四章 勇者ⅤSピ〇トグラム
25話:スタンピード
イゼンたちが敗走した二日後の朝。
「何事だ!」
「あっ、プリシラさん!」
アルバのギルドに、プリシラが顔を出した。
ギルド内は普段より多くの冒険者が集まって、ざわざわと言葉を交わしあっている。
騒然としているといっても景気のよさそうな雰囲気ではない。皆不安そうにしている。
何かがあったことは明白だ。アルバの勇者パーティ
「悪いな。こんな朝早くから」
プリシラの来訪を待っていたのか、受付嬢の後ろから腰の曲がった老齢の男が姿を現す。
アルバの冒険者ギルドのギルドマスター、シャギーだ。
「何があったのですか?」
「ひとまず奥で話そう。あぁ、君も来てくれ」
「えっ、はい」
シャギーはプリシラと受付嬢を連れて奥の応接室へと移動する。
そこは、赤褐色を基調としたアルバの建築らしい内装の部屋。シャギーとプリシラは中央のテーブルに着き、受付嬢はシャギーの横に立つ。
「さて、緊急事態故、手短に行こう」
シャギーはソファに腰を下ろすと、両手の指を合わせておもむろに事情の説明を始めた。
老いてはいるが、その所作の一つ一つが洗練された現役時代の名残を感じさせる。
「はい」
「昨日のことじゃ。ダンジョン入口から、モンスターがあふれ出てき始めた。それは今も続いており、時間と共に深い階層のモンスターへと変わっておる。これは、まぎれもない
「そんな、スタンピードが……」
原因にはいくつかパターンがあるが、多くの場合は、ある層のモンスターが上層に移動することによって発生する。ダンジョンのモンスターは自分が生まれた階層をなわばりとするため、基本的には他層に移動することはない。しかし極まれに、なわばりを離れ上層に移動することがある。
下層のモンスターになるほど力が強いため、侵略を受けた上層のモンスターはさらに上層へ逃げることになり、その層のモンスターがさらに上層へ逃げる。
その連鎖によって、最終的に行き場のなくなった第一層のモンスターから順に地上にあふれ出してしまうのだ。
つまり、
「すでに二十層までのモンスターが地上で確認されておる。今はまだ警備兵で持ちこたえておるが、このまま続けば街に被害が出かねん」
「そんなに早いペースで進行しているなら、原因となったモンスターはまっすぐ地上を目指していることになりますね」
シャギーとプリシラは眉根を寄せ深刻な表情。もちろん、受付嬢も同様だ。
「スタンピードの発生源が何層か……というのは、分かりますか?」
「いいや。しかしひとまずは
「はい」
ここで、シャギーは連れてきた受付嬢に水を向けた。
ソファの横に立ち控えていた受付嬢は、緊張した面持ちで返事をする。
「ここ数日の攻略申請の中で、最も深い階層はどこじゃ」
「少々お待ちを……」
受付嬢は、手に持っていた資料をぱらぱらとめくり申請履歴を確認していく。
モンスターが上層に上るきっかけとして多いのが、冒険者による襲撃だ。なわばりに属さない
ただ、それで一匹二匹上層に移動したところで大きな被害にはならない。なぜなら、一時的に難を逃れるために移動するだけであって、そのまま地上を目指すことはまずないからだ。通常はすぐ元の層に帰る。
故に、シャギーが言う
「えっと、三日前
「む? そのパーティはセラの冒険者ではなかったか?」
「えぇ。セラからの異動手続きと一緒に、攻略申請をされたんです」
「初めてのダンジョンでいきなり最深層に行ったというの!」
「はい。私も止めたのですが、聞いてもらえず……すみません」
受付嬢は申し訳なさそうに頭を下げる。
プリシラも「いや、あなたのせいではないわ」と非礼を詫びた。
「ところで、白銀の騎士団は帰還報告を済ませておるのか?」
「いえ、まだです」
「まさか、慣れないダンジョンで既に……」
「可能性はあるのう」
「ともかく、しばらくは厳戒態勢を敷くしかないでしょうね。冒険者のダンジョン探索は当面禁止し、代わりに地上での防衛クエストを出すべきかと」
「そうじゃの、すぐにかかろう。君、白銀の騎士団が帰ってきたら、すぐに私たちを呼ぶように。事情を聞かねばならん」
プリシラとシャギーは差し当たっての方針を決定すると、受付嬢を連れ立って部屋を出る。
