全員が地面に立って戦うと密集しすぎて身動きが取れないうえに、意味不明な六角柱の障害物もある。そのため、一人か二人上に動かして空間を広く使おうという魂胆だ。
固めた空間は偏光の影響でかろうじて視認できる程度で、それを実戦闘で活用出来る者は少ない。感知能力の高いフリンテや視覚すら強化できるナキ、そして術者であるロンくらいだろう。
「りょーかい!」
ロンの意図通り、飛び上がって空中機動を始めるフリンテ。
途端、その姿は残像でしか捉えられなくなる。
プリシラらのそれとは一線を画す速度と精度。さらに、夕凪が十階層かけてようやく掴み始めたハレの視線すら何となく察知しており、巧みにフェイントをかけ狙いを定めさせない。
ナキは全身に強化をかけ、ハレに仕掛けるタイミングを伺っている。
ロンも同様に、ハレとナキの出方を伺う。十字架を出したいところだが、リシャの個人バリアが邪魔で使えない。
数秒ほど互いに様子見が続いた後、ナキが動いた。
「おらァ!」
強化した拳を握り、ハレを殴りつけようと鋭く踏み込む。
しかしその瞬間、
「ぐァッ!」
ナキの身体が側方に吹き飛ばされた。ずざぁと顔面から土にめり込む。
ロンの蹴りによって。
「ロンてめェ何しやがる!」
「おめえこそ話聞いてたかアホ! 奴に触れたらアウトなんだよ! いくら強化しててもダメなんだよ! おててなくなっちゃうの!」」
「おッ? そうだッけ?」
ロンが止めなければナキの拳は無くなっていただろう。
いや、ナキの反射神経なら薄皮一枚削れた時点でひっこめる程度の芸当はできる。
しかし無駄なダメージは少ないに越したことはない。ロンのロマン砲スタイルは無駄が多いことを棚に上げたうえで、蹴り飛ばしたダメージと比べればトントンという事実に目を瞑ればだが。
『ハハハハハ』
ここで、ハレが笑い声と共にボールを構える。
「二人が狙われてる!」
フリンテがハレの意識を察知し、男二人にアラートをかけた。
この至近距離では空間を捻じ曲げたところで大した角度がつけられない上、下手に曲げたらほか三人にとばっちりが行く可能性もある。
「インビジブル」
ロンはそう判断し、空間魔法で自身の背景景色を透写。幻惑魔法とはアプローチが違うが、事実的な透明人間となり身を隠した。
「ずッりィなあ!」
残されたナキも全身に強化を巡らせ、前傾気味に構える。
通常の強化でも黒龍の尾鞭を耐えたほどのタフネスだが、ハレの砲撃は黒龍のブレスに匹敵する威力。
ロンの見立てでは、耐えられない。
「おいナキ! その強化じゃブチ破られるぞ!」
「だッたらァ!」
ロンの忠告を受けて、ナキは、
「ヘルアーマー!!」
「あっ」
なんと戦闘開始三十秒で切り札を切った。
ドゴウっ!
直後、撃ち込まれる砲撃。
ガンッ!
