萌の入学式と引っ越しとご馳走

七菜華の引っ越しから一年、

あの日に萌の物も粗方運んだとはいえ

高校に通うには

足りない日用品が多々あった。


ベッドなんかの家具は七菜華の時もそうだったが

家から持ち出さず新しく買った。


その日の夜、透の予定が空いていたから

萌の入学と引っ越しのお祝いに誘った。


『家族水入らずの所に俺が

お邪魔していいのか?』


年下の恋人は変な所で遠慮がちだ。


『二人とも喜ぶから大丈夫だ』


特に七菜華は共感覚を持っているから

人の善悪に敏感過ぎる程敏感だし

萌は何事にも慎重で

優しいがゆえに傷付きやすい。


そんな二人が父親の恋人だからと

無条件信頼してくれたのは透が二人に

きちんと向き合った証拠だし

なんなら、{今日、水澄さんは?}

とわざと聞かれることもあったりして

すっかり透を好きになっていることに

私はクスッと笑ってしまったのを覚えている。


「水澄さん、いらっしゃいませ。


洗面所で手洗い・うがいして来てくださいね。


パパ、案内してあげてね」


玄関を合鍵で開けると七菜華は笑顔で透を出迎えた。


『わかっているよ』


透と二人で洗面所で手洗い・うがいを

済ませてリビングに行くとご馳走が並んでいた。


『これ、全部七菜華ちゃんが作ったの?』


私もそう思った。


「はい、今日は萌の入学式と引っ越しでしたから

つい、張り切ってしまって//////」

本当に優しい姉だな。

「僕、お姉ちゃんのご飯が一番好きだよ。


何時も作ってくれてありがとう」


「ご飯作ってお礼とか感想とか

言ってくれるのは萌だけだから嬉しいな。


どういたしまして」


こうして、二人の会話を聞いていると

私がどれだけ家庭を省みて来なかったか痛感させられる……


七菜華が萌の頭を撫でるのを


横目で見ながら私は自己嫌悪に陥っていた。


駄目な父親だな。


『七菜華ちゃん・萌くん、

雅昭さんが落ちこんでる』


透!? 何でそれを今言う!?

「お父さん、どうしたの? 大丈夫? 」


いつの間にか横に来ていた萌が屈んで

下から覗き込むようにして訊いて来た。


『自己嫌悪に陥っているみたいだ』


口を開かない私の代わりに透が応えている。


間違っていないが子供達には知られたくなかったな……


「もしかして、さっきの気にしてる?

鶸茶 《ひわちゃ》

みたいな暗い色なのはそのせい?」


たしか、灰みの黄色だったか。


そんな暗い色をしていたのか(苦笑)


七菜華が⦅共感覚⦆だと知った時に調べて

ネットのだが配色辞典をブックマークしてある。


「パパは気にしなくていいんだよ。


お母さんも全く料理してなかったわけじゃないし

作れば食べるけどそれがなんていうか、‘当たり前’に

なりつつあったから美味しいとかありがとうって

萌が言ってくれるのが嬉しかったんだよ。


それに、ここ一年はパパや水澄さんも

言ってくれるから嬉しいんだよ。


過去は過去、今は今。


せっかくのお祝いなんだから

いつまでも落ち込んでないで食べよう」


そういえば、透の前でも呼び方が

いつの間にか戻ってるな(笑)


『それもそうだな。


萌、高校入学おめでとう、頑張るんだぞ』


「うん、ありがとう。 頑張るよ」


萌の高校三年間がいいものであるように。


「パパの色が若葉色に戻ったね」


わかるんだな。


『さっき、パパの心配をしている時は

煤色すすいろみたいな暗い色でしたけど若葉色に

戻ったみたいでよかったです』


やや灰色い橙系の色。


頭の中でその色を思い出して苦笑した。


『心配かけて悪かったね』


ほんの数分とはいえ透に心配をかけてしまった。


『雅昭さんはいい父親だから大丈夫だよ。


二人を見てればそれがよくわかる』

誰かに言われたのは初めてだな。


『透、ありがとうな』


食後、三人で萌に入学祝いを渡した。

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