第7話

「ねえ! ねえ! 見て!」

 タローがしっぽをふりふり、得意気に引きずってきたのは、飼い主が明日捨てようと玄関に置いておいたゴミ袋だった。横っ腹に開けられた穴から中身が引きずり出され、フローリングに生ごみの汁が散っている。一部、乾いているところがあるのは、何時間か前にもいたずらしていたからだ。


「おれだって負けていないぜ」

 ジローはシンクにサッとのぼり、立てたままのペットボトルに頬を当て、床に落とした。バシャン、と音がなる。蓋が外れて、漏れた水が床にじわりと広がる。


 飼い主は二頭を放したままではいけないと、非常に遅れたが、正しい判断を下した。


「何もしないで待ってて。お願い」

 飼い主は蒼白の顔色でそう言い残すと、鍵もかけずに、部屋を飛び出して行った。

「またお出かけだね。ゴミ袋、ひっぱりあって力比べ遊びしたかったなあ。ジローは弱いんだもの」

 タローが少し寂しそうに言う。

「ベッドで休もう。ぼく、うんちしたいことだし」

「ぼくが寝るところではしないでね。隅の方でしてよ」

 タローとジローがベッドの上で、何回目かの糞尿をする頃、飼い主は息を切らして帰ってきた。ゲージを二セット、買ってきたのである。そして格闘の末、組み立てが完成した。

 それぞれに入った二頭は、少しがっかりした。部屋中に自由でいられたことが、なんと楽しかったことか。


 タローも、ジローも、この飼い主と家族になる前から、ゲージをもちろん見知っている。

「なつかしいなあ」

「おれが生まれた家も、こんな柵だった」

「ほんと。ぼくのところもこんな風だったよ」

 やがて二頭は、隣り合ったゲージ越しに前足を差し入れたり、鼻を擦り付けたり、行き来したさに柵を噛む。それで、飼い主がゲージの間を開けてしまった。

「そんな」

「遠くなってしまった」

 二頭とも、これには本当にがっかりした。


 それからというもの、飼い主は二頭をゲージに入れたきりのまま、エサを与え続ける。

 床が糞尿で汚れるからと一度はペットシーツを敷いてやったが、退屈で仕方のない若い二頭は、それさえボロボロにして遊んでしまう。他の家でも飼われているような動物たちと同様に、体力あり余る二頭である。

 飼い主はすっかり、始末に困ってしまった。この人というのは、エサをやれば糞をすることは分かっても、動物をまるごと一頭、いのちごと面倒を見るそのやり方までは、とても考えたことがない、今さら飼育の本を読む根性もないような人だった。


 日に日に、タローはキャンキャンと、ジローはミャアミャアと、甘えた声で騒ぎ立てるようになっていた。

「あそぼう」

「あそぼう」

「あそぼう」

「あそぼう」

「あそぼう!」

「あそぼう!」

 二頭は、他にやることがないのだ。横倒しになるとしっぽがはみ出すようなゲージの中では、走ることはおろか、歩くことも、跳ねることも、もちろん遊ぶことも、何もままならない。

 食事を入れる食器を噛んでみても、カツンカツンと陶器が音を立てるばかりで、形が変わることもない。面白くない。


 一日の娯楽といえば、帰ってきた飼い主の姿である。足音を待ち構えて、玄関に向かって、とにかくたくさん呼びかける。

「足が動いてるよ。すごいよ。じゃれたい!」

「カバンから変なにおいがするね! 調べたい!」

「お洋服、脱ぎたてだよ!」

「まだあったかいだろうね! ふわふわだ!」

 二本の足を前後させて歩き、カバンを手にとり、服を着替える姿が、二頭にはたまらなく不思議で、興奮をかきたてる刺激である。

 一生懸命、声帯の限りを尽くした理由はまだある。ゲージの中にいる自分たちのことを、飼い主が忘れてしまわないようにと願ったのだ。

「ここにいます!」

「忘れないで!」

「そばにきて!」

「あそぼう!」

 飼い主は、困った顔をする。静かにしてと言う。しまいには、目線もくれない。

二頭にとっては、三人で一つの家族である。一緒に住むものを慈しむこころが、動物のほうにはあふれていた。

「疲れてるみたいだね。この柵が開いたら、おれ、そばに行ってあげるのに」

 ジローが言った。年若らしくいたずらも好きだが、運動があまり得意でないきょうだいを気にかけて一緒に遊ぶような面倒見の良い部分も、この猫にはある。

「遊んだら、きっと元気になるよ」

 タローが言った。楽観的で疑うことを知らないタローは、とにかく楽しいことを見つけ出すのがうまい、天国のような気質の犬だ。

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