27話:今何て言った?

「えっ、今までのもそうじゃなかったのか?」

「今までのは私の交渉術の賜物でした」

「こいつ、脅しを交渉術と言い切りやがった」

 はあぁとわざとらしくため息をつきつつ、リシャの髪に顔を埋めるロン。

 リシャは魔法書を熟読しつつ、片手をあげてロンの頭をよしよしと撫でた。

「それで、今回のクエストって何なの?」

 代わりに、フリンテがその内容を促す。

 百層からの帰還以降、持ち帰られた実績で街はにぎわっており、フリンテの不本意な噂はいくらか緩和されていた。そのため比較的心に余裕があるのだ。

「はい。実は現在、アルバの街でスタンピードが発生しているそうで、今回のクエストはそのアルバからの救援要請なんです」

「えっ、スタンピードが⁉」

 しかしその内容を聞いて、フリンテが驚く。

 ロンも僅かに目を細めた。

「発生階層は?」

「百階層……ボスの開放が原因でほぼ間違いないそうです」

「おいおい、世界の危機じゃねえか。誰だそんな大ポカこいた奴は」

 ロンの言う大ポカ・・・とは当然、封印扉の閉め忘れのことだ。 

 アホウドリですら律儀に守っているほどの、冒険者なら誰もが知っている絶対のルール。それほどの禁忌を破った大罪人の名が、ミスメルの口から明かされる。

「それは……あなた方の先代の勇者パーティ、白銀の騎士団です」

「…………は?」

 絶句するロン。

 フリンテも同様に目を丸くし、リシャも魔法書から顔を上げた。

 ナキだけは筋トレに夢中で鼻から聞いていない。

「つまりあいつら、あれからアルバの街に異動して、速攻で百層に挑んで、返り討ちにあった挙句、封印扉を閉め忘れたってことか?」

 ロンは指折り日数を数えつつ、少ない情報から現状を正確に暴いて見せる。

「その通りです」

「あいつら、まじで何やってんだよ……」

 今度こそガチのため息を吐き、頭を抱えるロン。

「アルバから最も近い街はここです。すぐに救援に向かって下さい」

「なんであいつらの尻ぬぐいなんか……」

「あなたたちが清楚にふるまっていれば、イゼンさんたちも無茶な行動に出なかったと思うんですよね?」

「おい嘘だろ! 確かにきっかけの一つかもしれんが、それで俺たちに責任を問うのか⁉」

「そういうわけじゃありませんが、良心が痛まないのかな~と」

 イゼンたちがアルバに移動したのは、確かにロンたちの態度が原因だ。そう考えれば、間接的要因がロンたちにあると言えなくもない。

「私が……一番面白かった人が優勝とかふざけたこと言ったから……」

「ほだされてんじゃねぇフリンテ! ほら、リシャもなんか言ってやれ」

「あれ、いい企画だった。グッジョブ」

「フンッ! フンッ! フンッ!」

 もうめちゃくちゃである。

 アホウドリ相手にスムーズに話が進むことなど稀。ミスメルは頭を抱えつつ、どうにかこの四人を動かすために知恵を絞る。

「皆さんには、いずれ出てくるであろう百層ボスの討伐に尽力していただきたいのです」

 とはいえ、これは世界レベルの危機。ロンもそこは正しく認識しているため、真面目に考えてくれるだろうと判断し直球で頼んでみることにした。

「いや、それはダメだな」

 無下に否定されてしまった。

「多くの命がかかっているんですよ⁉ そんなことを言っていられる状況じゃ……」

「別に面倒だからって理由だけじゃない」

 しかし今回はいつもと違う。いや、いつもと同じ理由もあるにはあるのだが、それだけではなかった。

「勇者という最大戦力は五組しかいない。それに準ずる実力者も多くはない。それを小出しに投入して各個撃破されたら後がないし、現状そうなる可能性が高い。やるなら、全勇者が揃ってから一斉に、だ」

「ですが……」

 ロンの言うことにも理を感じたミスメルは、強く言い返せない。しかし、駆け付けられる距離であえて時を待つという選択もまた、心理的障害がある。

 その心情を理解した上で、ロンはミスメルに言い聞かせる。

「今は遠巻きに時間を稼いで、情報を引き出すのが最善だ。多少の犠牲を覚悟したうえで、万全の状態を整えて叩く。事態はもはやそういうフェーズに入ってる。アルバの住人を避難させて、砂漠地帯に陣を引いて決戦。それで負けたら潔く滅びるしかないってこった」

 こともなげに言い切るロン。その判断は正しい。

 しかし、

「情報を引き出すと言いますが、件のボスであるハレには不死属性があり、一切の攻撃が通用しないんです。これでは、足止めしようにも……」

ハレ相手には、ロンの言う時間稼ぎすら困難だ。

 ハレの、その特性故に。

「百層ボスは……無敵なんです……」

「「「「今何て言った?」」」

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