12話:まあ、普通にふざけてるが?

「さて、お次は……」

「私」

 この冷え切った空気の中、勇敢にも進み出たのはリシャ。

 緊張も自信も特に見られないいつもの無表情のまま、拡声棒を受け取り前に立つ。

「リシャ。手品やります」

 そして、何かのオーディションかと間違えそうな宣言を放った。

 

――魔法マジック使いが手品マジックって反則なんじゃ……

――笑いとは関係なくねェか?

――みんな特技があってすごいなあぁ


「この帽子から、鳩を出します」

 その披露する手品とは、至極王道のものらしい。

 自慢のとんがり帽子(杖)に右手を添え、いつでも外せるようにスタンバイ。

「いきます。さん、に、いち……はい」

 そして、ひどくローテンションな掛け声とともに取り払われる帽子。

 はたしてその頭の上には……、

「あっ、えっと、どうも……」

ワイ君が丸まって座っていた。

「わ~、鳩と黒龍をマチガエター」

「えっと、主? この状況は……はっ! だっ、誰が鳩ジャーイ」

 あまりにも大根役者なリシャと、すべてを察してなんとか合わせようとする賢いワイ君。

 しかし、いくらミニチュア化しているとは言え仮にもボスモンスター。

 その存在感は、分かる人にはわかるようで……、

「おいあれ、まじで黒龍か?」

「バッカ似たようなモンスターか幻影か手品だろ!」

「でもなんか、禍々しいオーラが……」

超ざわめいていた。


――まったく。かわいいなあリシャは

――すげえええェ! 帽子から黒い鳩だとおおォ!

――なんか安心したかも


「…………あれ。おもしろく、ない?」

「あの……リシャさん。まさか、本物ってことはないですよね?」

「んっ。うちのホワイトカラー」

「??」

 答えになってない答えで司会を混乱させつつ、ワイ君の召喚を解き、帽子を被りなおすリシャ。

 心なしかやり切った感を出しつつロンの横に戻り、最後はお前だとばかりに肘でつんつんとつつく。

 この時点で笑いのかけらも発生していない以上、ロンには引き分け以上の結果が保証されている。

 もちろんその状況を活用しない男ではない。

「んじゃ、いっちょひと笑い取ってきますか。見てな、お前らは立場ってもんがわかってねえんだよ」

 無駄に指をぽきぽきと鳴らすと、不敵な笑みを貼り付け拡声棒を手に取った。

 

――どォせあいつもダメだろ

――頼むから変なことしませんように!

――ロンかっこいい


「あ~、ロンです。新しい勇者です」

 挨拶が始まり、ここまではまあ普通。

 しかし、ここまでだった。

「いいですか? 勇者です。勇者なんです。ゴホン。さていきなりですが、今からボケます。よければ笑ってください。いいですか。新しい勇者がボケます。ではいきます」

 訳。お前ら絶対笑え。


「勇者になってゆぅっしゃー! ってな」


「「「……………………ハハハハハ」」」

 会場に、乾いた笑いが響いた。


――ずッる!

――ずっる!

――ずっる!


 勇者という立場を使った脅迫。

 さらにナキのボケを再利用することで、自らは何のダメージも負わず、ナキに追加ダメージを与えるまさに外道。

 パクりはアウトというルールなど、当然ない。そもそもこの男に、正攻法などありえない。

「え~っと、あの~」

「以上です」

「えええぇ……」

 言いたいことだけ言って終わらせる勇者四人に、さすがの司会娘も呆れを隠せない。

 観客は完全に混乱している。ブーイングが起きていないのは、それこそ勇者補正だろう。

 ロンはくるりと振り返ると、汚いどや顔をナキたちに向けながら拡声棒を司会に返そうとする。勝利を確認するように。

 しかしここで、誰もが予想外のことが起きた。

「まて!!」

 若い男の叫び声が響く。ロンでもナキでもない。

 その声がした方向は、四人が上がってきたステージ袖。そこには四人の若者……男一人と、女子三人が立っていた。

 叫んだのは男の方。

 青と金を基調としたきらびやかな防具に身を包み、金色のサラサラ髪をなびかせる、ロンと歳の変わらない冒険者然とした美少年。その整った容姿と中性感は、絵にかいた王子様のようだ。

