第20話 犯人
しばらく、アネットと2人で話していたら、ツァーネルが帰ってきた。それも、お兄を連れて。
「犯人が分かった。今夜、ブングラトさんと協力して話をする」
「誰なの?」
「オラムっていう、天上人仲間だ。リリィ、済まないけど、最悪戦いになるかもしれない。その時は、手伝って欲しい。闇のエネルギーは使っちゃダメだよ」
「そんなの、もちろん分かっているわ。それより、オラムってメイクのときに話してくれてた、浮島に戻らないかって勧誘していた人? どうしてその人が犯人なの?」
「そのことなら、今夜、本人の前で種明かしする予定だよ」
メイクを取りながら、お兄はそう言った。もう、教えてくれてもいいのに。
夜まではゆっくり待った。そして、ブングラトさんの家まで行った。
オラムについては、今夜呼び出しを行っているらしい。ということは、戦うことになるかもしれないことまで、ブングラトさんは了承しているはずだ。
一応、周囲を確認しておく。植物が育てられており、歩道沿いには鉄柵が設置されていた。それだけ確認して、ブングラトさんの家に入り、居間へと入った。
もう既に、オラムがそこにいた。
「おや、君たちは?」
「初めまして、オラムさん。私立探偵のベルナディール・ラングハルクと申します」
「私立探偵? マティ、何か困ったことでもあったのかい?」
オラムは訝しそうに眉根を寄せる。ブングラトさんは呼吸を整えてから言った。
「実は、最近、尾行されているの」
「何だって? もしかして、その犯人が分かったのかい?」
「とぼけないで! ベルナディールさんから、尾行していたのはあなただって聞いたわ!」
恐怖を押し殺しながら、叱責しているのが伝わってきた。オラムはきょとんとした様子でお兄の方を見る。
「おいおい、私立探偵っていうのは、罪なき一般人を疑うのかい?」
「根拠無く疑いませんよ。順を追いましょう。まず、あなたはブングラトさんに、浮島に戻ってきて欲しかった。けれど、ブングラトさんはここでの生活を諦める気がなかった。そこで、あなたは一計を案じた。すなわち、尾行をね」
「なぜ、尾行に繋がる?」
「この街に住みたくない、という気持ちを抱かせるために、あなたは露骨に尾行をした。そうして、浮島に連れ戻そうとしたんでしょう? 時々は浮浪者に見張りを依頼してまで、ずっと彼女にロンバルドンを離れたくなるほどの恐怖心を植え付けようとした。これに関しては、1日中尾行犯が彼女を見張っていた可能性があった上で、あまり熱心ではない見張りがいたときに、浮浪者を雇って使っているのではないかと気付きましたよ。証言もとりました。あなたが尾行犯ですね?」
そのために、浮浪者のメイクを頼んできたのか。仲間として溶け込んで、浮浪者から話を聞くために。ようやく、お兄の考えが分かった。
話を最後まで聞いて、オラムは次第に首を斜めに上げていった。まるでイラつきながら見下そうとしているようだった。ただし、反論がない。当たりなのだろう。
「……私立探偵風情が。邪魔をしやがって。もう殺すしかなくなったじゃねぇか!」
「伏せろ!」
オラムが言い終わるのと、お兄がブングラトさんに叫ぶのが同時だった。私は戦いになるかもと聞いていたから、心の準備はできている。オラムが右手をブングラトさんに向けると同時に動き、思いきりその手を掴んでぶん投げてやった。窓ガラスが割れる音がした。
「お兄、外に出るよ!」
「ああ!」
続くように外に出る。オラムは流石に頑丈なようで、窓ガラスを破ったというのに傷はなかった。道路に出ている。追撃をしようと、お兄が突っ込む。
「来るな!」
対して、オラムはまた右手を前に出した。すると、そこから竜巻が発生した! お兄がそれに巻き込まれて吹っ飛ばされる!
「お兄!」
すぐに地面に手を当てた。敷き詰められた土を操り、クッションを作る。家の壁に激突するよりはマシだろう。どうにか間に合って、受け止められた。
「なるほど、触れたものを操れるのか」
正解。洞察力は悪くないらしい。
次は鉄柵に触れて、鉄の棒を作って突っ込む。
「学べよな!」
「あなたもよ!」
オラムは右手を、空を切るように動かして風の刃を作って飛ばす。それを、棒を地面に突き刺しつつ高くジャンプして避ける!