事が事だけにぐずぐずしている暇はない。三人はすぐに行動を起こすべく、冒険者の集まる大部屋へ戻った。
そこには、
「ああ、丁度良かった」
「えっ⁉」
なんと、件の白銀の騎士団一行がにこにこと受付を待っていたのだった。
「マスター、彼らが……」
「分かっておる。丁度良いタイミングじゃ。ひとまず報告を聞いてくれるか」
「はい」
シャギーの指示を受けて、受付嬢がカウンターに立つ。シャギーとプリシラはその後ろに控え、報告を見守る。
「お待たせしました。帰還報告ですね。それでは、報告をお願いいたします」
「あぁ。残念ながら、ボスの討伐はできていない。まあ今回は様子見が目的だったからね。でも、有益な情報が手に入ったよ」
「はぁ……。えっと、情報料が出る場合がありますので、ご共有いただけますか?」
さも予定通りといった風に報告を始めるイゼンたち。
しかしいつもの絢爛な鎧装備は着用しておらず、持っているのは聖剣だけ。
三人娘も、受付の際に見た魔法装束とは異なっている。
それを見て、ハレとの戦闘で破損してしまったのだろうかと受付嬢は勘ぐるが、実際その通りだった。
そんな様子はおくびにも出さず、イゼンは意気揚々と持ち帰った情報をひけらかす。
「まず、奴は異常な防御力を持っている。物理攻撃も魔法も、触れたとたんに消されてしまうんだ」
「ええ、事前にご説明した通りですね」
「えっ、言ってたかい? まあいいや。それで、さらに攻撃力もとんでもない。ボールを蹴って攻撃をしてくるんだけど、それが地面を抉るほどの風圧で、回避も防御も極めて困難なんだ!」
「そこも、既出の情報と相違なかったということですね? そのほか、新情報はございませんか?」
「えっ? えぇっと……」
イゼンが報告したハレの特徴は、既に入手済みの情報ばかり。それもかなり大雑把で漠然とした説明だ。たとえ新出の情報であったとしても、この説明では大した情報量は出なかっただろう。
彼らの自覚の無さに、受付嬢は小さくため息をつく。
そこへ、黙って聞いていたプリシラが割って入った。
「つまりあなたは、この子の忠告も聞かず無謀な挑戦をして、見事に返り討ちにあったというわけね」
「プリシラ⁉」
切れ長の鋭い目を光らせつかつかと歩み寄るプリシラを見て、イゼンは少し驚いた様子を見せる。
「どうして君がここに……」
「緊急事態が起きているから、勇者として呼び出されたのよ。その関連で、あなたにも聞きたいことがあるわ」
「そうだったんだね。分かった。僕も勇者の一人として、何でも協力するよ」
「あなた、ハレから逃げるとき、どうやって逃げたの?」
「ハレ?」
「ボスの個体名に決まっているでしょ」
「あぁ」
イゼンが話を聞いていなかったせいで、いちいち会話が中断してしまう。そのいら立ちを押さえつつ、プリシラはヒアリングを続ける。
「逃げたというか、目的を終えて引き上げた……という感じだね」
「うz……どうやって引き上げたの?」
決して「うざっ」と言いかけてはいない。プリシラはそこまで口は悪くない。
「ボスの砲火が飛び交う中、それをかわしつつ扉から脱出して転移したんだ。ボス部屋の中では、転移クリスタルは使えないからね」
冒険者の常識を、さも貴重なうんちくのように語るイゼン。
後ろに控える三人娘も、「いいこと言うなあ」みたいにしみじみと頷いている。
そんな彼らに対し、プリシラはついに核心をつく。
「封印扉は開け放ったままかしら?」
「あっ……」
しまった、というイゼンの表情。それだけで十分だった。
「そう……」
プリシラは全てを悟り、現実を拒否するように固く目を閉じる。しかしアルバのエースとして、向き合わなければいけない。その義務感が、再び瞼を押し上げた。
顔を上げ、シャギーに目配せする。
シャギーはそれを受け取り頷くと、
「皆の者聞け! ハレが解放され、スタンピードが発生した! 戦える者は直ちに準備し、ダンジョン前基地で待機せい!」
ギルドマスター権限によって、すべての冒険者に指示を出した。
そう、先程話していた
封印扉の開放による、ボスの放出だ。
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