二章 決闘なんてしたところで大抵何も決まらない

8話:生産者の顔

 翌朝。快晴。

 アホウドリが借りている一軒家にて、だれている三人にロンが声をかけた。

「おいお前ら、ギルドに報告行くぞ」

「めんどくせェ」

「疲れたよぉ……」

「気が向かない」

 三人はリビングのソファでゴロゴロしながら、各々反対の意を示す。

 ロンの言う報告・・とは、ダンジョンでの攻略結果を冒険者ギルドに伝える事を指す。

 ダンジョンはその危険性から、突入前後に行先・目的・結果の報告が義務付けられており、特にボス攻略ともなると、期日までに報告がなかった場合は数日後に死亡扱いとなってしまう。

 そしてそれは、報告の場に欠けているメンバーにも適用される。

 故に、どれだけ傷だらけで疲れ果てていても、早めに全員で報告には行かなければならない。

 尚、リシャに至ってはほぼ無傷だが。

「俺だってダルいんだよ。でも行かねえと後でもっとダルい。いいから行くぞ」

「「「あ~い」」」

 ようやく重い腰を上げ、家を出るアホウドリ一行。

 四人は一軒家を借りてシェアする形で暮らしているのだが、これは冒険者パーティなら一般的なことで、個人で部屋を借りるより安上がりで自由も効く。

 閑静な街はずれからしばらく歩いて、街のメイン通りに建つ木造三階建ての立派な建物についた。

 ここが目的の冒険者ギルドだ。冒険者ギルドというのは組織の名前でもあり、この建物自体の名称でもある。

 半扉を押し開け中に入ると、たくさんの丸テーブルと料理が並んだ大部屋が広がっており、その奥には受付嬢が並ぶカウンターと各種クエストの募集ボードが設置されている。

 このギルドは酒場や食事処も兼ねているため、常に沢山の冒険者が集まりにぎわっている。今も満席とは行かないまでも、ダンジョン突入前の腹ごしらえをする者たちで大盛況だ。

 そんな騒がしい空間を抜け、四人はまっすぐ受付へ。

 そこに立つ受付嬢の少女が、すぐ四人に気が付き声をかけた。

「おはようございます。アホの皆さん」

「アホウドリな」

「無自覚な略称は、涙を生む」

「リシャがそれを言うかい」

「失礼いたしました。皆さんは確か、黒龍討伐でダンジョン申請されてましたよね? 敗走ですか? 転進ですか? 勇気ある撤退ですか?」

 フリンテとそう年が変わらないにもかかわらず、しっかりした応対だ。口の方も無駄に達者だが、アホウドリのような知名度のないパーティを認知しているあたりは、やはりプロである。

「討伐してきたに決まってんだろ。どんだけ期待されてねえんだ俺たち」

「普段から真面目にやらないからですよ」

「ぐぅ……」

「ぐぅの音を出す前に、討伐したって言うなら出してください。あれ」

 そう言って、何かを求めるようにロンに向かって右手を広げて突き出す受付嬢。「それを出すまでは信じない」とばかりに。

 その意味するものをロンも理解しているようで、ジャケットの懐からあるものを取り出し、その手に置いた。

「ほら、あらためてくれ」

 渡したのは、手のひらサイズの薄水色の結晶石。六角柱状のそれは、目の錯覚かと思うほど透き通り、その奥の風景を美麗に映し出している。

 ボスを討伐し層を攻略した証である、転移クリスタルだ。

「本物……ですね」

 驚きながらも、あっけなく認めた受付嬢。

 転移クリスタルはその名の通り、ダンジョンの特定階層へ空間異動できるアーティストだ。ボスを討伐することで入手でき、その攻略した階層のボス部屋へ転移できる。複製はできるが偽造できるような代物ではない。それでも、新規層のものを受け取るとなると疑いもする。

 しかし、彼女は確かな鑑定眼と公平な価値観を持っており、それを本物だと断じた。

 口は悪いが本当に優秀なのだ。

「じゃあ報告は終わりだ。よきにはからってくれ」

「いやいやちょっと待ってくださいよ! これから勇者パーティになるんですよ⁉ もっとこう、いろいろあるでしょう? 素材の鑑定とか、武勇伝とか! 自慢話したいですよね⁉」

「「「「早く帰りたいんだが?」」」」

「あぁ、だめだこの人たち……」

 そんな彼女にすら頭を抱えさせるアホウドリも、大概である。

「つゥか、勇者パーティッてなんなきャいけねェのか? 俺たちそんなもんのために戦ッたんじャねェんだけど」

 両手を頭の後ろに組んで、文句を垂れるナキ。

 そんな彼の発言に、受付嬢は怪訝な表情を見せる。

「えっ、無欲アピールですか? 気持ち悪いんですけど」

「ちげェ! 俺はドラゴンスレイヤーになりたかッただけだ!」

「なんですかそのローカルな称号……。うちでは取り扱ってないです」

「そォ……なのか?」

「「「お前知らんかったんか」」」

 そう。普段真面目に冒険者活動をしないアホウドリがボス攻略に腰を上げた理由。それは「ドラゴンスレイヤーって憧れない?」というフリンテの一言だった。

 流行りの冒険物語に感化されただけの実用されていない称号。つまり完全な自己満足だが、ナキだけは実在すると思っていたらしい。

「まじかよォ……」

「まあ、どのみちリシャがぶっ壊したから関係ねえけどな」

「確かにね」

「そんなことより皆さん、折り入ってお願いがあるのですが……」

 ここで受付嬢が態度を変え、妙に改まった声音で口を開いた。

 先程までとは違う腰の低い態度に、四人は警戒の視線を向ける。

「あの、ボスの素材を冒険者ギルドで買い取らせていただけないでしょうか? できるだけ、多く。できれば全部。もちろん納得のいく額をご用意しますよ。こう見えて私、金庫番には顔が効きますし」

 ボス素材。それは言葉の通り、ボスモンスターの体から回収できる鱗や牙といった素材である。

 ボス部屋以外に出現する|フロアモンスター《》とは違い、ボスモンスターの出現は一度きり。倒してしまえば同じ素材は二度と手に入らない。故にその希少性は恐ろしいほど高く、商業連合や武具屋、冒険者ギルドまでもがこぞって欲しがる一品なのだ。

 そんな希少価値の高い素材を、一受付嬢が確保したとなるとその功績は大きい。自らの出世のためにも、彼女はぜひそれを成し遂げたかった。

 が……、


「「「「…………」」」」


アホウドリの四人は、ふいっと横を向いた。

「あの、皆さん? なんでこっち見てくれないんですか?」

「「「「ちょっと寝違えて」」」」

「あからさまな嘘やめてくださいよ。何ですか? 先約があるとかですか? それとも、独占したいとかですか?」

 不審な態度に目ざとく気付き、問い詰める受付嬢。ロンは冷や汗を流しながら「何とかしろ」とリシャに視線で念を送る。

 こうなった原因は完全にリシャであるため、それもやむなし。リシャは観念して、いたたまれない表情で受付嬢に向き直る。

「あの、活きがいいから、絞めるときは気を付けて……」

 そして、使い魔らしく異空間に隠れていたワイ君を「出てきて」と呼び出し、両手に抱えて差し出した。


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