10話:深夜テンション
アホウドリは誰もまともに料理ができない故に、おいしい料理という言葉でリシャの腹が刺激されるのは必然。これは既定ルートだった。
「あの、ちなみに、素材の方は……」
「商業連合と相見積を取って決める。負けないよう頑張ってくれよ」
そういいながら、ロンは異空間からワイ君の鱗を一枚取り出し、机に置く。
査定のためのサンプルというわけだ。
「商業連合本部にも一枚預けてくる。高かったら百枚ばかり売ってもいい」
「しょ、承知しました……」
この提案、どちらか高い金額を提示した方に売る……というような意味に聞こえるだろう。だが実際は違う。決して|どちらか一方に売る《》なんて言っていない。競争意識を持たせ金額をできるだけ吊り上げてから、どちらにも百枚づつ売るつもりだ。最大利益を出すための悪知恵である。はっきり言って詐欺である。
「それじゃ、俺たちはもう帰っていいな?」
「あ、あぁ、構わない。時間を取らせたな」
「あっ皆さん、祭りではお一人ずつ挨拶してもらうことになると思います。感動的なのを考えといてくださいね」
「はいはい」
おざなりな返事をして、よっこいしょと腰を上げる四人。
ナキに至ってはあくびが出ている。よっぽど退屈だったのだろう。交渉事はロンの担当のため、大体いつもこうなってしまう。
応接室を出て、二人に見送られながらギルドを後にする四人。
既に時刻は昼を回り、日差しがこれでもかというほど照っている。
街の様子はまだまだ平常運転だが、新しい勇者が生まれたという噂が広まれば、上を下への大騒ぎになるだろう。少なくとも勇者祭後は、アホウドリの四人は時の人だ。
面倒くさいなと、ロンは一人ため息をつく。
「そういえば、ひとまずやりたいこと終わっちゃったよねえ」
そんな中、フリンテがポツリと現状を振り返る一言を放った。
確かに、
「んじゃ、新しいボードゲームでも買って帰るか?」
「タカーンがいい」
「いいねいいね。結構人気あるって聞いたよ」
「んじャ、俺もそれでいいぜェ」
冒険者パーティ、アホウドリ。新しい勇者たちがひっそりと、このセラの街に爆誕した。
しかしひとまずは、いつもの静かな日常に帰っていく。
◆
静かな日常に帰るはずだった。
しかし事件が起きた。
面白すぎたのである、新しく始めたボードゲームが。
「うわあああ! また四位だよおお!」
「ちくしょう。俺の小麦縛りプレーがぁ……」
「ハッハッハ! お前ら弱すぎだぜェ!」
「敗北を知りたい」
昼も夜もなくタカーン、疲れたら寝て、起きてタカーン。寝てタカーン。
タカーンタカーン。
当然勇者パレードの存在などすぐに忘れ去り……、
「あほのみなさ~ん、準備できてますか~。入りますよ~って、うわっ!」
当日、受付嬢ミスメルが呼びに来た時には、四人とも二徹明けの状態でタカーンに向き合っていた。
「ははッは……、ぜんぜんかてなく、なッてきたぜェ」
「道はすべて、ふうさする……」
「あははは、今回の土地はあたりだぁ」
「ふっ。すべての縛り勝利まであと少し……ん?」
全員目がイッてしまっている中、ロンが来客に気づき顔を上げた。
「よう、どうした? えっと……コムスメ?」
「ミスメルです! ちょっと皆さん何やってるんですか! 今日は勇者祭ですよ! 準備できてるんですか⁉」
「「「「まあ忘れてたよね」」」」
「でしょうね‼」
そこからはてんやわんやである。
ミスメルに急かされ、寝不足のまま慌てて風呂に入って身だしなみを整える四人。
慌てすぎて、フリンテはラッキースケベを披露し、リシャは間違えてロンのジャケットを羽織り、ロンは小指をぶつけ、ナキは踊りだす。
そんな艱難辛苦を乗り越えて、四人はついに会場へと到着した。
「はあ、はあ……。正直、黒龍戦より過酷だった」
「リシャが覚醒の魔法を思い付いてくれて助かったよぉ」
「副作用には……目をつむってほしい」
「へ?」
「効果中、深夜テンションになる」
「あははは! それって目が覚めたっていうよりキマッてるだけじゃん!」
しかし後に、この副作用が事件を起こすことを四人はまだ知らない。
とにもかくにも、四人は街の中央広場に案内された。その中心には木造の巨大なステージが建設されており、既にたくさんの人々が新しい勇者パーティの登場を待ちわびている。広場から延びる石畳の道には所狭しと出店が並び、華美な装飾も手伝って絶頂のお祭りムードだ。
しかしどうやら、アホウドリが件の勇者パーティだという事実は広まっていないらしい。この二週間、四人の家に押し掛けて来る者がいなかったのもそのせいだろう。
なるべく勿体ぶって、この場でお披露目したかったのかもしれない。
「時間になったら、皆さんにはあのステージに上がっていただきます」
一般客から隔離されたエリアで、ミスメルが今後の流れを説明し始める。
「まず皆さんに登場してもらい、パーティの紹介を行います。これまでの経歴紹介……は、あえて省略します」
「賢明な判断」
「そこから、セラの市長さんからの挨拶や来賓挨拶が続きます。その後で皆さんには、前に話した通りそれぞれ挨拶してもらうんですけど、まあ当然……」
「「「「考えてない」」」」
「でしょうね」
ミスメルは「このアホども……」とぼそりとつぶやき、額を抑える。
さらりとした栗毛がその仕草によく映えるが、内心はそこまで爽やかな状況ではないのだろう。
勇者の演説といえば、歴代勇者の石碑に刻まれたり、故事成語扱いで飲食店などのいたるところに飾られることもある。それほど重要なものなのだ。
「まぁ、私が心配することでもないんですけど……。とにかく、アドリブでもいいんで、いい感じにお願いしますよ。みんな楽しみにしてるんですから」
「「「「は~い」」」」
しかしここで、リシャの副作用が軽く火を噴くことになる。
「あっ、いいこと思いついた! どうせだったらみんな、こんなのどうかな……」
そう、四人とも現在深夜テンション。しょーもないことを面白がってしまう精神状態なのだ。
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