そのまま棒も一回転させて振り下ろした。すると、オラムが右に避けたので、追いかけるように棒を振るう。
棒が当たったので、さらに鉄を変形させて相手の腕を掴む。棒ごとオラムを振り回して、地面に叩きつける!
「これならどうだ!」
痛みに表情を歪ませながらも、今度は地面に手を付いた。すると、巨大な竜巻が地面から発生した。その風の勢いに、棒から手を離してしまった。棒の変形が崩れ、元の鉄柵に戻り地面に落ちる。
更に風の勢いが強くなり、吹き飛ばされてしまった。相手自身もこれに巻き込まれて上空へ飛ぶが、相手は想定通りだろう。
「リリィ!」
お兄の声が聞こえた。このままだと、地面に叩きつけられる。けれど、お兄が向かってきてくれるのが見えた。安心して、そのまま受け止めてもらった。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう、お兄」
オラムは空気でクッションを作って着地。そのまま指でピストルの形を作って、空気の弾丸を撃ってくる。
だが、それは当たらない。コンクリートの地面に手を触れて、壁を作る。そんな攻撃じゃあ、これは貫けない。
それが分かったのか、オラムは今度は両手を合わせて前に突きだした。すると、両手の間から、細い竜巻が出てくる。それは、まるでドリルのようにコンクリートを削り貫通してきた! それだけでなく、脇腹に激痛が走る!
「--ッ!」
「リリィ!」
「お嬢様!」
風のドリルが、思った以上に威力があった。思わず俯く。汗がドッと吹き出す。オラムは、もう一度風のドリルで攻撃してこようとしている。
そこに、ツァーネルが割って入った。コンクリートの壁と私に手を当ててくれて、同時に治す。そして、風のドリルが放たれる。
コンクリートの壁は削れているが、削れた端からツァーネルが治しているので、まだ貫通はしていない。だが、時間の問題だと、私には分かった。
「止まって!」
その時だった。アネットが時を止める。オラムの背後に回り、両手を羽交い締めにした。
「な、離せ女!」
「ナイス!」
思わず、私はそう叫んでいた。相手の攻撃が、手の動きを中心に放たれていたのは、今までの攻撃で分かっていた。羽交い締めにされた今なら! 地面に手を当て、コンクリートを操る。そして、相手の両手までコンクリートを伸ばし、相手の両手を固めた。これで、二度と風を操れない。
「ツァーネル! 警察を!」
「分かりました!」
その後は、警察が来て、オラムに手錠をはめてくれた。連行されることになると、流石にオラムはこれ以上攻撃してこようとはしなかった。より自分の立場を危うくするだけだからだろう。
「ありがとうございました。これで、彼に協力せずに済みます」
「いいえ、お礼ならリリィに言って下さい。取り押さえられたのは、彼女のお陰ですから」
今回は戦闘で何もできなかったから、気に病んでいるのかな。普段かなり働いているんだから、むしろ何もしないことがあってもいいくらいだと思うけれど。
そう思っていたら、ブングラトさんがこちらを向いた。
「ありがとうございました。リリィさん」
「どういたしまして。それより、彼に付きまとわれていたことについて、本当に、何も心当たりもないの? 本当に、細かいことを何も教えて貰ってもいないの?」
「実は、ベルナディールさんに言われて彼を誘いに行ったときに、改めて聞いてみたんです。彼に、話があるから今夜来てと言ったら、私が協力してくれる気になったのかと勘違いしてくれて、少し気をよくしてくれたみたいだから。
そしたら、人間を使って実験をするつもりなんだって、そう言っていました。実験の中身までは、教えてもらえませんでしたが、光の力を扱える人材を、今各地で集めているのだとも、言っていました」
「何だって?」
思わず、というようにお兄が聞き返した。
「人間を使って実験だなんて……人間をなんだと思っているんだ」
「絶対止めるわよ、ベル。そのためにも、まだ仕事続けなきゃね」
「そうだな。天上人から、また頼み事でも来てくれるといいんだけど」
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