物件探しと引っ越し

透とそんな話をしたのが火曜日、そして、

今日は金曜日だ。


久しぶりの全員揃っての朝食。


「ねぇパパ、お願いがあるんだけど」


小さい頃から自分のことは後回し気味の

七菜華から“お願い”?


『珍しいな、なんだい?』


「一人暮らしがしたいの!!


それで、家賃や光熱費は自分で払うから契約の時の……」


透の予想が当たったな。


『七菜華も来月から大学生だもんな、

わかった、来週末物件を見に行こう。


それから、費用は私が出してあげるから

バイト代は自分のことに使いなさい』

「本当に!? ありがとう」

こんなに笑った七菜華は久しぶりに見たな。


『そうだ、物件見に行く時、私の知人も

一緒でもいいかい?

“彼”も引っ越しを考えているらしくてな』


「いいよ、どんな人?」


私が言った“彼”が透だと気付いた七菜華は

小さく口角を上げた。


『新聞記者でな、前々から

相談されてたんだが私も“彼”も

仕事の都合上、休みが会わなくて

休みが取れるのが来週末って言ってたから

ついでに“彼”の物件探しも

一緒にしようかと思ってな』


「❲ついでに❳ってパパ酷い(笑)」


私達の会話に三人は入って来ない。


『“彼”は気にしないよ(笑)』


最初に食べ終わったらしい麻也は小さな声で

ごちそうさまと言って食器を持って立ち上がった。


今日の麻也の色は何色なんだろうか?


『〚七菜華、今日はどうだ?〛』


それだけで通じる。


「〚お母さんも麻也も私に対して毎日変わらないよ……


“色”で表すなら“消炭色”ってところかな。


萌だけは“若葉色”で普通だよ〛」


妻と長男は七菜華に対して何故か

嫌悪を抱いていて次男だけは

我関せずという感じだ。


『〚そうか、今日は一緒に出るか?〛』


なんとなく、提案してみた。


「〚そうする……〛」


この時、私は初めて妻と長男が

七菜華に嫌悪感を抱いているのか

知ることになった。


麻也同様、食べ終わった食器をキッチンに

持って行きそれぞれの席の横に置いておいた

鞄を持っていってきますと言って玄関に向かった。


駅までの道を歩きながら家を出たい理由を

いてみた。


「大学生になったら一人暮らしをして

みたかったのとパパもわかってると思うけど

麻也とお母さんは私をよく思ってないんだ。


理由はね可笑しな話なんだけど小さい頃から

私の聞き分けが良すぎるのが

気味悪かったらしいよ。


それで、そんな風に私を気味悪がる

お母さんを見て麻也も私を避けるようになったってわけ(苦笑)


萌は色んな意味でマイペースだから

どっちの味方もしない中立を保っててお母さんは

萌にも私程じゃないけどちょっと難色を示してるんだよ」


まさか、そんな理由だったとは……

そもそも、子供の聞き分けがいいのは

有難いことだろう?


確かに思い返してみれば七菜華は我が儘を

言わない子供だった。


三歳の時に麻也が生まれたこともあり、

私達両親を子供ながらに困らせてはいけないと

思ったんだと容易に想像がつく。


『七菜華、ごめんな』


気付いてあげられなかって自分が不甲斐ない。


「え、パパは何も悪くないよ!?


これは私とママ、それから麻也との問題だし

パパには幸せになってほしいんだよ。


さっき言ってた“彼”って

水澄みすみさんのことでしょう?(笑)」


つまり自分に賛同してるのが麻也だけだから

萌にも七菜華にもあんな無関心な態度なのか……


『そうだよ』


いくら夫婦仲が冷めてるとはいえ私の浮気の噂が

流れればご近所にも外聞が悪いから“彼”と

言ったことで稔子も内心安心しただろう。


「それから、水澄みすみさんが新しい家を

探してるっていうのも嘘なんでしょう?

私のためにありがとう、パパ」


『そうだね、透が新しい家を探しをしてる

っていうのは嘘だけど二人を

会わせたいのは本当なんだよ』


私の恋を応援してくれる七菜華には透に

会ってどんな人なのか知ってほしいし、

透にも七菜華を知ってほしい。


「私もパパの恋人には会ってみたいな♪」


そんな話をしていたら後ろから声を掛けられて

振り返ると萌が居た。


「お父さん・お姉ちゃん、ごめん、

聞くつもりはなかったんだけど……」


萌なら大丈夫か。


『大丈夫だ、その話は帰って来たら話そう。


三人で何処かご飯食べに行こうと思うから

何が食べたか考えておいてくれるか?』


稔子と麻也には適当に食べてもらおう。


「本当!? やったぁ!!


お姉ちゃんが作ってくれるご飯は美味しいけど

家の中だとなんだか息が詰まるから……


表立って庇ってあげられなくて、ごめん」


萌がここまで喜ぶとは予想外だったな……


そういうことか!!