 そんな彼が、怒りに顔を染め、肩をいきり立たせてロンたちを見上げている。

 後ろの女冒険者三人も、同様に不満そうな表情だ。

 男は続ける。

「なんだ君たちの態度は! ふざけているのか! 勇者としての自覚が全く足りていないぞ!」

 わざわざ自前で拡声魔法を展開し、観客に聞こえるよう大喝しつつ、階段を上がってくる。それを、ロンたちは頭上に疑問符を浮かべつつ凝視。

 少なくともイレギュラーではあるのだろう。司会の娘が慌てて制止に入った。

「あの、イゼンさん。まだ出番は後なので戻って……」

「すまないアリステア。さすがの僕も黙っていられないよ」

 男……イゼンはそれをはねのけ、ロンたちにびしっと指を突き付ける。

「もう一度聞く! 君たちはふざけているのか⁉」

 突如現れて、自分たちの態度に文句を言ってきた見知らぬ男。

 ロンは「人に指を向けんなよ……」と面倒くさそうにぼそっとつぶやき、首を掻きながらイゼンを見やる。

 そして、

「まあ、普通にふざけてるが?」

至極正直に、悪びれもなくそう言ってのけた。

「なっ……」

「別にいいだろ。これは式典じゃなく祭りだ。かたっ苦しいよか、こっちの方がみんな楽しめるだろ?」

 尚、一般客も楽しめているかは考慮しないものとする。

 そもそもアホウドリの四人にとって、勇者という称号も名誉も何ら必要のないもので、むしろ願い下げな長物。遊ぶだけ遊んで捨てられるなら割と本望。あわよくば剥奪して欲しいと思ってのこの言動だ。

 故に勇者らしく・・・・・だのなんだのという説教がロンたちの心に響くことはない。

「君は……君は、勇者というものがわかっていない! 勇者というのは街のエースであり、街の誇りを守り、街の人々を守る存在だ。決して、お遊びで務まる重責じゃない!」

 当然そんなことは知る由もなく、イゼンは依然叱責を続ける。四人が望んで勇者になったと思い込んでいるのだろう。

 フリンテもナキも、イゼンの相手を完全にロンに任せ、放置。

 しかし思うところがあったのか、唯一リシャが口をはさんだ。

「そんな責任、勇者にはない。黒龍と戦う前、ギルドの規約でそれは確認した。ダンジョン攻略を進めただけで、強制的に重責を背負わされるなんて、横暴が過ぎる。もしそうなら、私たちはボスになんて挑まなかった」

 そう、勇者とは単なる称号であって、役職でも役割でも何でもない。その点においてイゼンの認識は誤っている。

 しかし実際問題、最強のパーティが持つ発言力というのは絶大だ。発言力がある以上、自身の行動への責任というのは当然発生する。

「リシャ。君の気持ちはよくわかる」

「初対面で呼び捨てする時点で、分かってない。不快」

「うっ……。でもこれは、暗黙の了解というか、慣例なんだ。勇者になる前に、そこは覚悟しておかなきゃいけなかったんだよ」

 不文律。それは確かに存在する。

 しかし明確に縛らていない限り、ロンたちには関係のないことだ。

「うるせえな。そもそも、そういうお前は何なんだよ? 勇者でもねえくせに、よくそんな知ったような口を聞けるな?」

 論理的な言いくるめでは時間がかかると判断したロンは、そもそも論・・・・・に立ち返っての口撃に切り替える。

 部外者があれこれ言ってんじゃねえ、と。

 しかしそれは、超特大の地雷だった。

「君が……それを……言うのか……」

 イゼンは色白の顔が真っ赤に染まるほど怒りを露わにし、肩をわななかせる。

「いや、俺は勇者なんだから言って当然だろ……」

「ロンさんロンさん! この方々は、以前までの勇者パーティ、白銀の騎士団・・・・・・の皆さんなんです」

「「「…………え?」」」

 そこでロンたちは、相変わらずフォローに追われる司会っ娘から衝撃の新事実を聞かされた。

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