16話:普段飄々としてる奴はキレると超怖い

「しょっ、勝者。フリンテ!」

 審判のジャッジが下る。

 普段なら歓声が上がるところだが、観客は皆呆然としており、混乱からくる静寂が空気を満たす。

 密度の高すぎる一瞬のやり取りに、皆の思考が追いついていない。

 そんな中、フリンテが乱れた服をなおし終えたあたりで、初めて声が上がった。

「卑怯よ!」

 その声の主は、ロンたちとVIP席にいたイゼンの仲間の一人。いや、三人ともが、フリンテの行動に野次を飛ばし始める。

「いくら自分の体に自信があるからって、そんな方法で勝とうなんて、ずるいにもほどがあるわ!」

「そうよこの露出狂!」

「あばずれ女!」

 耳に突き刺さるような、強い口調の非難。

 女性客の中には同じような不満を持っている者もいたようで、観客席からもちらほらと同調の声が上がり始める。

「そうよそうよ!」

「この淫乱!」

「イゼン様になんて恥かかせるのよ!」

 集団心理というべきか、その罵倒は罵倒を呼ぶ。

 会場全体がざわめき始め、最終的には、

「「「い、ん、らん! い、ん、らん!」」」」

っと、淫乱コールを合唱するまでに至った。

「なんなの、これ……」

 全方位から浴びせられるブーイング。

「なんで……私が……こんな!」

 悲しみは膨れ上がりオーバーフローして、怒りに変わる。羞恥に染まっていた顔も、今は違う理由で赤熱する。

 巻き込まれただけのこの状況で、この仕打ち。いくらおおらかなフリンテでも、許せるラインをとうに超えている。

 そんな彼女をVIP席から見下ろしつつ、モト、キュー、マエノの三人は気持ちよさそうに嘲笑を続けた。

「悔しかったら、今度は正々堂々と戦うことね!」

「あなた程度の実力で、イゼンに勝負を挑んだのが間違いなのよ!」

「どうせ黒龍だって、私たちが弱らせたのを横取りしただけ……ぶべっ!」

 しかしその言葉は、途中で途切れることとなる。

 マエノの身体が吹き飛んだからだ。

 代わりに、静かに肩を上下させるナキの姿がそこにあった。

「きゃぁ!」

「うばっ!」

 そのまま残り二人の頬を殴り飛ばすナキ。

 そして手すりに足をかけると、強化した喉で瞋恚を吠える。

「テメェらああァ! これ以上フリンテをバカにするやつあああァ!」

 ナキの怒りが声に乗って、皆の頭の中で爆発する。


「ぶッ殺してやるから、俺の前に並べ」


 憤怒。いや、もはや憎しみともとれる。

 その恐怖は皆の心臓を掴み、脳を凍らせ、視界を黒く染める。

 だが腹を立てているのはナキだけではない。

「そんなにズルだって言いてえなら、やり直させてやるよ」

 今度はロンの声が響いたかと思うと、直後、空が金色に光りだした。

 いや、空ではない。

 先程イゼンが見せた光の大剣が、ひとりでに、またその姿を現している。イゼンが掲げていたその位置に、誰が支えるわけでもなく。

「時間を巻き戻しただけだから、再現とかじゃなく本物・・だぜ。しっかり見届けるといい」

 その迫力は今にも周囲一帯を吹き飛ばしそうなほど。

 さっきは腰が抜けて動けなかった観客たちも、今度はその緊急性に体が追いつき、この場逃げようとワーキャー騒ぎながら立ち上がる。

 が……、

「なん、で……」

「体が……」

その皆の身体に、紫色の靄のようなものがまとわりついて動きを阻害した。

「さんざん文句を言った。最後まで見届けるのが、筋」

 身動きの取れなくなった人々に、今度はリシャの声が響く。

 彼女が行動阻害魔法で皆を縛ったのだ。

「くっ。こんなこと、やめるんだ……」

 ここでようやくショックから回復したのか、イゼンがふらふらと立ち上がりながらロンたちに訴えかける。

 が……、

「お前が一番の元凶」

「なっ!」

リシャはイゼンにも靄を取りつかせると、強制的に体を動かし、宙に浮く聖剣の元へと歩かせ始めた。

 一歩、一歩。ザリザリと土を踏みしめ、主はその宝剣のもとへと帰る。

「何を!」

「お前がやろうとしたこと、最後までやらせる。フリンテは、間違ってたみたいだから」

 氷点下のごとく冷たく響くリシャの声。

 身体を操られ、イゼンの両手はついに聖剣を握った。

