9話:勇者祭
「「…………へ?」」
当然きょとん顔を浮かべるは、受付嬢とワイ君本人。
ロンやフリンテも「おいおい」と頭を抱えている。
「ちょっ! あああ主様⁉ 差し出すのですか⁉ 私を差し出してしまわれるのですか⁉」
「喋った⁉ なにこれ何この生き物⁉ かわいいわりにやたらダンディーな声なんですけど⁉」
「せめて鱗くらいで勘弁いただけませんか! それなら魔力で生成できます故!」
がやがや、がやがや。
二人が騒ぐものだから、酒場にいたほかの冒険者も「なんだなんだ?」と注目してくる。
完全に目立ってしまった。
黒龍討伐まではばれていないようだが、ここで騒ぎ続ければ時間の問題だろう。
ロンは盛大にため息をつきながら、受付嬢に提案する。
「とりあえず、どこか個室に入れてくれ」
◆
「君たちだね。新規層攻略を果たしたパーティというのは」
場所を移して、ギルド内にある応接室。
先程の受付嬢に加えて、傷だらけスキンヘッドの大男が四人の対面に座っていた。
この男はセラの街のギルドマスター、セル。
いかにも歴戦といった感じの褐色の男で、その眼力の強さは、瞬きの度に地面が揺れるような圧がある。
「ドーモ! アホウドリでッす!」
「バカみたいだからやめろナキ」
そんなギルマスに対しても、四人は通常運転だが。
「まぁ、なんだ。パーティ名からして手遅れな気がするのだが」
「「「由来はこいつなんで。アホなのはこいつだけなんで」」」
「あァ?」
「君たちは本当にチームなのか……」
ソファに座って顔をしかめるセル。
こんな破天荒なパーティは初めて相手にするらしく、呆れと困惑から、重厚なその面持ちが僅かに歪む。
「まあいい。まずは九十九層の攻略を祝福する。うちのダンジョン深度は他の街に一歩出遅れていたからな。冒険者ギルドを代表して礼を言わせてくれ」
驚くほど率直な賛辞。その強面な外見に反して、セルは案外と誠実な性格らしい。
ロンは意外そうに眉をひそめるも、ギルドマスターという立場はそういうものかもしれないと思い飲み込み、「どうも」とだけ返した。
「他のまちィ?」
代わりに疑問を口にしたのはナキだった。
常識レベルの話であり、ナキ以外は当然知っている内容だが、それでもセルは丁寧にその質問に応じた。
「いいかね。ダンジョンを持つ
「五個の街に五個のダンジョン、五組の勇者パーティ……。てッこたァ、合計二十五個のダンジョンに、百二十組の勇者パーティがいるッてことか! 結構多いな」
「解釈違いな上に計算も間違っているよ」
「おッ?」
どうやら乗算してしまったらしい。
ナキの計算で行くなら、確かに勇者パーティの希少性など皆無だろう。
実際には、他の街にすら名声が届くほどの大きな名誉なのだが。
「とにかく、君たちにはこれら新たな勇者パーティとして、この街の顔役になってもらうことになる」
「「「「え~」」」」
「……ミスメル。通例通り、新勇者パーティのお披露目である
そう言ってセルは、傍に立ち控えていた受付嬢に声をかけた。
ちなみに彼女の名前がミスメルであることを、四人はここで初めて知った。
「わかりました。すぐに取り掛かります。開催予定はいつにしますか?」
「二週間後だ」
「二週間? 随分急ですね」
「商業連合をうまく動かせばいい」
「分かりました。ボス素材をいくらか流しますが、いいですね?」
「あぁ。任せる」
当人たちを抜きにして話が進んでいく。
とは言え、勇者祭は新たな勇者が生まれた際の伝統行事。よっぽどの理由がない限りは開催するのが常だ。それも、盛大に。
普通のパーティであればその程度わきまえているのだが、アホウドリが普通なわけはなく、
「あっ、祭りは俺ら抜きでやってもらっていいすか? いろいろ面倒なんで」
ロンがひょいと右手を上げて、なんとそんなことを言い出した。
ほか三人も同意するように頷き、フリンテに至っては「私は一般客として遊びに行こうかな~」などとほざく始末。
勇者祭に勇者が欠席したいなどという話は前代未聞。ギルマスもミスメルも目を見開く。
「えっ、なんなんですか? また無欲アピールですか? 本当にかっこ悪いですよ?」
「主役がいなければ何を称えていいかわからない。得意ではないかもしれんが、将来的には君たちの利になる行事だ」
「「「「お気遣いなく」」」」
「こっちに気を遣ってほしいのだが……」
ギルマスは目頭を押さえ、ミスメルはもはやドン引きしている。
とは言え、その二人の気持ちを理解していないのはナキだけであり、ロンにいたってはわざと逆なでするようなことを言っているのだ。嫌がらせではなく、戦略的に。
「祝いたけりゃ勝手に祝ってくれていい。死んだ先代国王の誕生祭みたいなもんだ。そもそも、勇者に仕立て上げるのも祭りに出すのもそっちの勝手な都合だろ? 俺たちを街興しの道具にしないでくださいよ。こっちに参加の義務はない。あと、ボス素材を冒険者ギルドに売るとも言っていない」
「むぅ……」
「えっ……」
ロンは、今後のいろいろなしがらみを回避するために、自分たちの考え方をアピールしているのだ。
ギルドの駒に成り下がる気はない、そっちの思い通り動くとは限らない……と。
ノッて来たのか、持ち前の口撃が切れ味を増していく。
「そもそも俺たちはまだ傷も癒えてないんだぞ。黒龍のブレスによる怪我は治りが遅いんだ。二週間後なんて急すぎる。それとも、傷だらけ包帯だらけの方が拍がつくってか? なんなら衆人環視の中ぶっ倒れてやろうか? そうなりゃせっかくのパレードを台無しだ。楽しい余興もおいしい料理も無駄になっちまうなぁ?」
「おいしい料理、食べたい」
「よっし出てやろうじゃねえか。せいぜい優秀な料理人集めてくださいねえ?」
ただし、リシャには弱い。
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