五章 バカの四人羽織

31話:丸裸の敵を暴いてさらに丸裸にしよう

 自ら巻き起こした風でミニスカートをはためかせながら、リシャはバリア越しにハレを見つめる。

 風で飛ばぬよう右手で帽子を押さえ、左手はバリアの方へまっすく掲げ、無表情に、何の焦りも無く、透ける瞳を青い人型へ向ける。

「君はセラの……まさか、今のを防いだの?」

 プリシラは身を起こしながら、リシャの背中に問いかけた。

「んっ」

 リシャの展開するバリアにはヒビの一つもない。

 しかしその背後に放射状の溝ができていることから、それが砲撃をまともに受けたことは明白。つまりこのバリアは、ハレの球が直撃して尚無傷という性能を発揮したのだ。

「どうだ。うちのリシャはすげえだろ?」

 そんな中、晴れ行く砂埃からロンが歩み出てきた。そのままリシャの肩に手を置きプリシラを振り返る。

「んっ。ワイ君のブレスも耐えられる。昨日完成した」

 ロンの自慢に、もっと褒めてとばかりに袖を引っ張るリシャ。

「おいおい。砂だらけじャん。どこここ」

「アルバのダンジョン前だよ……来る前に言ったよね?」

 そしてロンに続いて、ナキとフリンテも姿を現す。

 

 ここに、アホウドリの四人が集結した。


「そんなっ! このタイミングだと、セラに救援要請が届くのがやっとのはず。救援が到着するのは、最短でも……」

 そう、アホウドリが救援要請を受けたのは数分前。

 本来であれば絶対に間に合わないタイミングだ。

 しかし、

「おいおいなめんじゃねえよ。座標さえ分かってれば、空間魔法でひょいよ」

ロンはこともなげに、指先をクイクイしながら言ってのけた。

「んなわけねえだろ! ここからセラまでどんだけ離れてると思ってんだ! いくら魔力があったところで、数割も移動できねえはずだ!」

 そこへ、同じ空間魔法の使い手であるガリルが割って入る。

 プリシラが無事なことに安堵しながらも、ロンの異常な発言に物申さずにはいられなかったらしい。

 確かに空間魔法によるテレポート技術は存在するが、それは移動距離に応じて指数関数的に消費魔力が増える。どれだけ潤沢な魔力量と技術をもっていたとしても、移動距離は百メートルにも届かない。

「いくら魔力があっても? あぁ、おまえも空間を距離でとらえてるクチか。ちがうちがう、空間は連続性だ。その連続性を繋ぎ替えてやりゃ距離なんて関係ねえ。固定の魔力消費でどこまでも行ける。床関数だよ床関数」

 そんな常識の壁、ロンにとっては打ち破るためにある。これまでもロマンのために何度も机上の空論・・・・・を叩き落としてきたのだ。

 そして、

「ワイ君、かもん」

常識破りのもう片方であるリシャが、使い魔の黒龍……ホワイトカラーを召喚。もちろん愛玩用のミニチュアサイズではなく、ボス本来の巨大な姿で顕現させた。

「おい、こいつはまさか……」

「うそですよね……」

 その巨躯は太陽をも隠し、周囲一帯に影を落とす。

 ハレと黒龍。通常起こりうるはずのない、ボス同士の対面。史上最凶の対戦カード。

 その口火が今、

「ワイ君。まわりのザコモンスター、お願い」

ポイ捨てされた。

「……承知しました」

 ワイ君の顔に一瞬「えっ、そっち?」みたいな戸惑いが浮かんだが、そこは優秀な使い魔。主の意に反することはせず、バサバサと翼を振って苦戦している冒険者や兵士の援護へ向かう。

 下手に着地すると砂嵐を起こしかねないため、十分高度を保ったまま、威力よりも精密さを重視した鱗舞を放ちモンスターを掃討し始めた。

「あれってまさか……ボスをテイムしたという噂は本当だったの⁉」

「そうだお。おいフリンテ、そこの筋肉治療してやれ」

「ボスの目の前だけど⁉」

「その間は俺とリシャで守る。治療が終わったら|あれ《》やるぞ」

 さすがのロンとて、虫の息の冒険者を放っておくほど鬼畜ではない。フリンテにマスクルの治療を指示してから、リシャと並んでハレを阻むように位置をとる。

「さてと。にしても、あれが百層ボスか」

 ロンは腕を組んで、実に不遜な態度でハレと向かい合った。

 リシャも隣に並び、その青い人型に対して感想を述べる。

「ちっちゃい」

「おいおい、ちっちゃいは正義だろ?」

「ロリコン」

『ハハハハハ』

「何わろとんねん」

 突如現れ砲撃を真正面から受けきった新敵に、ハレは警戒しているのか歩みを止めた。

 観察しているようにも見える。フリンテの治療の時間を稼ぐためにも、この膠着は好都合だ。

『ハハハハハ』

 そう思っていた矢先、ハレが早々についにボールを生成。蹴りモーションに入った。

「ここは俺が」

 それに合わせてバリアを移動させようとしたリシャだったが、ロンがそれを制して一歩前に出る。

「ゲイン」

 ボッ! ゴウッ!

 放たれた砲撃はロンに向かって飛ぶも、かなり手前でぐいんと角度を変え、天に向かって飛んで行った。

 彼方上空で雲に穴が開き、暴風程度の余波がリシャのスカートをばたつかせる。

「ちょっとロン! 傷口に砂が入るでしょ!」

「すまん、思ってたより余波がすごくて……」

 治癒中のフリンテから不満が上がり、砂まみれの顔でロンが謝罪した。

「いやはや、あんだけ離れたとこで曲げてこれかよ。さすがに効率悪いな」

 ロンがやったのは空間の湾曲。空間自体を捻じ曲げることで攻撃の軌道を逸らすという、黒龍戦でも見せた超特殊防御だ。

 ただし空間への干渉は魔力消費が大きく、連続性が無くなるわけではないため範囲攻撃に弱い。

 実質魔力無限のロンも流石にナンセンスだと感じ、この対策はお蔵入りとする。

「避け続けるのも……厳しい」

「この砂じゃなぁ」

 遮蔽物が無いうえに足も取られるこの環境では、まともに走ることすらできない。

 フリンテに限れば話は別だが、機動力の低いロンやリシャが回避し続けるのは不可能だろう。

「一旦退却しましょう。悔しいけど、他の街の勇者も集めてから、総攻撃に出るしかないわ」

 そこへ、プリシラがそんな提案をしてきた。

 ロンがミスメルを諭したのと同じ内容だ。最強のボスに対して、万全の体勢を整えるべきというド正論。

 しかし、

「いやだね」

同じ意見だったはずのロンは、それを一蹴した。

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