4話:敵の敵は味方であっても敵

『よけてええええええええええええ!!』

 集中力が必要なため、フリンテは前衛の時はめったにテレパスを使わない。間違いなく、漏れなく、確実に伝える必要がある場合のみだ。

 その前提もあって、ロンとリシャは正しくその緊急性を理解する。

 黒龍は、明らかに鱗舞とは違う攻撃をスタンバイしていた。口の隙間からは毒々しい紫の光が漏れだし、岩盤がきしむほどのエネルギーが首に溜まっているのが分かる。

 おそらく一点集中型の攻撃。

 分散させてあの威力だった鱗舞の魔力を、一纏めにしてぶつけるつもりだ。

 物理的な鱗ならまだしも、純粋な魔力の塊であればロンの空間魔法でも曲げられない。

 だが、

「やだね」

正しく状況を把握したそのうえで、ロンは不敵にそう言ってのける。

「お決まりドラゴンブレスってか? はっ。受けきってやるのがロマンだろ」

「ロン……」

「カハハッ! 俺も耐えて見せるぜェ!」

「ナキは狙われてないよ」

「おッ?」

 ロンは周囲を捻じ曲げていた魔法を解き、別の空間魔法を使って異空間へ小さなゲートを繋げる。そこへ右手を突っ込み愛用の武器を取り出した。

 それは、直径四センチ長さ二メートルほどの黒い金属の丸い棒に、少し短いものがもう一本、中心からずれた位置で直角に交差した十字架だった。

 十字架はかっこいいという理由で、金属の棒を切ってつなげただけのハンドメイド武器だ。シンプル故に丈夫ではあるが、それ以外には何の効果もない。

「リシャ、お前は離れてろ」

「どっちがターゲットか、わからない。一緒にいる」

「わかった。でも手伝うなよ」

「んっ。そんな無粋はしない」

 足を大きく開いて腰を落とし、十字架を構えるロン。

 キイイイィ。

 黒龍の魔力はすでに臨界に達しており、発せられる独特な高音が四人の耳をつんざく。

 あふれ出る光は地上のごとく周囲を照らし、まるでボス部屋そのものが悲鳴を上げているようだ。

 対してロンも、これまたかっこいいからという理由で、あえて省略せず呪文を詠唱する。

「ログ接続。余剰魔力回収。リアクションパワーを放出型に変換。コンパイル完了」

 詠唱を終えるころには、ロンの持つ十字架は黒龍のそれと違わぬほどの魔力を帯びていた。鈍色の光を発し、今にも爆発四散してしまいそうなほど。それはロンの魔力総量をも明らかに超えており、何かしらの仕掛けがあるのは明白だ。

 その実態は、過去に自分が使い切れずにロスした余剰魔力・・・・を回収するという時空系の魔法である。

「うっそ。ロンってなしでもあんなことできるの?」

「まァたしれッと新魔法開発してやがッたな。あのロマンバカが」

 一触即発の空気を見守るフリンテとナキ。

 ロンの後ろに控えるリシャは、不安など微塵もないように微笑む。

「ロン、楽しんで」

 その言葉を合図にしたかのように、黒龍が動いた。

 ドガッ!

 溜め込まれていた膨大な魔力がブレスとなってロンに放たれる。

「ハルク!」

 それに対してロンが十字架を突き出した。

 正面から、まっすぐに。

 衝突と同時、閃光がボス部屋を満たしナキたちの目を塞ぐ。視界は一瞬で機能を失い、部屋の地鳴りだけがブレスの照射が続いていることを伝える。

 部屋が崩れ、天井が落ちてくるのではないかというほどの剛振。それが十秒ほど続いただろうか。ようやく静かになり、ナキたちが顔を庇っていた腕をどけ細々と目を開く。

 閃光に焼けてぼやけた視界。

 それがだんだんと復活していく中、確かにそこには、二本の足で立つロンの姿が映った。

「しゃあああぁ! 受けきってやったぜええ! どんな気持ちだ? なあっ‼」

 相変わらずの煽り屋根性で叫ぶロン。

 その腕はブレスの余波で真っ黒に染まっており、十字架は溶けてその殆どが無くなっていた。

 目を覆うほどの重傷だが、それでもロンの表情は愉悦に輝く。

 リシャには傷一つなく、ロンから後方の岩盤も放射状に無傷な部分が残っていた。

「さすが、ロン」

「おうよ」

 ひっしと抱き合う二人。

 まるで勝利したかのような感動シーン。しかし今のは攻撃を相殺しただけであり、黒龍自体はピンピンしている。ロンは一方的にダメージを受けただけだ。

「ガアアァッ⁉」

 向こうに与えたのは、多少の驚き程度である。

「って、何も好転してないじゃん! 次はもう防げないよ⁉ どうするの⁉」

「フリンテ、落ち着いて。今ので、いいこと思いついた」

 現状を理解し慌てるフリンテに、リシャが声をかける。

 ロンから離れ帽子を直すその顔は、いつもの無表情ながらも確かな自信が見て取れる。

 いや、高揚か、興奮か。

 なんにせよ、明確な策があることは疑いようがない。

「法式の構築に、時間かかる。ナキ、フリンテ、時間稼いで」

 そう言ってリシャは目を閉じて、集中する姿勢を取った。

 防御は完全にロンに任せた無防備な体勢だ。

「ったく、ボロボロだってのに無茶させる」

 ロンはそう言いつつも、壊れた十字架を捨てて新しいものを取り出し、痛々しい腕のまま構えて見せる。

 決して気力は削られていない。犬歯を剥き出し口端を歪ませるその顔は、愉快を通り越してもはや邪悪だ。

「も~、私たちの気も知らないで……」

「諦めろフリンテ。あいつらはそういう奴だッて」

 フリンテとナキもふっと微笑むと、黒龍に向き直り体勢を整えた。

 そして、

「さあナキ! 私たちで何とかするよ」

「おゥ!」

「「リシャに任せると碌なことにならない!!」」

完全に意見を一致させ黒龍に突っ込んでいった。

「おいお前らああ! リシャの言うことを聞けええ! 大人しく時間を稼げええ!」

「いやだ! 黒龍よりリシャの奇行の方が怖い!」

「割を食うのは俺らなんだよッ!」

 よほどのトラウマがあるのか、死に物狂いで攻撃する二人。

 何を隠そう。ナキのほかに、アホウドリが事前に作戦を立てられない要因のもうひとつとは、好き勝手に動いて状況をぶち壊すリシャの行動なのだ。

「「うおおおおぉ!」」

 ナキは拳で、フリンテはナイフで黒龍に攻撃。ガキンガキンと小気味いい音が響く。

 先程のブレスで消耗しているのか黒龍の動きは鈍い。

 しかしその防御力は健在で、大したダメージにはつながらない。

「こいッつマジで硬すぎだろォ!」

「ナキに言われたくはないと思うけど、同感!」

「急いでどうにかしねェと、リシャが動くぞッ!」

 黒龍の行動ターンを見計らっていたはずが、いつの間にか味方のウェーブを警戒するナキとフリンテ。

 敵の敵は味方であっても敵。

 しかし二人の発言はフラグとなり、大したダメージもないままついにリシャが目を開ける。

「待たせた」

「「いやだああああぁ!」」


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