「私はもう止めないから、思いっきりぶっ放すといいよ。型落ち勇者さん」

 吹っ切れたフリンテも、その場を離れながら言い捨てる。

 止められるものは誰もいない。

「たのむ、やめてくれ! やめさせてくれ! 僕を人殺しにしないでくれ!」

 本気だと察したのか、なりふりかまわず懇願を始めるイゼン。

「なら、選べャ」

 そこへ、ナキが強化で暴風を薙ぎ払いながら近づいてきた。

 イゼンの柔らかな金髪をわしづかみにし、自らの血走る目をイゼンのそれと突き合わせ、剥き出しの怒りをぶつける。

「負けェ認めてフリンテに謝るか、てめェの手で大勢殺すか」

「謝る! 謝るから! 僕が悪かったから!」

 威厳も尊厳もなく、子供のように半泣きで叫ぶイゼン。

 そのあまりにも哀れな姿に、ナキは許すでもなくただ興味を失った。

「はァ……リシャ」

「うい」

 声をかけられたリシャは、VIP席から両手を天に掲げて唱える。

「出でよ、ホワイトカラー」

 その召喚に応じ、ワイ君が空間を歪ませながら決闘場に出現した。

 ミニチュアサイズではなく、本来の巨大な姿。光の大剣に並ぶほどの巨躯で。

「うそ……」

「あれって、本物の……」

「ひっ」

 実際に相対したことのあるモト、キュー、マエノは、そのプレッシャーが本物の黒龍……いや、当時より尚まがまがしい圧を放っていることを知覚する。

 それもそのはず、リシャが即興で作ったテイム魔法は、知力だけでなくステータス全体を底上げするバフが組み込まれていた。今のワイ君は、九十九層でふんぞり返っていた頃より尚数段強い。

 召喚されたワイ君はイゼンをみると、「ふんっ」と鼻で笑い、右手をぶんっとはらう。

 ぱきゃあん!

 その鋭い爪が打ち据えられ、光の大剣はガラスのようにきれいな音をたてて離散した。

 残ったのは、元の姿に戻った聖剣をあほ面で掲げるイゼンの姿。

 それを一瞥だけして、ワイ君は首を三人娘の方へ向ける。

「おい、貴様らが私を弱らせたと言ったか? 片腹痛い。身を守るだけで手一杯だったろう。その守りを担当していた男も見当たらんではないか。ん?」

 空気が読めるワイ君。リシャたちに倣って低い声で煽ってみせる。

 その恐怖たるや三人は腰を抜かしてへたり込み、キューに至ってはパンツから黄色い水があふれ出すほど。

 イゼンも膝から崩れ落ち黒龍を仰ぎ見て、完全に戦意を喪失している模様。さすがにこれ以上、ロンたちに噛みつく気力はない。

 そう判断したリシャが手をひらりと振ると、ワイ君の身体は段々と半透明になっていき、消えた。

 召喚が解かれたのだ。

「えぇっと……、改めまして、勝者フリンテ」

 かくして、波乱の決闘は幕を閉じた。



 フリンテとイゼンが決闘している最中、観客席には一人の大物冒険者が座っていた。

 長く燃えるような赤髪と、凛々しく鋭いつり目を持つ若い女性冒険者。

 セラの最寄り、アルバの街の勇者であるプリシラだ。

――とんだ期待外れだったわ……

 わざわざお忍びで足を運んだ勇者祭だったが、最終的な感想はこれだ。

 決闘に立ち会えたこと事態は幸運だった。

 以前からイゼンの実力は気になっていたし、何より新しい勇者がどれほどのものか興味があった。

 しかし先程から、彼女は回避しか行っていない。その技術は確かにそこそこのものだが、勇者としてはいささか実力不足。

 フリンテの職業を回避タンクと勘違いしているプリシラの目には、そう映った。

 そして、攻撃を当てられないイゼンも同様。

――彼からはいつも概念魔法の気配がしていたのだけど、それはあの聖剣のものだったみたいね。独力は底が知れているわ

 プリシラとイゼンは、勇者同士多少面識がある。

 概念魔法の使い手であるプリシラにとって、イゼンから漏れる同質の気配は気になっていた。

 しかしそれは宝剣頼りのものであり、その借り物の力すら十分に扱えていない。

――これは最後まで見る必要もないわ。セラの街はこの程度みたいね

 ため息をついて、プリシラは観客席から立ち上がる。そして、まだ戦っているフリンテとイゼンを置いて闘技場を後にした。

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