第19話 捜査中、会話中

 そこからは、怪しまれないように、場所と人を交代しながら、ブングラトさんの周辺を見張り始めた。


 尾行犯の尾行は本当に露骨だった。見つけて下さいと言わんばかりの位置からブングラトさんを見ている。加えて、やはりほぼ1日中をブングラトさんの尾行に費やしていると見ていい。流石にご飯時や就寝時、それ以外にも時々は席を外すようだが。熱心に注意を向けている。


 それ以外の目立ったアクションはまるでない。不思議なものだった。見ることが、むしろ目的なのだろうか。


「ツァーネルさん、どうですか?」


 交代をしようと、ツァーネルさんに声をかける。


「ああ、ベル様。尾行犯以外に、男性の客が来るくらいで、他に変わったところはありませんでした」


「男性の客?」


「ええ。あ、ちょうど出てくるところですね」


 見てみると、薄茶色の服で身を包んだ、黒髪の男性がブングラトさんの家から出てくるところだった。一方で、尾行犯の方は欠伸をしながらブングラトさんの家の方を見ていた。それを見て、違和感を覚える。


「なんか、尾行犯の様子が変じゃありませんか?」


「変、とおっしゃいますと?」


「なんか、熱意がないというか。適当というか」


 今まで見ていた限りだと、熱心に見ていた感じがあった。それは、他のみんなが見ている間にも確認をとっている。だというのに、今の尾行犯は欠伸をしたうえ、だらんとした雰囲気があり、お尻まで掻いている。


「確かに、集中して見ている感じがしませんね」


 ツァーネルも気付いたようだ。加えてその尾行犯は、なんだか熱が完全に冷めたかのように、去って行ってしまった。


「あ、帰りましたね」


「……とりあえず、一旦、あの男の人について聞いてみたいので、もう少しここにいてもらっていいですか?」


「ええ。構いませんよ」


 何かが妙だ。だけど、まだ何がどうとか分からない。ひとまず、聞きたいことを聞く。


「失礼します。ベルナディールです」


「ああ、ベルナディール様。どうぞ、こちらへ」


 中へ入れてくれようとするのを制して言う。


「いえ、先ほどの男性について伺いたいだけなんです。あの方は、何者ですか?」


「あの人は、オラムさんと言います。同じ天上人仲間です」


「天上人仲間ということは、彼はあなたが天上人だと知っているのですね?」


「ええ。でも、彼は私のプライバシーについて、他人に話すということはないと思います」


「そうですか。彼とは、どんな話を?」


「浮島に戻ってこないかって。私はいつも断っているんですけれど、よくその話題になるんです」


「何故、そのようなことを?」


「分かりません。何か協力して欲しいことがあるみたいなんですけど、内容を話してくれませんし。そんなのには付き合えないって言っているんです」


「なるほど。いつも来るということであれば、彼に我々が尾行者だと疑われては叶わないので、どうかその時は弁護をお願いしたいのですが、よろしいですか?」


「ああ、そうですね。言っておきます」


「ありがとうございます。引き続き、調査と見張りを続けさせて頂きます」


 それだけ聞いて、ツァーネルさんのところに戻った。


「ちょっと男の方も怪しい感じがしますね」


「そうですか。私には、好青年にしか見えませんでしたが」


「もしかしたら、そうかもしれませんが、確認をしたいんです。そこで、なんですが。ツァーネルさんかリリィは、メイクが得意でしょうか」

 

 ◆

 

 お兄は何がしたいのだろう。急に、浮浪者になりたい、だなんて。


 メイクの心得はあったから、どうせなら張り切って、どこからどう見ても浮浪者って格好にしてあげたけれど、そのままどこかに行っちゃった。

 

 ツァーネルが言うには、何か調べに行ったみたいだけれど。浮浪者になって調べられることって何かしら。もの凄く気になるわ。


 今回はアネットも付いていってはダメと言われたらしく、どう過ごせばいいのか悩んでいるようだ。どこか悲しそうに部屋を掃除している。


「あなた、そこはさっきも拭いたわよ」


「ふぇ!? あ、ほんとですね」


 上の空、という感じかしら。忙しそうに見えるけど、心の中は暇そうね。


 せっかくだし、ちょっと喋ってみようかしら。


「ねぇ、そういえばなんだけど。あなた、天上人に両親に殺されたのよね」


「え、あ、はい。そうです」


「何も気にならないの? 今回は、天上人が依頼人だけど」


「気になりません」


 キッパリと、そう言い切られた。


「それはなぜ?」


「私、天上人が素晴らしい人たちで、吸血鬼は人類の敵だって教わっていたんです。でも、ベル様と出会ってから、世界が変わりました。吸血鬼にだって、天上人にだって、もちろん人間にだって、良い人も悪い人もいるんじゃないかって。そう思えるようになったの」


「吸血鬼だけじゃなくて、天上人や人間も挙げるのね」


「そりゃあ、天上人の何名かには、実際に会ったことがありますから。彼らが全員悪人だなんて思えませんし。人間だって、私のことを世話して下さる方や、嫌らしい目で見てくる人もいましたから」


「そういえば、あなたは貴族だったわね。吸血鬼以外には、会ったことがあるわけね」


「そうです。でも、久しぶりに良さげな雰囲気の天上人の方と出会って、少し驚いたのは事実です。素性を隠し合っているとはいえ、今回みたいに天上人と吸血鬼で、手を取り合える人同士ばかりなら良かったんですが」


「一応、手を取り合った事例はあるわよ」


「本当ですか?」


「確か、女性関係の話で共闘したことがあるのよ。例えばコルセット。昔は付けていたみたいだけれど、穏便な吸血鬼と天上人が、体に悪いって訴える団体を作ってね。あっという間に廃れたわ。女性がもっと自由に動けるようにっていうのも、お互いに戦い合う吸血鬼と天上人だからこそ、少し前から訴えているわ。人間だけの世界だったら、これらの問題はもっと時間がかかっていたんじゃないかしらね。現に、あなたはすっかり髪を切って三つ編み垂らして、流行に逆らった髪型をしている。それだって受け入れられているはずよ」


「髪は、売ってお金にして、少しでもご恩に報いたくてやったんです。女性だって自由にって時代の流れが大分きていたのは分かっていたから、せっかくだから、好きに髪型を変えたんですけれど、そうだったんですか。天上人と、吸血鬼が……」


 アネットは、感慨深そうに言っていた。


「やっぱり、人によるんですね」


「そうね。私も、あなたと話をしていて、よりそう思うようになったわ」


「あの、もう少しお話させて頂いてもいいですか?」


「ええ、もちろん」

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