18話:フリテン
アホウドリ宅。
街の中心からは少し離れた場所に建っており、普段は人がほとんど通らない。そういう静かな環境だからこそ四人はこの家を借りている。
しかしこの数日は違った。
報道陣、商会、野次馬、その他もろもろ。毎日何十組もの人が訪れてはアホウドリとの面会を要求してくる。
追い返しても追い返しても人の列。
しまいには、門と玄関に
それでも彼らは一日中庭に待機して、誰か出てこないかと口をあけて待っているのだ。
「もう無理。あいつら殺そう」
そして、その相手をしていたロンに限界が訪れる。
「まだ、いる?」
「出かけてみるか?」
「やめとく」
ソファに座り、膝の上にリシャを座らせて愚痴を漏らすロン。
自分の胸にもたれかかるリシャの髪を片手で弄びながら、もう片方の手で魔法書を開き眺めている。
ロンの胸に収まっているリシャも、両手で大きな魔法書を開いていた。
二人は実践より研究で魔法を習得するタイプのため、修業は基本このスタイル。そして、リシャがロンの膝に座っているこの状態が二人にとって一番落ち着ける体勢なのである。
あれほどはまっていたタカーンは、モチベを無くしてやめてしまった。
かと言って、外に出れば人に囲まれる今の環境では新たな娯楽を求めることもできず、せめて面白い魔法でも開発してみようかと思い本を開いたのだ。
「つーか、フリンテも外の奴ら追っ払うのに協力してくれよ。商業連合の連中はまだしも、報道陣関連はお前の領分だろ」
魔法書を読み進めつつ、器用なマルチタスクで水を向けるロン。
当のフリンテはソファの上で膝を抱えて丸くなっていた。
「やだ」
「なんでだよ」
「どうせまた
そう。あの決闘以降、フリンテの戦いぶりは尾ひれがついて拡散され、今ではイゼンの愚行を服が吹き飛ぶのも構わず止めた美少女……という話で落ち着いていた。
淫乱コールを受けていたとは思えない印象の変わりようである。
「まあそんなに嘘でもないし、いいんじゃね?」
「見せてない! 大事なところは見せてないから! もおぉぉ! ドラゴンスレイヤーを目指してたのに、ストリッパーの称号を得るなんてどうなってんのおおおぉ!」」
うわぁんと顔をソファに埋めるフリンテ。
彼女がずっとこの調子なせいで、仕方なくロンが外の連中の相手をしていたのである。
「今だって外でこんな話してるんだよ! 『いやぁ、新しい勇者様の像を早く街中に設置したいですなあ』『どんなポーズがいいだろう。やっぱりフリンテ様は裸婦像かねぇ』『いいですなぁ。しっかり造形させてもらいましょう』『楽しみですねぇ』ってぇ!」
「……なんかすまん」
フリンテはその高い感知能力のせいで、外の様子が嫌でもわかってしまう。
流石のロンも気の毒に思ったのか、気まずそうにリシャヘッドの裏に顔を隠した。
「はぁ……。あの時はあれしか方法がなかったとはいえ、どうしてこうなっちゃったんだろ」
フリンテは決闘を思い出し、またブルーになって気を沈める。
しかし、
「ん? あれ
意外なところでロンがそれを否定した。
「それはまあ、ロンならどうにでもできたんだろうけどさ」
「いや、お前自身の力でだ。テレパスをイゼンにつないで、思いっきり叫んでやるとかな。あの魔法は緊急時でも連絡ができるよう丈夫な法式が組まれてる。フリンテならあの魔力圧の中でも余裕で届くはずだ」
「…………へ?」
豆鉄砲を食らったようなフリンテの呆け顔を見て、「まさか気づいてなかったのか?」と訝しむロン。
確かに、黒龍のブレス直前でもつながっていたフリンテのテレパスなら、聖剣の魔力圧の中でも問題なく接続できたはずだ。
「つまり……私は脱ぎ損ってこと?」
「度肝を抜くという点では、より確実性があってよかったんじゃないか? 体張ってるなぁとは思ったが」
「…………」
もはや声も出ないフリンテ。
『あの時はこうするしかなかった』という建前がかろうじて彼女を支えていたのに、別解があったという事実がその柱を破壊してしまう。
羞恥のほどはフリンテにしかわからないが、それに相応した後悔が彼女を苦しめる。
ここでさらに、
「ところでよォ……」
部屋の空きスペースで筋トレしていたナキが、おもむろに口をはさんできた。
「あの時、なんでフリンテ脱いだんだ? 見せたかッたのか?」
話を理解していない男、爆弾を投入。
「ナキは……私がただの露出狂だと思ってるのかあああああぁ!」
「あ、わりィ。暑かッたんだな」
「うるさああああぃ!」
「おッ?」
爆発したフリンテがナキに腹パンを繰り出すも、固い腹筋に阻まれノーダメージ。
だが心なしか気はまぎれているように見える。ナキがフリンテを心配しての言動ではないのだろうが、ムードメーカーというのはやはり大切だ。
「うおおおぉ! くたばれえええぇ! あっ、ロン。ミスメルが来たみたい」
っと、ここで突然来客を知らせるフリンテ。感知に引っかかったのだろう。
今の状況、来客があっても無暗に扉を開けば報道陣に捕まってしまうため、もはや一切開けないことにしている。
そんな中、ミスメルはアホウドリが唯一会っている相手だ。
「リシャ、幻影魔法頼む」
「んっ」
ロンから声をかけられ、傍に置いていた帽子を手に取るリシャ。
帽子を持っていない方の人差し指を上に向けると、その指先に淡い紫色の光が灯る。これは家の隠し扉(勝手に増設した)の周囲を無人に見せる幻影の魔法。
ミスメルだけは顔パスだなどとばれてしまっては、今度は彼女が報道陣のターゲットになってしまう。これはアホウドリ四人の気遣い……という名の、彼女に見捨てられたらいろいろ破綻してしまうことからの保身である。
「あほの皆さん。こんにちは」
隠し扉から入ってきたミスメルは、相変わらずの態度で四人に挨拶を投げた。
いつもの受付嬢の制服ではなく、白色のオフショルダーのシャツに紺色のロングパンツといった私服姿だ。
幻影魔法をかけるのは扉周辺だけのため、少しでも離れると普通に人目に付く。そこを受付嬢の恰好でうろうろしていたら注意を引いてしまうだろう。密会に気付く者も現れるかもしれない。
それを回避するための私服であり、要件は普通に仕事の話だ。
家に上がったミスメルが目にしたのは、フリンテが上裸のナキをポコポコしている様子と、ロンとリシャがセットで本を読んでいる姿。
「相変わらずマイペースですね」
呆れを隠さないミスメルの声色に、しかしロンたちは文句も言わない。
むしろ、勇者就任前後で変わらないその態度に安心すら覚えるほどだ。
「ねええぇミスメルううぅ。私これからどうすればいいのおおぉ!」
「いっそのこと、吹っ切れてセクシー勇者路線で行けばいいのでは?」
「ギルドの広告に使うつもりでしょ!」
「ちっ、ばれましたか」
「もういいから外の連中どうにかしてよおぉ」
「諦めてください」
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