3話:外がだめなら内側から

「魔法も試してみる」

「よろしく」

 リシャが右手を前に出すと、その小さな掌の先に人の頭ほどの白い光球が出現。しれっと無詠唱で出したそれを射出し、黒龍の首の付け根に命中させた。

 バシュ!

 当たった瞬間に光球は霧散。ナキの攻撃ほどの衝撃もなく、到底ダメージを与えているようにも見えない。

 しかしこれは攻撃用の魔法ではなく、あくまで検証用だ。

「当たったら青く光るように、法式を組んだ。でも発動してない」

 リシャの言う通り、その光球は最後まで白色に発光していた。

 接触をトリガーにした魔法の発動が機能していなかったということになる。

「予想通りだな」

「んっ。あの鱗、魔法の法式を魔力ごと分解する」

 そこから導き出される説を二人は確認し合った。

 着々と情報を増やしていく後衛二人。

 そう、現勇者パーティはこのを攻略できなかった。しかし、決して鱗舞・・を捌けなかったわけではない。ここまでの余裕はなかったにしても、防御をがちがちに固めれば防ぎ得るものだった。

 真に問題なのはその防御力。故にこの鱗そのものの分析は必須であり、そしてロンとリシャにはその頭がある。

「原理的に絡め手でどうこうできる類じゃないな。狙い目は?」

「鱗を生成するタイミングか、口の中」

「外がだめなら内側から、か。……そんな無限回聞いた攻略法つまんねえよなあ?」

「同意」

 しかしその分析力が正攻法に用いられることはない。

 手堅い道の地盤を固めるより、海を埋め立ててでも邪道を作るのがこの二人だ。

「どうせなら、鱗を貫通して倒したい」

「それはロマンあるなぁ。さすがはリシャ。いいことを言う」

「んっ……」

 ロンがとんがり帽子の上から頭を撫でると、リシャが気持ちよさそうに喉を鳴らす。無表情はそのままであるものの、わずかに目を細めている。

 しかしそのスキンシップはフリンテの叫びによって遮られた。

「イチャイチャしてないで! 次来るよ!」

 黒龍の魔力が鱗に生き渡ったのを感知したのだろう。フリンテからの注意喚起が飛ぶ。

 その言の通り、黒龍が姿勢を下げ先程の鱗舞と同じ体勢を取っていた。

「何か思いついたっ?」

「いや、まだだ。だからって鱗がないとこ狙おうとすんなよ。王道は許さんぞ」

「なんでぇ⁉」

 狙う気満々だったのだろうか。両手にナイフを構えたフリンテが、機先を制されて鳩のようにびくっと驚く。

 確かにフリンテの探知能力と俊敏さなら、鱗を避けながら露出した肉に一撃入れるくらいはできるだろう。

 しかし、ロマンに惹かれたロンは許さない。

「なら概念魔法使ってよ! ロンのならなんとかできるでしょっ⁉」

「そんなクソつまんねえことできるかあああああああ!!」

「にゃああぁ⁉」

 フリンテ、涙目。

 しかし、どんな時も楽しさ・・・を追求するのがアホウドリだ。チート技を使って余裕勝ちすることは皆の本意ではない。

 それはフリンテとて同じだ。

 なんだかんだ言いながらこのドタバタな戦いが好きだし、ありふれた勝利も望んでいない。

「ガアアアア!」

 ガガガガガッ!

 魔力のチャージを終え、また鱗舞が始まった。

 先程より鱗の数が多い。しかし対応は変わらず、避けて、受けて、捻じ曲げる。

 フリンテもナキも徐々に生傷が増え、空間を捻じ曲げるロンにも負担がかかるが、それでも危なげなく四人はこのウェーブも耐えきった。

 床には足の踏み場もないほど鱗が散らばり、修復が追いつかないほどボス部屋はボロボロだ。

「もおおお! ならはやく対策立ててよお!」

「なんなら俺が殴り倒しちまうぞッ!」

「まあ待てバカども。今考えてるから」

「「誰がバカだぁ⁉」」

 喋りながらも、ロンとリシャはいろいろと検証を進める。

 連撃、照射、各種属性。いろいろパターンを変えた魔法を、黒龍本体や落ちている鱗に撃ち込んでみる。

「おっ、体から離れた鱗には魔法が効くな」

「いや、ロンが持ってる鱗に、私の魔法が効かない」

「装備してる間は魔力耐性が付与されるってわけか。考えてみりゃ、確かに空間魔法も強化も破壊されてねえ」

「んっ。でも、魔法が効かないのは変わらない。物理でのゴリ押しは、できそう?」

「この硬さ……ナキだけじゃ無理だろうな。俺も前衛に出れば話は変わるけど、それはできねえし」

 もちろん検証の間、黒龍が黙って試されてくれているわけではない。

 暴れまわり、飛び回り、爪や尾を振り回す。ナキとフリンテが前衛で耐えているがそれも簡単なことではない。

「ハハハ。だんだん威力が上がッてきてやがるぜェ」

「地形壊すのやめてほしいんだけど! 鱗撒くのやめてほしいんだけど!」

 羽ばたきの風圧が転がった鱗をガラガラと散らし、地面の足場としての信頼度はかなり下がっている。一方で黒龍は自在に空を飛び、上昇と降下を繰り返してのヒットアンドアウェイ。状況としてはかなり不利だ。

 しかし二人は、後衛を守り続ける。

 フリンテが黒龍の予測経路を指示し、それを受けたナキが下降の僅かなタイミングを狙ってカウンターを入れる。

 ダメージが通っているかもわからず、その間隙を縫うような戦い方は二人の精神をすり減らしていく。

 だが、歯を食いしばって耐える。

 ロンとリシャなら必ず打開策を見つけてくれると、仲間を信じて。

「リシャ、スカートめくれてる。パンツ見えてるぞ」

「ロンなら、見ていい」

「マジ? 黒龍さーん! もっと風おねがいしまーす!」

「「おいいいいいいぃ!!」」

 そんなもの知らない二人は、いつの間にかイチャイチャしていた。

「なにしてるのぉ!?」

「「パンツ見(せ)てる」」

「おいィ! 俺にも見せろやあァ!」

「俺の特権なんだから駄目だ。お前はフリンテに見せてもらえ」

「……まァ、俺も女児パンツよりはフリンテの方がいィな。頼む」

「「「おいこら」」」

 黒龍が鱗と魔力をリロードするためのインターバル。その貴重なアホウドリターンを無駄に浪費していく四人。

 当然その間に、黒龍の準備も整ってしまうわけで……、

「まずい! また来るよ!」

魔力の伝播を察知したフリンテが、また警告を飛ばした。

 四人は段々とダメージを負いつつあり、このまま行けば確実に黒龍が勝利するだろう。

 しかし状況は常に変化するものだ。

「あれ? 魔力が鱗から離れていく……」

 フリンテが異変に気付いた。

 鱗舞の予備行動で鱗に広げていた魔力が、急に体内に引いていったのだ。

「どういうこと? 魔力が喉に収束して……って、やばい!」

 そう、状況は変化する。大抵は悪い方向に。

 魔力の流れを辿っていく途中、フリンテはその意図に気づき血の気を失った。

 狙いは後衛のロンとリシャ。黒龍の目線でそれを察知したフリンテは、金切り声に近い絶叫をテレパスで飛ばす。

『よけてええええええええええええ!!』


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