三章 ラブリーチャーミーなかませ役

17話:不屈の勇者(旧)

 勇者祭から三日。

 イゼンはアホウドリの四人に対して、尋常ではない憤りを感じていた。

――だめだ、だめだ、だめだ! 彼らは間違っている! あんな心持ちで勇者が務まるはずがない! それに、彼らは実際には黒龍を倒していないじゃないか! 

 パーティのシェアハウスの椅子に座り、指を組んでずっとそんなことを考えている。

 勇者祭が終わってからというもの、街の雰囲気はアホウドリの話題で持ちきりだ。

 そしてそれは、意外にも好意的なものが多い。

 常識破りの勇者だとか、リシャが可愛いだとか、ナキがイケメンだとか、フリンテが蠱惑的だとか……。

 数多く設置されていたイゼンたちの像も、そのほとんどが撤去されてしまった。今頃新しい勇者の像をせっせと製作しているのだろう。

 それでなくとも最近実績が低迷していた白銀の騎士団。

 顔がいいためそれなりの人気は保っていたが、決闘に負けた今その威信も失いかけている。

――そもそも僕は、フリンテに負けたわけじゃない! 色仕掛けなんて実力とは関係のない部分。ルール違反だ!

 実際のところ、フリンテの行動はルール違反というわけではない。

 もちろんモラルがどうとかいう問題はあるのだが、明確にルールを侵したイゼンを止めるためだったことを考えると、責められるべきは彼女ではない。

 自分の行動を無自覚に棚に上げているイゼンがそのことに気づくことはないのだが。

「彼らに行動を改めてほしいけど、きっと僕の言うことは聞こうともしない。どうすれば……」

 いつの間には独白は独り言へと変わっていた。

 落ち着きなく指を組みなおしつつ、ぶつぶつと不満を並べるイゼン。

 その様子を、モト、キュー、マエノの三人は部屋の隅から見守っている。

「イゼン、可哀そうに……」

「今まであんなに勇者として頑張ってきたのに」

「あいつら、ぜったいに許さないんだから」

 彼女らもアホウドリの四人には恨みがある。

 しかし、白銀の騎士団とアホウドリはしばらく接触を避けるようにとギルドマスターから言い渡されてしまった。そのため直接的な意趣返しができない。

 だからこそこの三日間、家の中で腐っていたのだが……。

「そうだっ!」

 その時、イゼンが急に叫んで立ち上がった。

 あまりの勢いに椅子ががたりと揺れ、危うく倒れそうになる。

「なにっ? どうしたの⁉」

 良案を思い付いたという表情。久々に見る気力あふれるイゼンの姿に、三人娘も期待を抱かずにいられなかった。

「どうして今まで思いつかなかったんだ……。三人とも、すぐに支度をするんだ。ギルドに行くぞ!」

 そう言いつつ早くも聖剣に手を伸ばすイゼン。

 思いついたのは起死回生の一手。全ての問題を解決できる、唯一の方法。

「僕たちで、第百層を攻略するんだ!」

 実現可能性の低さは、度外視して。



「ダメです」

「どうしてだい!」

 想定よりもずっと早く、四人のプランは関門にぶち当たった。

 ダンジョンの攻略申請が通らなかったからである。

 受付で食い下がるイゼンに、担当したミスメルは呆れ交じりに説明した。

「皆さんはよくご存じと思いますが、ボス討伐後に新しく行けるようになる層の初回の探索は、そのボスを討伐したパーティにのみ権利が与えられます。新規層から回収できる素材の第一弾にはとんでもない価値がつきますから、その利益は開拓者が持つべきものです。それに、新規層は未知で危険な場所です。素材の権利を抜きにしても、街で最強のパーティが初回のマッピングを行うことで、後続の探索者の安全性がぐっと上がるんです」

「私たちだって新規層の開拓に貢献してきたわ!」

「それに最強のパーティっていうなら、白銀の騎士団が適任じゃない!」

「……先日タコ負けしていたあなたたちがですか?」

「「「「負けてない!」」」」

 全員がそう即答するのを聞いて、ミスメルは額を押さえる。ここまで話が通じない相手だったのか……と。

「とにかく、明確にルールとして策定されている以上、一受付嬢の私に許可する権限はありません。交渉するなら他を当たってください」

 既に対応待ちの冒険者が後ろに並び始めている。

 早くこの件を処理したいミスメルは、暗に「交渉するならもっと上の人間にしてくれ」とぶん投げた。

 しかし、若干ぼかしてしまったことで予想外の誤解を生んでしまう。

「他を当たる……そうか! セラのダンジョンがダメでも、別の街なら!」

「……はい?」

「ありがとうミスメル! しばらく会えなくなるけど、寂しがらなくていい。勇者になってきっと戻ってくる!」

「はい?」

 一人で勝手に納得し一人で勝手に走り出すイゼンに、唖然とするミスメル。

 三人娘が慌ててその後を追う。

「ちょっとイゼン⁉」

「急にどうしたの?」

「あぁ、とてもいいアドバイスをもらったよ」

 歩みを止めず、モトたちの問いかけにこたえるイゼン。

「このままこの街にいても、碌にダンジョン攻略はできないし、さっきみたいに不当な評価をされてしまう」

 その表情は子供のように無邪気で、まるで手を洗えたことを母に自慢しに行くかのよう。

「だから一時的に、拠点をアルバに移そうと思うんだ。そしてそこで勇者になって、セラに帰ってくる。彼らが文句を言えない立場になった上で、すべての認識を改めさせるんだ!」



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