19話:理屈じゃないって理屈で分かってる

「もういいから外の連中どうにかしてよおぉ」

「諦めてください」

 そうは言うものの、ミスメルはかなり手を尽くしてくれている。

 実は家を包囲している群衆のなかにギルド関連の者はほとんどいない。それは、ミスメルやギルマスたちが制御してくれているおかげだ。本当に必要な用事のみミスメルが仲介し、その他の要件は突っぱねてくれている。

「ところで、今日の用件なのですが……」

 しかし裏を返せば、ミスメルが持ってくる用事は対応必須の重要案件。ロンたちにとって面倒なものばかりである。

「先にお茶でもどうだ?」

「お菓子も、ある」

 ロンとリシャがミスメルに気を遣う。

「無視します。今回あほの皆さんには、あるクエストを受けていただきたいのです」

 すっかりロンたちの扱いに慣れたミスメルは、浅はかな話題転換をシャットアウトして強引に要件を押し通す。

 クエスト・・・・とは、冒険者が自発的に申請する攻略や探索と違い、ギルド側が冒険者パーティに出す依頼のことだ。

 特定のパーティを指名することもあるし、広く応募をかけることもある。

 今回に関しては前者。

 それも勇者パーティを指名するほどの重要案件だ。並大抵の内容ではないだろう。

「……いったい何を頼もうっていうんだよ」

「アホウドリの皆さんに、百層の探索に出向いてほしいんです。新規開拓層については、前層を攻略したパーティにしか初回探索の権利がありませんから」

 ロンの問いに返ってきたのは、不十分ともとれる端的な内容。

 しかしそれを聞いたロンは、「あぁ」っと得心がいった様子で手を叩いた。

「なるほど。新層素材の初回回収の権利と抱き合わせで、危険な未開拓エリアの様子見をさせようってシステムか。そのせいで、商業連合とか他の冒険者が急かしてきてるんだろ?」

誰か・・・・と違って察しがいいですね。それはそれでイラっときますけど」

 ダンジョンは深層になればなるほど強力なモンスターが現れるが、その分貴重で高品質な素材が手に入る。

 当然その素材でしか作れない物品が数多く生まれるはず。言ってしまえば、街の文明が一段階レベルアップするのである。

 その利にあやかりたい商人や冒険者が圧をかけるのも、自然な話だ。

「皆さんだって、新しい素材で装備の更新とかしたいでしょう?」

 ミスメルは、冒険者なら当然持つであろうその欲を煽って四人をその気にさせようと企んだ。

 しかし、

「初期装備でボス攻略って、ロマンだよな」

「道具の性能を、実力と誤認したくない」

「私はそもそも、武器を使うことあんまりないし……」

「フンッ! フンッ! フンッ!」

そう。この四人、武器防具の類に全く頓着がないのである。

 特にナキに関しては体一つで戦うスタイル。それを誇示するかのようにしれっと筋トレを再開していた。

「えぇっ……。えっと、イゼンさんの聖剣のような最強の武器が見つかるかもしれませんよ? それこそロマンじゃないですか?」

 ロンがロマンに魅せられていることはミスメルも気づいており、今度はそちらを刺激してみる。

「あんな武器がなくたって概念魔法は使える。そもそもあいつ、聖剣の力の数割も引き出せてないじゃないか」

 しかしロンに隙はなかった。加えて、いろいろと聞き捨てならない情報が混じっている。

「えっ。この街にはもう概念魔法の使い手はいないって聞いてますけど……もしかしてロンさん、使えるんですか?」

「使わないけどな」

 概念魔法とは、古代の魔法使いが使用したとされる概念自体を扱う魔法。現在の現象を操る魔法とは異なり、魔法自体の強度が異常に高く汎用性も高い。しかし会得難易度も桁違い……というより、理解が非常に難しいのだ。

「そもそも今の人間が概念魔法を使えないのは、ものの考え方が複雑になりすぎてるせいだ。大昔みたいに理屈抜きの単純な信心が思考のベースになってれば、概念っていう大雑把なイメージを純粋に組み上げることができる。対して、昨今は物事を理屈でとらえるようになってきたせいで、その単純な思考が遮られるんだ。宗教と政治みたいなもんだな」

 そう。そもそも基底となっている思考モデルが現代と古代では大きく異なる。

 理屈抜きで信じる力。それが概念魔法に求められる資質であり、簡単に会得できるものではない。

「でも、ちょっと待ってください。ロンさんって相当理屈っぽいですよね。ていうか屁理屈ですよね」

「やかましいわ」

「だったら、それこそ概念魔法にマッチしてないんじゃないですか?」

「理屈がダメだっていうことを理屈でわかってるからいいんだよ」

「えっと……なるほど?」

 分かるような分からないような説明。

 しかしロンの中では論理的に腑に落ちているのだ。だからこそ概念魔法を扱えている。魔法使いとしてはロンよりセンスのあるリシャが会得できていないのも、その思考ベースを切り替えきれない部分が原因になっている。

「まぁ、そこを納得できるかが一番のハードルだな。逆に、理屈抜きの純粋な思考をしてるバカの方が案外適性が高かったり……」

「あっ、ストップです」

 話の流れでうんちくを語るロンを、ミスメルが手を上げて止めた。「質問か?」っとロンが片眉を上げる。

「すっかり話題を逸らされてしまいました。クエストの話に戻りましょう」

「ちくしょうばれた‼」

 ミスメルとしても本意ではないが、仕事のために話題を戻す。

 冒険者へ様々な情報を与えるのも受付嬢の務め。逆に、優秀な受付嬢ほど広く深い知識を有している。

 そして、ロンの解説は傾聴に値する有益なものだ。しかし今は優先すべき案件がある。

「とにかく、百層の探索をお願いします。新規層の素材なら、自分で使わなくても相当な額で売れます。しばらく働かずに済みますよ」

「でもお前が仕事持ってくるじゃん」

「いいから行け」

「はい行きます」

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