30話:勇者の行進

 左腕が使い物にならなくなり、顔をしかめるプリシラ。。

 しかし状況はさらに悪化していく。

「プリシラさん……今ので分身が……全滅しました……」

 拳を岩盤に突き立て、苦々しく吐くように報告するシオタ。

 今まで夕凪を砲撃から守ってきたデコイを、ここにきてすべて失った。

「嘘だろ」

「まだ、二階層あるんだぞ」

 ここまで何とか逃げ切れていたのは、分身がいたからに他ならない。

 分身の生成にはそれなりに魔力を消費するため、今のシオタでは追加も不可能。

 他の三人も同様で、もはや砲弾を一発逸らす余力もないだろう。

――私が、他のを使えれば……。

 概念魔法は魔力効率がいいものの、炎の赤は攻撃性が高い割に守りへの応用が効かない。

 赤のカテゴリーに属する上昇・・等の概念が使えれば状況は変わったかもしれないが、プリシラは現状しか会得できていない。

 自分の不器用さに腹が立つ。

「くそっ!」

 ゴキッ。

 その怒りをぶつけるかのように、プリシラは自分の左腕を右手でつかみ、強引に関節をはめなおした。

「まだ私たちは死んでないわ! 立ちなさい!」

 そう叫び自らも立ち上がりつつ、自分たちの背後に炎の赤・・・で目隠しのカーテンを展開する。見渡す限りの赤い壁で、向こうからこちらの位置は視認できなくなる。

 分身ほどではないが、運が良ければ砲撃を避けられるだろう。

 まだ、諦めない。

「シオタ、幻惑で私たちの姿をモンスターのように見せることはできる?」

「短時間なら、今の魔力でもなんとか……」

「なら、次にモンスターの集団と遭遇したらお願い。多少のカモフラージュにはなるはずよ」

 プリシラは三人の心が折れないよう、何とか希望を示し鼓舞する。

 いや、自分を奮い立たせているだけかもしれない。

 とにかく皆を生きて返す。

 その強い意志が皆に伝播したのか、シオタも立ち上がり、ガリルもマスクルを担ぎなおした。

 ボウッ!

 同時に、背後の炎のカーテンが風圧で掻き消える。

 そこには、階段を上り切ったハレの姿。

『ハハハハハ』

「いくわよ!」

 プリシラは叫ぶと、再度炎のカーテンを展開。それに合わせて四人は走り出した。

 皆の体力はもはや限界に近いが、それでも足を進める。希望を託すため。四人の持ち帰る情報を皆に伝えるため。

 ここまで上がってくるべきではなかったのではないか、百層へ誘導し再度の封印を試みるべきだったのではないか。

 様々な疑念がよぎるが、これは事前に決めていたこと。

 雑念にかぶりを振って、一歩でも歩みを進める。

「モンスターの集団です!」

「シオタ、幻惑を!」

「はい!」

 残る限られた手段を駆使し、走る。

 絶え間ない砲撃。

 運よく直撃はしないまでも、旋風に撃たれ、飛散した岩のかけらが体にめり込む。

 シオタもプリシラも完全に魔力が切れた。モンスターへの擬態も炎のカーテンも、もう出せない。

 しかしそんな中、

「見ろ! 出口だ!」

ついに四人はダンジョン出口、希望の光を視界に収める。

「気を……抜かないで。岩陰に隠れつつ……最後まで」

 息も絶え絶えに、プリシラは最後の指示を出す。

 左手で押さえた脇腹には大きな岩片が刺さり、どくどくと出血していた。それを焼き固める力も今はない。

 皆も軽傷とは言いがたい深手を負っている。

 しかしここに至って、四人は感覚的にハレの砲撃の傾向を掴み始めていた。

 十階層での戦闘とそこからの逃走の間に百発単位の砲撃を味わい、だいたいどういうところを狙いがちという感覚を無意識に掴んで、そういった危険スポットを避けるコース取りをしていた。

 完璧な回避などもちろん不可能であるが、それでも直撃は避けられている。

 砲撃がまた一発、四人の左を突き抜けた。

 それをやり過ごしたとき、ついに、四人は陽の光の下に躍り出る。

 同時にプリシラは、防衛線を敷いているはずの冒険者や兵士たちに向かって叫んだ。

「ハレが出てくる! 重体一名! 重傷三名! 全方位砲撃けいか……い……」

 しかしその声は、勢いを無くしていく。


 防衛線はほとんど崩壊していた。


 どこを向いても、モンスターに蹂躙される戦士たちの姿ばかり。

 抗戦している者もいるが、プリシラたちの警告に気付く余裕はない。

 どれほどの血を吸えばそうなるのか、砂漠の土がところどころ赤黒く染まっている。

「そん……な……」

 ずしゃり、とプリシラの膝が土に刺さった。

 もはや街が襲われるのは時間の問題だろう。いや、既に始まっているのかもしれない。

 少なくとも、アルバの街は終わる。

 ガリルも膝をつき、シオタはうつむき唇をかみしめる。マスクルはもう意識がない。

『ハハハハハ』

 そんな四人の背後で、青い悪魔の嗤い声が響いた。

 生まれて初めての太陽、初めての外界。

 広大な大地に解き放たれた至上の怪物は、右足を引き、世界に歓喜のキックオフを捧げる。

 ドゴウゥ!

 旋風によって巻き上げられる砂漠の砂が、球の軌跡を直線的に浮かび上がらせる。


 プリシラの姿が、その砂に飲み込まれて、消えた。


 疑いようのない直撃コースに、シオタとガリルの表情が絶望に歪む。

「そんな……プリシラさん!!」

「くそったれが……セラの勇者の野郎、ぶっ殺してやる!」

 やっとここまでたどり着き逃げてきたのに、待っていたのは掛け値なしの地獄絵図。

 夕凪の必死の闘いは、今…………一つの奇跡を引き寄せる。

「それは、型落ち勇者の話」

 突如聞こえた、静かで、それでいて妙に響く少女の声。

 ぼふっ!

 同時に、突風が巻き起こり砂塵を吹き飛ばした。

 ハレの砲撃の余波とは違う、外向きに巻くよう操られた風。

 視界が晴れたその中心には、水色に透き通る魔力のバリアと、その後ろで目を見開くプリシラ、

 

そして、紺色のとんがり帽子をかぶりこなす、華奢な少女の姿があった。


「今の勇者は、わたしたち」

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