第18話 ストーカー

  ◆


 行方不明者の事件に関しては、とりあえず、見つかっていない人は目下捜索中ということにした。


 天上人に攫われたとしても、根拠を説明したところで信じてもらえない可能性が高いからだ。アネットの証言はあるが、その他の証言や証拠が全くない。


 犯人は警察に捕まったが、攫ったことを認めているだけで、その他のことはまるで喋ろうとしなかった。その結果、どれだけ悪い方向に向かおうとも構わないといった姿勢を、2人は貫いているのだ。


 2人がいた服地店からも、攫われた人がどこに行ったのかという証拠はどこにもなく、また、攫ってどうするのかという理由が分かるものも存在しなかった。


 おそらく、2人はただ攫うためだけにこの街に来たのだろう。それ以外のことは、2人から漏れないよう徹底的に対策がなされていると見て、まず間違いなかった。


 そのため、まるで進展がないまま、時間が過ぎていった。やることと言えば、リリィと組み手をしたり、普通の探偵業に精を出すくらいだった。


 そう、今日までは。


「尾行されているんです」


 女性の依頼人は、そう切り出した。


 依頼人の名前はマティ・ブングラトさん。最近、街中を歩いていると、誰かに付けられているのだと明かした。青い上着に青いスカート、銀のネックレスに後ろで纏められている茶髪、これまた青い帽子に桃色のリボンといった服装だった。


「そう言う根拠は、なんですか?」


「その人、姿を隠さずに尾行をしてくるんです。気付いた理由も、単に後ろを振り返ったからです。見るからに怪しい格好でした。サングラスに、口を覆うほどの髭は多分付け髭で、全身をグレーで統一した服装をしています。何度振り返っても、その人がいるんです。警察に駆け込もうとすれば、すぐに姿を消してしまって。身元も分からないからどうしようもなくて、こちらに来たんです」


「なるほど。尾行される理由は、何か思い当たりますか? 例えば、お金や恨みなど、何でもいいです」


「いいえ、それが思い当たりません。私が天上人だということも、特に明かして生活していませんし」


 天上人! それを聞いて、思わず瞬きをしてしまうが、相手に動揺は気付かれてないようだった。


「……要するに、物珍しさや、あなたの立場やお金を狙った尾行でもなさそうだと言いたいのですね?」


「ええ。つつましく暮らしております。大抵の天上人は、お金を持って、上流階級で過ごされているので、珍しいでしょう? でも、贅沢な暮らしというのが、どうも馴染まなくて。立場だって、雑貨屋で働かせて頂いているだけですもの。狙うなら、もっと早くにお店ごと狙っているはずです」


「ふむ」


 ロンバルドンに住んで知ったことだが、純粋な天上人はそこまで多くない。浮島は複数あるが、そこは限られた土地だ。長命でもあるため、そこまで人口を増やす意味もないのだろう。故に、物珍しさで天上人を見たいという人も、一部存在する。


  地上での天上人の立ち位置は、いわゆる貴族、もしくはそれ以上といった扱いを受けている人が多い。姉さんに聞いたとおり、人間に能力を授けたり、吸血鬼ほどではないが人ならざるステータスを持ち合わせていたりといった面が大きく、人間からは尊敬の念をもって接されている。だからそれを利用して、天上人に変装して成り代わったり結婚を申し込んだりして、利益を得ようとする奴らもいる。


 それらが理由ではない、個人を狙った尾行ということで、調べていく必要がありそうだった。


「その尾行についてなんですが、今日は付いてきていますか?」


「はい、実は付いてきております。馬車を使って、いつもと違う時間に出て来たのですが、同じように馬車を使って後を付いてきているのが分かったんです」


「多分、あなたが行き先を言ったところを聞かれたのでしょうね。じゃなきゃ、馬車で馬車を追いかけて、なんていうことを馬車屋に言わなくてはなりませんから」


「ああ、もう。本当、どうしたら……」


 本当に悩んでいる様子で、両手で顔を覆いながらため息をついた。他にも気になること、確認しておきたいことを聞いておく。


「気付かれてからも、犯人はあなたに危害を加えようとはしていませんか?」


「はい。今のところ、危害は加えられていません」


「我々が、その尾行犯を見張るために、あなたの家付近で張り込みをすることは可能ですか?」


「ええ、もう! それをして頂けるのでしたら、是非お願いします」


「では、ここに住所を書いて下さい」


 紙とペンを渡して、住所を書いてもらう。ひとまず、聞きたいことは一旦これで終わりだ。


「では、今日のところは、これでお帰り下さい。くれぐれも、用心して。我々の方で、尾行している者については調べ上げますので、あまり尾行犯を刺激をしないようにお願いします。いいですか?」


「分かりました。相談できて、少し気持ちが軽くなりました。ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 ツァーネルさんが、ブングラトさんを見送る。彼女が部屋を出たところで、少し考える。


「どうも、妙だな」


「妙なの?」


「うん。みんなで少し話したいけど、尾行犯を一目見ておきたい。ちょっと出てくるよ」


「あ、私も行きます」


 アネットを連れて、ブングラトさんが馬車で発ったあとに、ツァーネルさんに合流する。


 すると、ツァーネルさんも気にかけてくれていたようで、尾行犯の存在をすぐに教えてくれた。彼女が教えてくれたとおりの風貌をしており、こちらに見られても意に介さず、馬車屋を呼んで立ち去っていった。


「見られることに関して、何も思っていないというのは、本当のようだね。平然と、馬車を捕まえて、追っていったよ」


「何が目的なんでしょうか」


「そこなんですよね。ツァーネルさん、アネット、部屋に戻ろう」


 部屋に戻り、リリィと合流してから、話を始める。


「さっきの話の中に、気になるところがあってさ。外出する時間を変えているのに付いてきた、という部分なんだけど。これができるということは、自宅を特定されているし、1日中見張っている可能性があるということになる」


「そこまで分かっていても、ストーカーしているだけで、そこから何もしていないってこと?」


「そういうことになるんだよ、リリィ。もちろん、これから何かする可能性も否定はできないんだけど。何の得もない、目的もないのに、1日中見張るわけがないと思うからね。どうにかして、目的を探りたい」


 絶対に、何かある。それを知るためには、情報収集だ。


「俺たちが見張ることは許可して下さったから、早速行ってみようと思う。ただ、他の人たちに怪しまれないように、交代しつつ場所を変えて見張ろう。まずは俺が行く。なにか変化があったら、共有してくれると助かる」

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