26話:自称勇者は地獄を連れてくる
このまま行けば百層までのモンスターが地上に溢れだす。かろうじてそれを凌いだとしても、疲弊しきったところへボスが追い打ちをかけてくるのだ。
万全の状態で迎え撃って尚、打開策すら見つかっていない最強のボスが。
「ギルドマスター。全ての街へ救援要請を出してください。もしここで抑えきれなかったら、被害はこの街にとどまりません。これは国家危機……いや、世界規模の危機です」
「分かっておる。商業連合や貴族連中、国の兵団にも協力を仰ごう」
「お願いします。私は……」
「奴を、頼めるか」
「はい」
今最もハレを倒しうる可能性が高いのは、プリシラ率いる夕凪だ。そして今回の騒動はハレを討伐しない限り収束しない。
やらねばならない。それが、この街の勇者としての使命。
――でもその前に、憂さ晴らしくらいはさせてもらわないと。
プリシラはかつかつと靴を鳴らし、真紅の髪を揺らしながらイゼンに歩み迫る。
イゼンは冷や汗を流しながら、両手をバタバタと振って弁解を試みた。
「ま、待ってくれないか! 封印扉は……きっと閉めた! 身に着いた習慣で、きっと閉めたはずだ!」
「閉めた記憶がないから、あんなに慌てていたのでしょう? きちんと閉めてそこで一息ついているなら、記憶に残っているはずよ」
しかし、現にスタンピードが起きている以上言い訳の余地はほとんどない。
「……だって仕方がないじゃないか! あのまま少しでもそこにいれば、僕たちは殺されていた!」
それを察し、イゼンは同情を誘うように開き直った。
「そ、そうよそうよ! 偉そうに何様のつもり?」
「あの状況を味わってから言いなさいよ!」
「私たちに死ねっていうの!」
同じように青ざめていた三人娘も、便乗してプリシラに反駁。
しかし、
「そうよ」
っとプリシラは一蹴した。
「封印扉は、何があっても閉じなければならない。たとえ命と引き換えでも」
「はあ?」
「そんなの無茶苦茶よ!」
「無茶苦茶なのはこの状況よ! あなたたちが情報収集もせず無謀に突貫した結果、国が滅びようとしているのよ⁉
プリシラはついに声を荒げて、イゼンの胸倉をつかむ。
その手は、自覚のない元勇者に対する怒りにわなわなと震えている。
「だっ、だがっ、申請の時僕は何も聞いてない! 情報があるなら、その時に教えてくれるものじゃないか! それがなかったから、僕はてっきり……」
「私は話しました! なんなら、受付での音声を水晶に記録していますので、確認しましょうか⁉」
濡れ衣を着せられそうになった受付嬢だが、即座に証拠を以て否定。プリシラも彼女の真面目さは認知しているため、それを疑うことはしない。
「話を聞かなかった挙句、他人のせいにするとはどういう了見よ」
「あの時はその、そうっ! ぼ~っとしていて」
「それで封印扉も閉め忘れたって? それならあなた、致命的に冒険者に向いていないわ」
プリシラは掴んでいたイゼンを床に突き飛ばすと、ごみを見るような目で見下ろす。
わけがわからないといった表情のイゼンに三人娘が駆け寄るが、プリシラに対して何か言い返す気概はもはや無いようで、体にそっと手を添えるだけだ。
「……これ以上何を言っても無駄ね。あなたたちもすぐに支度して、ダンジョン前基地に集合しなさい」
「僕たちにも、スタンピード防衛に参加しろということかい?」
「当然でしょう? 装備を修理中だからとか寝ぼけた言い訳は聞かないわよ。自分たちの失態に責任を持ちなさい」
「あっ、当たり前じゃないか……。勇者として、街の危機は見過ごせない」
逃げ道を先んじて潰されたイゼンは、さも自発的な行動のようにふるまいつつ、腰を上げる。
本来ならハレ討伐を言い渡されてもおかしくない立場だが、さらに余計な被害が生まれる可能性があるため、プリシラはそれを避けた。
イゼンの適性としては、
代わりに、夕凪がハレと相対しなければいけないわけだが。
◆
「あほの皆さん。こんにちは」
セラの街のアホウドリ宅。
そこには、またしてもミスメルが顔を出していた。
相変わらずリシャを膝に座らせているロンは、明らかに警戒している。
「今度は何だよ。百層探索の実績は充分なはずだろ。素材も回してやったじゃないか」
「ええ。それについては非常に感謝しています。マップも正確ですし、まさかボス部屋の位置まで特定していただけるとは思いませんでした。形が歪なことと、同じルートを取れるパーティが皆無なことに目を瞑れば」
ミスメルの言う通り、アホウドリの百層探索は新規層の初回進入としては破格の成果だった。
大量の素材に、モンスターの情報。そして何より、フリンテが作成したマップだ。
百層ともなるとボス部屋の特定には相当な時間がかかる。アルバのダンジョンの場合は一年近くを要した。それをたった半日でやってのけたのだ。方法に目を瞑れば、効率は尋常ではない。アホウドリは百層探索という与えられたクエストを完璧にこなしたわけだ。
故に、ミスメルが今回訪れたのは別の目的である。
「今回は、別のクエストを受けていただきます」
「お断りします」
別の依頼、新規のクエスト。その言葉を聞いた途端に、ロンは拒否の言を口にした。
前回のクエストから一週間も経っていない、非常に短いスパンでの指名依頼。今回に限ってはさぼりがちなアホウドリでなくとも苦言を呈するだろう。
ミスメルもそれは理解しているが、それを押してでも受けてもらわねばならない案件なのだ。
「申し訳ございませんが、今回の依頼については拒否していただくわけにはいきません」
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