第21話 新たな依頼

  ◆


暗鬼あんき


 リリィが、闇で鬼を作り出す。これが、リリィの闇の使い方だった。闇で生物を作り、戦わせる。スパーリングの相手には、持ってこいだった。


 鬼が金棒を振るう。それを避けて、思いきり殴りに行く。拳の出力は段々と上がって来ているので、鬼を吹っ飛ばすことはできていた。だが、相手は闇。威力や能力を削る闇だ。吹っ飛ぶと言っても、壁に激突させられるほどの威力は出ない。難なく着地して、また金棒を振り回してくる。


濁雷だくらい!」


 闇の出力も、スパーリングのお陰で徐々にだが上がって来ている。姉さんの例えを使うなら、蛇口の口が広がってきているといったところか。リリィからも、威力の上昇は見て取れると言われたので、このまま訓練をし続けて、どんどん出力を上げて行けたらと思う。


 濁雷が暗鬼に当たると、暗鬼は怯んでくれたが、同じ闇同士なだけあって効きが悪い。一方で、相手は闇の塊なので、攻撃に当たらないようにしないと、こっちの体力が尽きてしまう。正直、闇の使い方として、相手をしていて非常に面倒な使われ方だと思う。


「お兄、真似しちゃダメだからね」


「……分かってるよ」


 ただ、スパーリングであったとしても、真似をされるのは嫌らしい。なので、俺は俺で、使い方を編み出しながら訓練をしないといけない。


暗狩くらがり!」


 この前の、オラムとの戦いで思いついた技を披露する。空中から闇の刃を出現させ、相手を切り裂く技だ。


 だが、金棒で受けられてしまった。慣れない使い方をしたせいか、あまり威力が出ていないようだ。


 普通に、三日月状の刃を放つパターンと、空中で急に三日月を少しずつ出現させ、その先端で突き刺しつつ切り裂くという二パターンの使い道があるが、どちらも慣らしていかないといけない。


 そこからは、しばらくヒットアンドアウェイをしながら、出力を上げるための訓練をした。そうしていると、階段を降りてくる音が聞こえてくる。地下室に誰か来たようだ。


「ベル様、依頼人が来られました」


「分かった。すぐ行くと伝えてくれ」


 訓練を切り上げ、部屋に上がる。そこには、短めの金髪に赤で統一した服を着た男性が待っていた。俺の方を一瞥してきて言う。


「私はアークスタ・ジガレイと言う。お前がベルナディール・ラングハルクか?」


「そうです。ご用件はなんでしょう?」


「率直に言う。探して欲しい天上人がいる」


 ジガレイさんは、立ったまま話を続ける。


「名前はジセル・ダーズという。浮島Bより脱走し、ロンバルドンにて行方を眩ました」


「浮島Bとは?」


 それを聞くと、鼻をフンと鳴らした。


「貴様ら人間に分かりやすいように、住所として浮島の前方にアルファベットを掘ってやっているのだよ。今、このロンバルドンの北に浮かんでいる島だ」


「……なるほど」


 完全に見下したような態度をとっている。そのことはムカつくが、情報が手に入るチャンスだと思い、我慢をして話を続ける。


「ちなみに、何でダーズさんは脱走したのですか?」


「余計なことを気にする権利は貴様らにはない。ただ、探せばよい。報酬はこれだけ出せば良かろう」


 そう言って、硬貨の入った袋を投げつけてきた。中身を確認すると、相場の倍どころの話ではないほどの額が入っているのが、一目で分かった。


「貴様ら庶民にとっては大金だろう? ま、私にとってははした金だがね」


 さりげなく自慢を入り交じらせ、嫌みを隠さずにいる。


「ともかく、頼んだぞ? 私立探偵クン」


 それを最後に、ジガレイさんは去って行った。一応、ツァーネルさんが後を追って見送りを率先してやってくれた。


「ムカつくんですけど」


 馬車でジガレイさんが去ったのをいいことに、リリィがキッパリと言った。


「しょうがないよ。でも、多分いずれ態度を直さざるを得なくなるんじゃないかな、ああいう人は」


 個人的に、あの傲慢な態度のまま、天上人が人間社会で過ごし続けられるかどうかが疑問だ。いずれ、痛い目を見ることになるだろうと思う。


「さて、それより、何も情報をくれなかったな。逆に言えば、後ろめたい何かがありそうだ。俺たちだけで、ダーズさんに先に接触できるといいんだけど」


「どうされますか?」


 戻ってきたツァーネルが、提案を促してくれた。


「何でも調べるしかないですね。最近の新聞記事から、何から何まで」


 それを聞いて、アネットが紙とペンを取り出す。


「広告は出されますか?」


「情報提供してくれる人がいるかもしれないから、そうだね。広告は出そう」


 広告はアネットに任せて、とりあえず新聞だ。今までとってある新聞をざっと読んでいく。ツァーネルさんが、纏めておいてくれているので、流し見するのにさほど時間はかからなかった。


「ロンバック街に浮浪者多数、コンサート会場が買収される、質屋に泥棒が入り鋭意捜査中……どれもこれもなんとも言えないなぁ」


 どれも怪しいと言えば怪しいし、無関係そうと言えば無関係そうだった。


 その俺の様子を見てか、リリィが提案をしてくれる。


「また、浮浪者になって調べに行く?」


「そうするか。メイク頼むよ」


 以前にオラムの件で変装したときのように、浮浪者になりきって、浮浪者から情報を得に行く。酒場などでもいいが、新聞で話題にも上がっていたから、そこから調べることにした。


 ロンバック街には酒を一本買っていき、一杯どうだ、という体でそこにたむろしている浮浪者に話しかける。


「どうだい、最近は?」


「あんまり良くないねぇ。人も増えた」


「増えた?」


「ああ。どうも、一斉解雇だとよ。世の中、厳しいねぇ」


 一杯やりながら、それでも世の中を憂うような目で感想を述べていた。


「へぇ、ずいぶんな奴もいたもんだ。誰なんだい、その解雇をやったのは」


 一応、キャラを変えて問いかける。すると、饒舌にことを教えてくれる。


「コンサート会場を買収した奴だよ。確か、マーク・ハリソンとか言ったかな。そいつが買収してからは、人員はこっちで用意するからお前らはいらんだとさ。俺としては、一度だって関わりたくないタイプの人種だね」


「そりゃそうだ。俺だってごめんだね」


 それからも少し話したが、あまり有益そうな情報はなかったので、一旦切り上げて帰ることにした。すると、アネットが出迎えてくれた。


「ベル様、どうでした?」


「コンサート会場で大量解雇があったって情報が知れたくらいかな。ツァーネルさんとリリィは?」


「広告に反応があったみたいで、聞きに行っています。--あ、帰って来られたんじゃないですか?」


 ちょうど馬車の音がした。アネットは窓を見やって「あ、やっぱり」と溢す。


 メイクを簡単にとって、2人を待つことにした。


「あ、お兄。お帰り」


「お帰り。どうだった?」


 ツァーネルが帽子を取りながら、俺の方を向く。


「探しているダーズさんの、昔のことを知っていた天上人の人がいました。その人に聞いたところ、頭は良いが行動が極端なことがある人物だと言っておりました。だから、隠れようとするなら割と行動が目立つのではないかとも」


 コンサートの買収。従業員の一斉解雇。目立つ行動としては十分だな。

 

「……もう分かったかもしれないな」


「え! 本当ですか?」


「コンサート会場に行こう。できれば、終わり際がいい」


 言い終えてから、とりあえずメイクを完全にとって、準備をすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る