15話:顎狙え顎
「いけっ! イゼン!」
「そんな女ぶっ飛ばしちゃえ!」
「もう少しよ!」
VIP席ではというと、イゼンのパーティメンバー三人娘が、手すりから身を乗り出してリーダーを応援していた。
フリンテを自分の男にすり寄る泥棒猫のように敵視している。
そんな彼女らを横目に、
「うめえぇ」
「お祭りの味」
「ねェちャんこれおかわり」
ロンたち三人は椅子に座って飯を食べていた。
決闘に興味がないわけではないが、今はおいしい食事の方が優先。
スプーンを口に運びながら、フリンテたちの様子をついでに見守る。
「あれ、なんの概念? 一口食べる?」
「たぶん
「なら、フリンテは大丈夫」
もぐもぐしつつイゼンの手の内を分析。そして既に、イゼンの戦闘力のほとんどが聖剣頼りであることに気が付いていた。
そして、その聖剣の底も把握した。
「儀礼用だったんだろ。戦闘用の概念じゃない。見栄えだけだ」
その分析のとおり、フリンテはまだ攻撃を避け続けていた。
イゼンも光刃を飛ばしたり伸ばしたりといろいろ試しているが、どれも当らない。
次第に表情が苦しくなっていくイゼン。
逆にフリンテは慣れてきたのか、動きに余裕が生まれ始める。このままでは先にイゼンが魔力切れになるだろう。
女性客は避けてばかりで何もしないフリンテに野次を飛ばし、男性陣は激しく動くフリンテの胸にスタンディングオベーション。
どちらも彼女にとってうれしいものではなく、注目を浴びて赤面すると同時に、苛立ちが頭をもたげ始めた。
『なんで自分がこんな目に合わないといけないのか』
勇者になりたくてなったわけでもなければ、決闘を望んだわけでもない。それなのに、これほどの注目を浴び、敵味方を増やしまくっている……。
「こうなったら、この技で……」
そんなフリンテの気などいざ知らず、イゼンは決め技を放つべく距離をとった。
両手で聖剣を高々と掲げ最大の魔力を注ぐと、そのエネルギーに比例するように黄金の剣身が延びていく。
長大な黄金の大剣。天に向かってそびえる圧倒的な一振り。
見上げたロンは、呆れの混じったため息をつく。
「おいおい。あいつ会場ふっとばす気か?」
振り下ろされれば、大勢の観客が巻き込まれるのは間違いない。決闘のルールに違反する、一騎打ちの枠を超えた第三者への拡大攻撃。審判役も止めようとあたふたしているが、下手に手出しできず、結局立ち尽くしてしまっている。
「どうする?」
「いざとなったら俺が止めるが……、まあフリンテが何とかするだろ」
光の大剣を眺めながら、花見でもしているように食事を続けるロン。大した問題ではないといった余裕っぷりだ。
実際それ止める方法はいくつも存在し、その手段はフリンテも持っている。
持ってはいるのだが……、
――やりたくないなぁ……。
フリンテは光の大剣を掲げるイゼンを見ながら、ため息をついた。
聖剣が放つ濃い魔力圧が周囲の魔法を阻害し、副次的に巻き起こす暴風が物理的な防壁となっている。非力なフリンテでは近づくこともままならない。そろそろ敗北宣言をしてもいいのだが、この風音では審判に声も届かないだろう。
近づくことはできない。音も届かない。魔法も使えない。
今のフリンテに取れる手段は、非常に少ない。
――聖剣の力は、たぶんあの人の精神に依存してる。なら、思いっきり混乱させれば……
だが、止めるための方法は思いついている。
やるしかない。
「うおおおおぉ!」
雄たけびを上げ、大剣を振り下ろそうとするイゼン。
「うわああああああぁ!」
フリンテも、覚悟を決めて叫ぶ。
お互いの声が届くことはなく、ただ、それぞれの技が交錯する。
そして……、
ばひゅん!
振り下ろしかけた光の大剣が、跡形もなく霧散して、消えた。
そこに残ったのは、目と口をかっぴらいて呆然とするイゼン。
そして、シャツをまくり上げ、ショートパンツをずり下げ、自らの身体を晒すフリンテがいた。
腹部だけにとどまらず、下乳から鼠径部にかけて、その柔肌が露出されている。
流石に秘部までは見せていないが、かなりギリギリ。
少しでもその手がずれれば、女子としてのすべてが衆目に晒されしてしまう。
フリンテはその羞恥に、顔どころか全身を真っ赤に火照らせ、口を引き結び、全身をプルプルと震わせ懸命に耐えていた。
「フリン……テ……。なっ、なにを……」
フリンテと同様に赤面し、剣を構えたまま呆然とするイゼン。
その隙を、フリンテは見逃さなかった。
服を整えるのもそこそこに、疾駆し、肉薄する。イゼンの神速にも劣らぬほどの、瞬間移動にも届く速さ。
瞬き一つの間に懐に潜り込んだフリンテは、右手のナイフをきつく握りこみ、
「わすれろおおおおおぉ!」
その柄で、イゼンの顎を思いっきり打ち抜いた。
「ほぐっ!」
スカンッ! といういい音とともに、膝から崩れ落ちるイゼン。
勝敗が決した。
「しょっ、勝者。フリンテ!」
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