「謝ることはないんだよ?


確かに家の中は息が詰まるけどね

萌とパパが居てくれるから私は頑張れてたんだよ。


本音を言うと萌と“二人”で暮らしたいくらいだよ」


七菜華も本当は気掛かりなのかもしれない。


自分が家を出ることで萌を“一人ぼっち”にしてしまうことを。


「来年、萌が高校生になったら

七菜華の所に引っ越すというのはどうな?」


私は萌に提案してみた。


「萌は私と暮らすの嫌?」


七菜華、わざとシュンとしたな。


「え!? そんなことないよ!?


僕もお姉ちゃんと暮らしたい……」


萌は萌で本気で慌てている(笑)


私の子供達は可愛いな。


「来週の日曜日は萌も来るか?」


「父さんの恋人さん、吃驚しない?」


透は気にしないだろう。


「大丈夫だよ」


やたら長く感じた一週間。


家の中は相変わらずだ。


そして今日は物件探しの日だ。


昨日、透に下の息子も一緒だと伝えたら

最初は驚いていたものの構わないと言ってくれた。


昼食は四人で食べる約束をしていた。


三人で家を出る際に二人に行ってきます

と言ったが返事はない。


これも毎日のことだ。


昼前、私達は待ち合わせ場所の駅に向かた。


『雅昭さん』


待ち合わせの十五分前なのに

先に着いていたらしい。


『早いな、後ろにいる二人が娘の七菜華と息子の萌だ』


一歩下がっていた二人を呼んだ。


「初めまして、父がお世話になっています。


娘の七菜華と言います。宜しくお願いします」


七菜華は綺麗なお辞儀をして透に挨拶した。


透と初対面だからか外だからか

呼び方が変わっている(笑)


「初めまして、息子の萌です。


宜しくお願いします」


萌は少し緊張してるな。


『君達のお父さんの恋人の

水澄透みすみとおるです。 宜しくね』


自己紹介も終わったところで

何を食べに行くかという話になった。


紅一点の七菜華の希望でランチもやっているカフェになった。


たまにはそういう所もいいかもしれない。


まとめて私が支払い不動産屋に向かった。


女の子の一人暮らしだからセキュリティがしっかりした所がいい。


何件か不動産屋を回り条件が合いそうな所を探し

三件目の不動産屋で条件に合った部屋が

見つかってよかった。


引っ越しは一週間後に決まった。


夕食は定食屋で済ませ透とは駅で別れた。


...*...*...*...*...*...*...*...*...*


今日は七菜華の引っ越しの日だ。


透は仕事で来れなかったが萌は来た。


休日に息の詰まる自宅には居たくないだろうし

姉の役に立ちたいという気持ちもあるんだろう。


つくづく優し子だ。


『萌が高校入学したら私も

透と住もうと思っているんだが』


自宅からマンションに着き引っ越し業者も帰って

荷解きを手伝いながら二人に言ってみた。


「いいんじゃない? 僕とお姉ちゃんがあの家を出たら

父さんも居る理由がないんだし

あんないい恋人がいるんだから

息の詰まるあんな家にわざわざ帰らなくていいと思うよ。


二人も子供じゃないんだからご飯だってどうにかできるだろうし……


あ、でもこれで兄ちゃんまで

帰らなくなったらちょっと可笑しいかも(笑)」


菜々華のことは꒰お姉ちゃん꒱とわりと丁寧な呼び方なのに

麻也は꒰兄ちゃん꒱と若干、刺のある呼び方なんだな……


それも今、初めて知った。


「麻也はどうだろうね?


その時はその時じゃない?」


なるようになるか。


『それもそうだな』


粗方片付いた時には夜になっていた。


『今日は出前にするか』


今からあの家に帰るのも萌一人を帰すのも

気が引けたから早速、ここに泊まることにした。


「お姉ちゃん、何食べたい?」


「萌とパパは? いつも私に合わせてくれるから

二人の食べたいもので大丈夫だよ」


そう言ってくれたから今日はピザにした。


夕飯後、それぞれ風呂に入り菜々華は新しい

自分の部屋で私と萌は来年に萌が使う部屋に

布団を敷いて寝た。


翌朝、部屋から出ると七菜華が朝食を作っていた。


「パパ・萌、おはよう」


家でもきっとこうして朝早くから

朝食を作っていたんだろう。


『おはよう、七菜華・萌』


「お姉ちゃん・お父さん、おはよう」


いただきますと手を合わせて食べ始めた。


二十分後、朝早くだからか誰にも会わなかった。


戸締まりの確認をしてエレベーターに乗った。


因みに部屋は五階だ。


駅まで皆で歩き、一番最初に萌、次に私、

そして七菜華が一番最後に降りる。


可愛い子供達のためにも

一生懸命働かないとな。


そう思いながら会社まで歩いた。

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