2話:【検証】ボスを煽ってみた
「さあお前ら! 配置につけえ!」
「俺どこだッけ?」
「前衛ださっさといけぼけぇ!」
「こわいよおおぉ!」
ロンがナキのケツを蹴り飛ばし、フリンテも泣きながら突っ込んでいく。
自分たちが課した縛りに振り回される四人。
そんな気ままなな客人が珍しいのか、黒龍は唸り声を止め、心なしか呆れ顔をさらしているように見える。
その隙を感じてか勘か、ナキは蹴られた勢いのまま黒龍に突っ込んでいった。
開戦だ。
「強化あああァ!」
ナキの得意技術、
文字通り、体中に魔力を流すことによってパワーや耐久その他身体能力を強化することができる。シンプルだが強力な技術だ。
「うらああァ!」
強化した拳で黒龍の右前脚を殴りとばす。
ガインっ!
おおよそ生身の拳とは思えない金属質の轟音が響き、そしてなんと、黒龍の体幹がぐらりとよろめいた。人間とは比べようのない質量と、四本足の安定感をもった巨龍が……だ。
「ガッ⁉」
その予想外のパワーに黒龍は目を見開き体勢を立て直す。先ほどまでの油断は一瞬で消え、距離を取って様子を伺う。
その一歩一歩に地面を揺らすほどの重圧があるが、ナキが怯えることはない。
「ハッハァ! この程度でビビッてんのかァ? ダンジョンボスだかランチョンマットだか知らねェが、大したことねェなァ!」
「警戒してるぶんお前より賢いぞ~」
「なめられてただけ」
「でかいよおおおぉ!」
まだ黒龍が攻撃していないとはいえマイペースな四人。
しかし黒龍もボスとしての威厳を取り戻し、眼光鋭く翼を広げた。
「グオオオオオオオオ!」
「うにゃああああぁ!」
音自体に質量があるかのごとく重い咆哮。フリンテの叫び声すらかき消すその轟音が、戦闘態勢への移行を示す。
黒龍が姿勢を低くとると、全身を埋め尽くす鱗が淡い紫色に発光。そして次の瞬間、その鱗が矢のごとき超速で撃ち出された。
放ったそばから新しい鱗が生成され、また放たれる、継続的な掃射。
数百数千はくだらないその凶燐は一枚一枚が刃の如き鋭さを持ち、大きさは人の半身ほどもある。
一枚でも受ければ即死級の鱗。それが各々固有の軌道を描き多角的に対象を狙う。
これこそが、並み居る冒険者パーティをことごとく打ち倒してきた黒龍の代名詞
「うわあああぁ!」
事前に知ってはいたものの、実際に見たその弾幕は想像をはるかに超える絶望感を放つ。石炭の雨が振るかのように、部屋全体を埋め尽くしていく。
フリンテは目を真っ白にして叫び、それを全力で回避しまくった。
回避が
とても目で見て判断できる速度ではない。しかし怒涛のように押し寄せる巨大な弾幕を、体捌きだけで避け続けている。
ボス部屋全体に乱立している石柱をパルクールで飛び回りながら、正確に。
その石柱にも燐舞は当たり、砕かれ、飛び散る破片も凶器に変わる。それすらフリンテには当たらない。
ボス部屋の特性上すぐに石柱は修復されるが、その復活タイミングをも正確に読んでパルクールの移動経路に組み込んで飛ぶ。
フリンテのこの自己評価には何の偽りも誇張もない。
目視探知、音響探知、空間探知、魔力探知、あらゆる探知技術を並列で実行し、数秒の未来予知すら可能にする高度な危機管理能力。これがフリンテの真髄だ。
「いやだあああぁ! しぬ! しんじゃうううう!」
本人はこのありさまだが。
「おらおらァ! もッと打ち込んでこいやあァ!」
ナキはというと、強化に任せてそのすべてを受け止めていた。
フリンテとは真逆の対処。
ガインガインと鱗がぶつかるたびにナキの体から火花が飛び、金属音が響く。
これほどの猛攻を受けてノーダメージ……とは流石にいかない。ところどころ肌が切れ、多少の血が流れている。
しかしその傷もはしからふさがり元通りになっていく。これも強化の応用で、肉体の再生力をも強化しているのだ。といっても、常人の強化では耐久とパワーが多少上がる程度で回復などできはしない。鱗舞を防ぐことすら不可能。
小器用なロンやリシャにすら真似できないこの圧倒的なフロント性能は、後衛能力にスペックが偏りがちなアホウドリの生命線である。
ガガガガッ!
漆黒の鱗が壁や床を穿つ音が響く。
鱗舞の攻撃範囲は当然ボス部屋全体を網羅しており、中にいる限りどこに立っても射程圏内。もちろん、ロンやリシャの立つ後方にもその凶刃は届く。
その二人はというと……、
「投手ビビってる」
「へいへいへい」
煽っていた。
二人して手をパンッパン叩きながら、メジャーな運動競技のバッドマナーを演じている。
しかしその二人に鱗は当たっていない。
射程的には十分届いているし、真横をビュンビュン通り過ぎてはいる。しかし当たってはいない。
まるで鱗が二人を避けているかのように。
「このノーコントカゲ~!」
「私一歩も動いてないぞ~」
当然これは二人の仕業である。いや、ロンの仕業である。
空間魔法。極めて高難度なその魔法で周囲の空間を捻じ曲げ、鱗の軌道を変えているのだ。爆風を伴うような範囲攻撃や非物理系攻撃には効果が薄いが、投射物にはめっぽう強い。
ちなみに、リシャはただ煽っているだけである。
「グオオオオオオ……」
十数秒ほど鱗舞は続き、ようやく鱗の雨が止まった。
ボス部屋には無数の黒鱗が散らばり、修復されつつあるものの岩盤の床は穴だらけ。
しかしそこには、多少の切り傷を負っただけのフリンテとナキ、そしてノーダメージのロンとリシャがいた。
「ハッハッハ! 流石ボスッてとこかァ⁉ こんな技を隠し持ッていたとはなァ!」
「事前に説明したぞ」
「ナキに言っても、無駄」
「無理無理もう無理これ以上は運が尽きるうううぅ」
並のパーティならば今ので一掃されているだろう。セラの現勇者パーティもこの
しかしアホウドリの四人は違い、まだまだ余裕がある。
「ガアアアア!」
すっかり鱗が生えそろった黒龍が怒りの咆哮をあげた。
これほどコケにされたことはかつてなかったのだろう。その目は血走り、牙を剥き出し、吐息までも黒く染まる。
だが……、
「待て待て、次はこッちの番だろうがァ!」
黒龍が再び動く前にナキが殴り掛かった。
強化したパワーで跳び、その首元に蹴りを放つ。
ガンッ!
しかし、さすがに先程のようにはいかない。きちんと受けをとった黒龍の体が揺らぐことはなく、大したダメージは通らない。
「ちッ」
着地した後もさらに数発ほど打ち込むが、結果は変わらず。固い鱗が火花を飛ばすだけだ。
「あの鱗。すごく固い」
「防御にも使えるってか」
その様子を、後衛に下がっているリシャとロンが観察する。ナキとフリンテはバカだがこの二人の解析能力は高い。ナキがガンガン打ち込んでいる姿を眺めながら、分析を始める。
「魔法も試してみる」
「よろしく」
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