6話:ドラゴンスレイヤー(仮)

「「「………………じゃ、ナキ抜きでやりますか」」」

「まてやあァ!」

 しかしナキは生きていた。割と元気だった。

 土埃の中姿を現したそのナキは、頭や腕から血を流しつつも、しっかりと五体満足で立っている。

「大した見せ場も無ェまま退場なんて、できッかよォ!」

「ならさっさと動いてどうぞ」

「わあッてらァ!」

 血も涙もないロンを無視し、今度こそ強化を最大まで持っていくナキ。全身に、目に見えるほどの魔力がほとばしる。

 そして次の瞬間、消えた。

 ガンッ!

「ガアア!」

 さらに次の瞬間、黒龍の体躯が浮き上がる・・・・・。腹の下に潜り込んだナキが、蹴り上げたのだ。

 超大な質量が宙を舞う姿は、まるで船が空を飛んでいるかのようが。

 その衝撃に思わず叫ぶ黒龍。空中で体勢を立て直し、真下を睨みつける。

 しかしそこにナキの姿は無い。既に直上の天井に着地・・し、蹴りつけ、今度は黒龍を上から蹴り落とす。

 ドゴオオオン!

 すさまじい音と衝撃。

 流石の強固な鱗と言えど、蹴りを食らった個所が粉々に砕け散った。もっとも、すぐに新し鱗が生成されるが。

「おらおらおらァ!」

 しかし抑え込んでいる。先程とは比べ物にならないパワーのラッシュで、黒龍を圧倒している。

「フリンテ、来い!」

「あっ、うん!」

 その間に準備を終えたのか、指示通りロンがフリンテを呼んだ。

 軽やかに跳び一息で駆け付けたフリンテに、ロンはあるものを渡す。

 それは、紫がかった黒色の、ロープのようなひも状の何かだった。

「黒龍の鱗から作ったワイヤーだ。これを巻きつけて動きを封じろ」

「えっ?」

 そうそれは、落ちていた無数の鱗を魔法で加工したワイヤー。

 軽くて強靭な龍鱗を使ったそれは、上手く巻き付ければ黒龍の動きすら阻害できるだろう。

「でも、それ……」

 しかしフリンテは不安げな表情を浮かべる。なぜならその行為は、黒龍に肉薄することが前提だからだ。

 ただでさえモンスターの捕獲は難しい。それを巨大なボス相手にやるとなると、難易度はさらに跳ね上がる。

「私には……」

 無理だよ、という言葉がフリンテの口から思わず漏れ出そうになる。

 しかしそれを遮るように、ロンが言葉を紡いだ。

「おまえが前衛でよかった。俺でもリシャでも、ナキでも駄目だ。あの黒龍の攻撃をかわしながら走り回れんのは、フリンテだけだからな」

「えっ……」

 ロンはまっすぐにそう言い切った。フリンテならできる、と。

 疑いなど一切ない真剣な眼差し。そんな信頼を向けられて、無下にできるフリンテではない。

「まったく、しょうがないなあ。やってやりますとも」

「ああ、頼んだぞ」

「気を付けて」

 ロンやリシャの激励と共にワイヤーの先端を受け取り、走り出すフリンテ。

 その背を見送りながら、ロンはふっと微笑み、つぶやく。

「ちょっろ」

 尚、暗黒微笑。

「正直な子は、扱いやすい」

「聞こえてるけどおお⁉」

 しかしこうなった以上、もうやるしかない。

 ナキがオラオラ言ってる横を走り抜け、黒龍の巨躯を駆け上がり、漆黒のワイヤーを巻きつけていく。

 一息のうちに背に上り、次の瞬間には首の下へ。そしてまた体を駆ける。

 体重などなく、浮いているのかと錯覚するほどの軽やかな動きだ。

「やばっ!」

 しかし突如、フリンテのそば、一部の鱗に魔力が通され射出された。

 シュッ!

 先程まではなかった、部分的な鱗舞。

 しかしフリンテは、そんな所見の攻撃すら事前に察知した。

 下手に止まらず、駆ける勢いのまま跳びあがって回避し、くるりと空中で一回転。スタッと黒龍の背に着地して、反対側へ駆け下りる。

 ワイヤーを運ぶ足は全く遅れない。

 黒龍の攻撃をかわしながら走り回れるのはフリンテだけ。そのロンの言葉は、フリンテを焚きつけるためのものではあったが、決して嘘でも誇張でもなかったのだ。

「ナキ! 浮かせて!」

「あいよォ!」

 黒龍が床に腹を付けたままでは、下側にワイヤーを通せない。

 フリンテが手助けを求めると、ナキは一瞬で下に移動し、またその巨体を蹴り上げる。

 宙に打ち上げられた黒龍に対して、ロンはその真下の空間を魔法で引き延ばし、滞空時間を延長する。

 大きな動きはナキが抑え、突発的な攻撃はフリンテがかわし、ロンがこまごまとサポートする。なんだかんだ、見事な連携。

 その全ては、リシャの一撃を通すために。

 そしてついに、その時は訪れた。

「ロン! リシャ! いけるよ!」

 ワイヤーでぐるぐる巻きにされ、殆ど身動きが取れなくなった黒龍。

 魔力も相当消費しているのか、鱗舞も殆ど撃たれない。

「ナイスだバカども! よし、そこから離れろ!」

 舞台は、整った。

「リシャ、待たせたな」

「んっ。くたびれた」

 そう言って、前に出るリシャ。

 その華奢な背を、ポンとロンが叩く。

「リシャ、楽しんで来い」

「んっ」

 先程と同じように、帽子を構えるリシャ。

 内部には既に魔力が溜まっており、その純度はさらに上がっているように見受けられる。


「「「いけえええぇ!」」」


「魔帽砲、はっしゃ!」


 相変わらず恥ずかしい技名を叫び、魔法を発動するリシャ。

 そしてその光線が黒龍の胸を穿つ。

「グアアアアアア!」

 寸分もずれることなく照射される魔法。光線自体も、先程に比べ細く圧縮されており、その鋭い照射に黒龍は悲痛な叫びをあげる。

 しかし悶えようにも、その体はがっちりと縛り付けられ身じろぎすらも許されない。

 一枚、また一枚と鱗が解け落ちていき、ついには穴を穿って黒龍の肉に光線が到達する。

 そして、

 

 パアン!


 なんとその巨体が白い光に変わり、はじけ飛んだ。

 きらきらと舞い落ちる、白く透明な光の粒子。武骨だったボス部屋が、まるでスノードームのような幻想的な空間へと様変わりする。


「やった! やったんだね!」

「ハッ! 余裕だッたなァ」

「さすがはうちのエース…………」


「「「…………ん?」」」


 はじけ散った光の中心に……超ミニサイズの黒龍がいた。


「テイム成功。黒龍ゲットだぜ!」

「「「ドラゴンをスレイしようって話だったじゃん!!」」」


 忘れてはいけない。リシャの妙案は前提をぶち壊すということを。



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