第17話 心配
◆
気がつくと、私はベッドで横になっていた。痛みがない?
不思議に思い、体を起こす。座ったまま寝ているベル様と、リリィ様が目に入った。
リリィ様は私に微笑んで下さった。
「目が覚めたかしら?」
「はい。その、私、かなり重症だったはずなんですけれど」
何度も踏まれた。銃でも撃たれた。今でも、鮮明に痛みを思い出せるが、思い出したくない。少し、息が乱れそうになった。
「それなら、あとでツァーネルに感謝しておきなさい。ツァーネルには、治す能力があるの。それで貴方の怪我を治したのよ」
「そうだったんですか」
なんと優しい能力だろう。ツァーネル様の優しそうな見た目にとても合っている。
ベル様の方を見ると、やすらかな寝顔のまま体はこちらに向いていた。もしかして、ずっと心配して下さっていたのだろうか。胸が温かくなる。
「寝かせておきましょう。お兄ったら、ずっと寝ないでいたんだから」
視線に気付いたのか、リリィが少し優しめな声で言った。私も、寝かせておくのは同意見だった。むしろ、ずっと眺めていたいと思った。
けれど、ここまでの経緯も気になる。リリィに視線を戻した。
「それで、あの後はどうなったのでしょうか」
「そうね、どこから話しましょうか」
少し逡巡してから、話し始めた。
「まず、貴方が攫われてからの話ね。私たちは、聞き込みを終えて、お兄のところまで向かったの。そして、おそらく服地屋がアジトだと聞いたわ。理由は、貴方を攫ったことだった。貴方を攫って得をするのは? 疑いが晴れるのは誰? 相手の動きが露骨だったから、お兄は服地屋に犯人を絞った。結果、当たりだったわ」
もう、その時点で気付いていらしたんだ。流石です、ベル様。
「そして、お兄は服地屋が怪しいと踏んだときから、犯人が2人以上だということも、何となく察していたみたいね。踏み込むときは私も一緒に、ツァーネルは危ないから先に警察へ連絡をって言ってたから。ただ、踏み込む根拠が足りなかった。まだ、犯人が服地屋ではない可能性があったからね。一手を間違えれば、こっちが逆に警察に捕まって、貴方を助けることもできなくなる。
だから、お兄は犯人のアクション、もしくは貴方のアクションをずっと待っていたの。服地屋の傍で、ずっとね。すると、服地屋の中から、闇烏が飛んでくるのが見えた。それが決定的になって、すぐに飛び込んだってわけ」
じゃあ、私はお役に立てたんだ。それを聞いて、ホッとした。何もできずにただ不注意で攫われただけで終わるなんて、嫌だったから。
リリィ様は、立ち上がって私の傍まで来た。
「ふふ、お兄は貴方みたいな眷属を持てて幸せね。あなたたちの関係を羨ましがる吸血鬼、かなり多いんじゃないかしら。だけど」
指でおでこをつん、と突かれる。
「あんまり無茶しちゃダメよ。大分こっぴどくやられていたじゃない。ツァーネルがいなかったら、どうやってあなたの身を守るか、とても考えなきゃいけなかったわよ?」
「はい。申し訳ありませんでした」
経緯は、なんとなく分かっているようだった。レヴィンと私が銃で撃たれていたところを見て、何となく、何があったのか察しはついたのでしょう。その考えは当たっている。
けれど、自分の身が危ないときに、ただ黙って相手の思い通りになるつもりはなかった。それは、今後何があっても、考えとしては変わらないと思う。
一方で、少し暴れすぎた感も否めない。だから謝ることにしました。もう少し穏便に何かができそうなら、それを考えられるだけの能力を持たなければと、そう思いました。
「ん……」
「ベル様?」
どうやら、目が覚めたみたい。話し声が聞こえたのでしょう。すぐにこちらを見て、ハッとしたように目を見開いた。
「アネット! もう、体は何ともないか?」
「はい。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「本当だよ。もし、殺されていたら、どうするつもりだったんだ」
凄く、心配そうな目で訴えてくる。思わず、胸にチクリとした痛みが走った。ごめんなさい。
「でも、ありがとう。お陰で、何とかなったよ」
「何とかなった、とは?」
「行方不明者の捜索の依頼だよ。アネットとは別の部屋に、複数人閉じ込められていたんだ。多分、部屋のスペースが厳しかったから、アネットを攫ってからは別の部屋に閉じ込めるつもりだったんだと思う。お陰で、君が1人で動けたわけだね」
「そうでしたか。良かった」
「君が勇気を出して動いてくれたから、早めに君を助け出せた。事件の解決もできた。ありがとう」
改めて、私はベル様の助けになれたのだと感じた。なんだか、こそばゆいし、嬉しい。
「ただ、一部の行方不明者の行方がまだ、分からない。そっちは別の犯人かもしれないけど、もう、今回みたいなことにならないように、頑張るから。これからも、付いてきて欲しい」
「それは、もちろんです。私は何があろうと、ベル様についていかせて頂きます。ただ」
地下で聞いた話を思い出す。見つからなかった人は、もしかして--。
「多分、見つからなかった人たちは、浮島に送られたんだと思います」
「何だって?」
「それ、本当?」
ベル様とリリィ様が、思わず、というふうに反応した。聞いたことを、説明しなければならない。
「今回の犯人の2人組が天上人だったかどうかの見分けは私にはつきませんでしたが、言っていました。攫った人を、殺すのではなく、浮島に輸送しているのだと」
「……目的までは、聞けた?」
「いえ、残念ながらそこまではお話していませんでした」
ベル様が目を細めた。本人は気付いていらっしゃらないと思いますが、ベル様は考え込むときに目が細まる癖があると、見ていて気がついています。この顔が私は好きで、思わず見てしまいます。
思えば、攫われたときも、ベル様が考え事をなさっていたときでした。ベル様の表情を見たくて注意を怠っていたのが、攫われた原因かもしれません。外では、控えないといけませんね。
「不気味ね。私、てっきり天上人は、人間や吸血鬼を殺して回って、街や村をひとつずつ乗っ取っていくことが目的だと思っていたのだけれど」
「俺もそう聞いてたよ。でも、何か別の思惑の元で天上人が動き出しているのかもしれない。今後は、もっと注意して仕事に当たる必要がありそうだね」
ふと、窓の外を見る。ちょうど、太陽に雲が差し掛かっているところだった。
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