第25話 実験

  ◆


 あいつは自分で、3階と言った。階段を見つけて、駆け上がる。部屋が多い。どれだ?


「さあ、行くぞ!」


 そのとき、白衣の男の声が聞こえた。その部屋へ一直線に向かう。


 瞬間、光が見えた。いや、漏れてきた。何かが、部屋の中で光ったのだ。


 そこに入ると、光の板に挟まれたツァーネルさんと、さっきの白衣の男がいた。


「ツァーネル!」


 リリィが駆け寄る。奥にいる白衣の男はそれを止めようともしないが、俺が警戒するしかない。


「ツァーネル、大丈夫?」


 ツァーネルさんを揺り動かしているリリィを見ても、白衣の男は何もしようとしなかった。むしろ、観察しているように見える。やがて、ツァーネルの目がリリィを捉えた。


「はて、お嬢さん。あなたはどちら様でしょうか?」


「え」


 自分の耳を疑った。ツァーネルさんは、一体何を言っているのだろう。


「何を言っているの? 私よ? リリィよ」


「おっしゃる通り、私の名はツァーネルですが、おそらく、初めましてだと思います」


 あいつが何かしたんだ! 俺の耳がおかしい訳じゃなかった。何をした。


「おい、お前! 一体何をした!」


「ハハハハ! 成功だ! 何だ、知りたいか? これはな、人間を天上人に変える装置なのだよ」


「何だって?」


「素晴らしいだろう? 人間どもは我らの仲間入りができるのだ! しかも、今までの記憶も消せるから、にっくき吸血鬼どもを殲滅するための兵士にも、自らを疑うこと無くなれるという訳だ!」


 思わず、リリィとツァーネルさんを見る。リリィの顔は見えない。だが、動きが止まっている。声も聞こえない。俺も、上手く言葉が出てこない。天上人にした? 今までの記憶を消した? 二人にとって、何てことをしてくれたんだと、怒りが少しずつ沸いてくる。


「全く、我ながら素晴らしい発明をした! この建物の奥に作った巨大装置も、これで晴れて使えるという訳だ! さぁ、ツァーネルよ! どうせこいつらは吸血鬼なのだろう! 殺してしま--」


 もういい、黙れ。そう思うのと、首を掴むのを同時にやった。


濁雷だくらい


 白衣の男の体中に電気を流す。永続的に痺れさせようとしたが、流石に光を纏ってガードを固めてきた。それならば、一度吹っ飛ばすのみ。男を奥の壁に、そのまま叩きつけて破壊しながら、男の首と自分の手のひらの間に、黒い球体を生成。


黒爆こくばく


 そして、闇が爆ぜる。壁が破られ、男は中庭に吹っ飛んだ。俺も中庭に降り立つ。

 騒ぎを聞きつけて、他の天上人も降りてきた。邪魔だな。


「あ、あの男を殺せ!」


「はい! フロス様!」


 白衣の男、フロスが周りの天上人に命令を下した。中庭を覆えるほどの闇を、地面に垂れ流す。


暗蓋海あんがいかい!」


 闇で足場を覆う。さらに、闇からは手が伸び、複数人の天上人の足をとり、うまく移動できなくする。


黒爆こくばく!」

 

 それを、片っ端から吹っ飛ばしたり、殴り飛ばしたりしていく。流石に抵抗はされるが、場を作っているこっちが有利だ。このまま押しきる!

 そうしていると、フロスを吹っ飛ばした反対側から轟音が聞こえてきた。見ると、姉さんが突っ込んで来た。


「なんだ、もう暴れていいのか?」


「ああ! 思いきり行く!」


「いいだろう!」


 姉さんも、どんどん天上人を殴っていく。その威力は、俺の能力以上だ。どんな膂力してるんだ。


 まあいい。フロス以外の奴を、とにかく吹っ飛ばして、フロスまで辿り着く!


暗鬼あんき


 そう思っていると、何か、重いものが後ろに落ちてきた。振り返ると、人間の身長の3倍はあろうかという鬼が、そこに立っている。今まで見た暗鬼の中で、一番でかい。リリィの怒り、悲しみの質が推し量れる。


 数はあちらが上だが、それだけで負ける理由にはならなかった。総勢なんて数えてないが、やがて天上人全員の体力が尽きるか、気を失うかして、残りはフロスだけになる。


「こ、光撃こうげき!」


 今更やる気か。掌から光の光線が発射された。それを難なく避けると、暗鬼がフロスの目の前に降り立ち、思いきりぶん殴った。


「が--」


 当然の報いだ。だが、リリィにこんな奴を殺させることもない。


「リリィ!」


「--何」


「最後、俺に任せてくれないか?」


「嫌」


「だが--」


「嫌!」


 当然と言えば当然だが、強く拒否された。無理もない、とは思う。俺だって、アネットに同じことをされていたら、今までを踏みにじられたら、フロスを殺していたかもしれない。

 

「邪魔しないで、お兄。じゃないと--」


「リリィさん。こっちを、見てもらえませんか?」


「? アネット?」


 さっきのことがあったからか、アネットの言葉を素直に聞いて、そちらを振り返ってくれた。俺も下からだが見ていると、なんと、ツァーネルさんがリリィの目の前に屈んだ。そして、持っていたハンカチで、リリィの涙を拭ったのだ。


「え」


 天上人になったはずなのに。殺せと命令までされたのに。そこにいるのは、今までのツァーネルさんの姿と、まるで変わらないように思えた。


「どうして?」


 同じ疑問を、リリィも抱いたのかもしれない。そう聞かれたツァーネルさんは、なんともない風で言う。


「あなたが、泣いておられたので。どうか、泣き止んでほしいと思っております。私の方に、不手際がありましたら、謝らせて頂きます。申し訳ございません」


 本当に。いつもと変わらない風に、そう言った。


「リリィさん。天上人にされては、しまいましたが、ツァーネルさんは、ツァーネルさんです。そして、きっと、あなたが自分のために誰かを殺すところなんて、見たくないと思います」


 アネットの声が聞こえる。きっと、俺に対しても、誰かを殺して欲しくないと思っていそうな。そんな感じの言葉だった。だから俺も、肝に命じておこうと思う。アネットの悲しむことはしないと。


「……それ、ちょっとずるい」


 分かるよ。こっちの気持ちはちょっと無視しているもんな、リリィ。


「で、どうする気なの。お兄」


 良かった。こっちの話を、聞いてくれる気にはなってくれたみたいだ。


「簡単なことだよ。二度と、こんな悪巧みができないようにだけ、してやればいい」


「どうやって?」


「こうやって」


 フロスの元に歩いて行く。フロスは、すっかり気絶していた。よほど暗鬼の殴りが効いたらしい。難なく、頭を掴むことができた。


虚無きょむ


 技を使う。また、しばらく時間がかかってしまうだろうから、それだけは断っておこう。


「姉さん。しばらく、もし誰かが来るようなら、相手してもらっていい?」


「構わんぞ。どれくらいかかる?」


「1時間で済ませるよ」


「分かった」

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