29話:不死属性

「いるわよ! 少なくともショタはいるわよ!」

 よくわからない需要を満たす集団になりつつあるが、過去あらゆる攻撃が無効化されてきた以上、試していない手は自然とゲテモノに偏る。

 仕方ないといえば仕方ないのだが、プリシラの思わぬ性癖が露見してしまったのは想定外。

『ハハハハハ』

 その時だった。

 プリシラたちの行動を楽しんでいるかのように大人しかったハレが、ついに動いた。

 青白いボールを出現させ、足を上げる。

「砲撃、来るわよ!」

 瞬間、全員に緊張が走る。

 一度地面に降りていたマスクルも、柱を伝ってのパルクール軌道に戻った。

 ハレの攻撃に対応するため、来るべき再戦のために、四人はこのパルクールを鍛えてきたのだ。まだ完璧とは言い難いが、通用するはず。

 ゴッ!

 ハレがボールを蹴り飛ばす。

 巻き起こる暴風。

 バキャンバキャンと柱を削り飛ばし、破片がガラガラと落ちていく。

 耳をつんざく轟音が収まるのを待ってから、プリシラが皆の無事を確認するべく声を上げた。

「皆、無事⁉」

 その点呼に、ばらばらな方向からしっかりと返事が返ってくる。

「おう」

『大丈夫です』

「問題ない」

 偶然かもしれないが、まずは対策が機能してほっとするプリシラ。

 しかし油断は禁物だ。

「動きを読まれないよう、不規則な動きで翻弄を続けて!」

 立ち止まることは死と同義。

 時に飛び移り、時に柱を駆け下り、ムササビのように宙を舞う。

 無論、逃げに徹しているだけでは勝てはしない。パルクールをしつつ次々と攻撃を試していく。

 四人同時攻撃。

 二種属性同時攻撃。

 特殊素材を使った武器での攻撃。

 敢えての治癒魔法。

 しかしその悉くが無に帰した。何をしても通じない。

 対して夕凪側も砲撃を数発撃ち込まれたが、何とか避けることができている。

 しかしパルクール移動は体力を削られる。焦りや不安も相まって、四人の動きは徐々に精細さを欠いていく。

 事前に用意した攻撃レパートリーは使い切った。魔力も残り少ない。

――どうする……

 その時、

「うおっ!」

マスクルが足を滑らせ、落下した。

「マスクル!」

 ドサッ。

 地面に激突……いや、着地するマスクル。

 流石はタンクというべきか丈夫さは折り紙付き。強靭な足腰を駆使して、不格好ながら着地を間に合わせる。

「ふう。あぶねえあぶねえ……」

「避けろ!」

 しかし話はそこで終わらない。

 着地時はどうしても一瞬動きが鈍る。そこを狙いすましたかのように、ハレが足を引き構えていた。

「くっ、強化!」

 回避は間に合わないと判断し、とっさに身体強化で身を固めるマスクル。

 本来なら大盾を構えるところだが、高速軌道のために今回は置いてきた。

 耐えるしか、ない。

「アルミラ!」

 プリシラも、概念魔法ではない通常の魔法でマスクルの前に障壁を張る。

 ゴウッ!