しかしそれをナキは、キャッチボールでもするように腹と両手で受け止めて見せた。
「はッはァ! へなちョこだぜェ!」
高笑いしながら、キャッチした青白いボールを弄ぶナキ。そして、その流れのままハレに向かって投げつける。
「お返しだッ!」
そのボールは例に漏れず、ハレの体に触れて消えた。
チッと舌打ちするナキ。その頭を、透明化を解いたロンがスパァンと叩いた。
「おいてめえ! なにしょっぱなから使っちまってんだアホ!!」
ナキの最大強化は、基本的に一戦一回の大技。チーム単位で見ても切り札となりうる重要なカードだ。
防御力は言わずもがな、火力で言ってもロンのハルクを凌ぐ。
「まァ任せろよ。メガアーマーの間にぶッたおしャいいんだろ?」
「だから触れられねえんだって」
「あッ……」
「ったく……。もういいから、これ使って殴れ」
ナキのアホさ加減は嫌というほど知っている。
ロンは早々に切り替え、空間魔法で武器を取り出しナキに手渡した。
それは真っ黒な槍。華美な装飾もなく、武骨で、ただただ削り出しただけのシンプルな長槍だ。しかし素材はワイ君の鱗。丈夫で、抗魔力に優れる最強素材である。
「おッ、サンキュー」
それを受け取ったナキは、
「おらァ!」
贅沢にも投げ槍としてブッ放した。
「えぇ……」
ロスト前提で渡したとはいえ、あまりにも潔い使い方。
しかしフル強化状態のナキの投擲は、ハレの砲撃にも匹敵する風圧を生みつつ超速でハレの胸に命中。
しかし何の音も衝撃もなく、その槍はスッとその体に吸い込まれていった。
いや、触れた端から消えていった。
「まあダメだわな」
ナキに攻撃させたのは情報を増やす検証のため。
しかしワイ君の鱗の抗魔力は手から離れた瞬間にその特性を失ってしまう。故に今の検証は不十分だ。
「ロン、次の槍だしてくれッ」
「次がラスト一本だ。今度は投げずに刺せ」
「おゥ」
ロンは再度指示を出しつつ二本目の槍を渡す。
ナキはそれを受け取り、今度は手から離さず叩きつける。が、結果は変わらず、触れた部分のみが消え去った。
「ありャ」
「うんダメだな。んじゃ、次の検証いくか」
ロンは右手を構えると、小さな白い光球を作りハレに放つ。
それは黒龍戦にてリシャが使った、着弾時に変色する魔法弾だ。ハレの腹部に当たったそれは、当然のように変色しないままぬるりと消失する。
黒龍の時と違うのは、魔力と法式が霧散したようには見えないこと。
「やっぱ消失してんのか? ワイ君より優秀な特殊防御だなまったく」
「ねぇっ、あの時みたいにっ、テイムできないの?」
「それは難しいだろうな」
フリンテがハレと着かず離れずの位置を飛び回りながら提案するが、ロンはそれを否定する。
「ワイ君の鱗は魔力を散らす性質を持っていたが、すべての魔力を霧散させるなら、鱗舞で籠めた自分の魔力も散らしてしまう」
「それはっ、確かに」
「つまり、自分の魔力だけは受け付けるようになっているんだ。その判断基準は魔力の波長。だからリシャは、自分の波長を極限までワイ君に合わせてテイム魔法を撃ったんだ。だがハレの特殊防御は十中八九理屈が違う。同じ手は使えない」
「なるほど?」
淡々と説明しているが、そもそも魔力の波長を合わせるなんて絶技は普通できない。脈拍を自力で調節するようなものだ。
そういった感覚的なセンスはリシャの才能であり、ロンにも真似できない技術である。
「次! 四時方向来るよ!」
ハレの予備動作から、フリンテが適宜警鐘を鳴らす。
砲撃を直接防ぐ程の防御力は、現状リシャと超強化中のナキしかいない。
ロンも手段が無いわけではないが、
ひとまずは喰らわないのがベター。
「ナキ! せめて超強化中は受け止めろ!」
「かまわねェが、どこに撃ッてくる?」
「四時方向って今言ったよねぇ!?」
「どッちからどう見て四時だ!」
「そこらへんだあほぉ!」
まともに指示が通らない中、ロンが自分の目の前を指し示すと、瞬きのうちにナキがそこに立った。
ドウッ!
同時に放たれる砲撃。
しかしナキの最高強化は貫通できない……、
「いッてェ……」
そう思っていたロンの予想に反し、受け止めたナキの両手は皮膚が削れ、血が滴っていた。
「おいおい嘘だろ。威力上がってやがるのか」
完全強化中のナキは、ロンの最大火力ですら防ぎうる。
その絶対防御に対して、ハレは通常の攻撃に毛が生えたような技でダメージを通した。
ロンに激震が走る。
「速度も、上がった」
安全圏で観察するリシャから、さらなる情報。
この超至近距離でキャッチできるナキの反射速度も異常だが、ハレにもまだ上があるらしい。
「ハッ! 上等だ! もッと打ち込んでこいやァ!」
『ハハハハハ』
こうなると、さらに上げてくると見積もっておいたほうがいいだろう。
ロンは高めに警戒レベルに引き上げるが、その想定はさらに上から捻じ曲げられることとなる。
「おいおい、まじか……」
ナキの煽りに対し、ハレが出現させたボール。
それは、同時に十個。
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