 直後、マスクルに向かってハレの砲撃。

 相変わらず周辺を削り取りながら、砂煙を巻き起こす。

「マスクル! 無事⁉」

 返事はない。

 徐々に晴れ行く砂煙。そこには、

「ぐぅ……」

脚を押さえてうずくまる、マスクルの姿があった。

 息はある。

 しかしその両足は、どちらも膝下から先が吹き飛び、血がだばだばと滝のように溢れていた。岩盤の凹凸に沿って、赤黒い血が蜘蛛の巣の用に伝い広がっていく。

 無傷のハレ、満身創痍のマスクル。他三人も疲弊。

 もはや勝敗は決した。

「…………撤退するわ」

 それは苦渋の決断。ここで止められない以上、ハレを地上に出してしまうことは必至だ。

 だからと言ってここで四人が死ぬのも違う。各街の勇者が揃い、ハレを打倒するには情報が必要だ。

「俺のことはいい。三人で逃げろ。時間は稼ぐ」

「あなたにそんな器用なことできないわ。くだらないこと言ってないで行くわよ。ガリル、マスクルを背負って。私は傷を焼く」

 お決まりのセリフを吐くマスクルを叱咤しつつ、プリシラはマスクルの横へ着地し、傷の様子を伺う。

 本来胴に直撃するはずだった砲撃を何とか足までずらせたらしい。重傷だが、まだ間に合う。

「シオタ、時間を稼いで」

「もう長くは持ちませんよ」

 チャームボイスの効果が切れたシオタは、プリシラの指示を聞きさらに魔法を発動する。

「幻惑魔法、パーティタイム」

 唱えた直後、周囲に十数個の人型がボワリと出現した。

 人型はそれぞれ、シオタやプリシラの姿を精巧に模している。

 複数組の四人の分身。それらがばらばらに、不規則に、各々動き回り始めた。

 シオタが得意とするのは感覚に訴えて惑わす魔法であり、これらの分身も、分身自体に戦闘力は無いが魔力感知ですら見分けるのが難しい代物だ。

 流石のハレも、首をせわしなく動かし戸惑っているように見える。

「もう魔力が……これ以上は出せません」

「わかったわ」

 そういった端から、ハレの砲撃が飛んでいく。

 ゴオオ。

 相変わらず衰えることのない轟音が洞窟を揺らし、分身の一体が消し飛んだ。

 時間がない。

 ガリルがマスクルを石柱の裏に引きずると、プリシラは吹き飛ばされた傷口に手をかざす。

炎の赤・・・。篝火」

 そのかざした手の平から穏やかな炎が溢れ、マスクルの傷口を柔らかく包む。

 身を焼かれる痛みに本来なら顔を歪ませるところだが、彼の表情は逆に落ち着きを取り戻し、流れ出る球の汗もいくらか引いていく。

 炎の赤・・・を応用した、応急処置用の魔法だ。マスクルの傷口はみるみる焼き固められていき、数秒のうちに出血が止まった。

「よし、すぐに撤退するわよ。ガリル、マスクルを担いで」

「ったく、こいつ重いんだよな」

「大丈夫だ。脚のぶん軽くなってるからよ」

 努めて軽口を叩いているが、皆の表情に余裕はない。

 シオタの分身が残っているうちに、何とか地上まで走らなければならない。

 本来なら転移クリスタルで移動したいところだが、スタンピードのせいで転移ポイントが潰されてしまった。施設自体が破壊され転移できない状態だ。

 脚で辿り着くしかない。

「行くわよ」

「おう」

「はいよ」

「はい」

 プリシラの合図で、十階層にわたる命がけの逃走劇が始まった。

 ゴウゥ!

 また砲撃が響く……が、狙いはかなりずれている。分身のデコイが機能しているのだ。

 しかしシオタの表情はいっそう固くなる。今ので分身が何体か消されたのだろう。

 四人は走るペースを上げる。

 背後からとてつもないプレッシャーを感じるが、その恐怖が疲弊した足を動かしてくれる。

 道中襲い掛かってくるモンスターはプリシラが焼き、ガリルがマップを確認しつつ、マスクルは適宜防御魔法を展開。ギリギリながらも、なんとか順調に地上へと向かっていく。

「分身、残り三体です!」

 しかし三階層までたどり着いたときには、既にほとんどの分身が削られていた。

 分身にはヘイトを集めるデコイ効果が付与されているため、一体でも残っていれば本物に攻撃が向くことはないだろう。

 しかしそれも時間の問題。

「くそっ。あいつの魔力は無尽蔵かよ!」

 かれこれ一時間以上は戦っているが、ハレの砲撃は一向に衰えない。攻略法が見つからないままじりじりと削られ続ける。

 道中出くわすモンスターとの戦闘でも、徐々に負傷していく。

「そこ、右だ!」

 ガリルの指示でルート取りをし、四人は第二層へ上がる階段へ到達した。

 重い足を引きずりつつも速度は落とさず上りきり、分身を壊さぬようコントロールした炎の赤・・・を置き土産とばかりに階段へ打ち込む。

 しかし、

 ドゴゴゴ!

 すさまじい地鳴りと共に、階段出口から砲撃がとびだした。

「ぐあっ!」

 狭い階段で圧縮された衝撃波は巨大な空気砲となり、出口にいた四人を吹き飛ばす。

 ゴロゴロと固い岩盤を転がり、小さな岩にぶつかって止まる。

 痛みを理性で押さえつけながら、すぐに立ち上がろうとしたプリシラだったが、

「ぐっ……」

手をついたと同時に、左肩に無視できないレベルの激痛が走った。

――脱臼したわね……

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