第16話 どう動くか
今、この地下には1人。話からして、透明になる能力を持っている。
--ここから闇烏を上に放つには、何か別のことで注意を引かせるしかない。
けれど、その別のことは? 何をすれば注意が引ける?
簡単で、危険な手段がひとつある。私自身が囮になることだ。
彼らの目的は、あくまで私を攫うことであると確認ができた。殺されることはない。多分。
もう、そう思って動くしかない。
扉をそっと開ける。音はしなかった。そこまで建て付けが悪いわけではなくて助かった。
廊下の先には階段があり、それより手前、左側にも部屋がある。そこに男がいるのだろう。
蝋燭の明かりのせいで、影が見えている。机に向かって座っているようだ。
これでは、闇烏を飛ばしても、音で分かってしまいそうだが、それなら私が後ろを取れる。
後ろをとって、後頭部を思いきり殴ろう。そうすれば、少なくともレヴィンはなんとかなる。
改めて物置と、廊下の反対側を見てみる。すると、予備のものなのかレンガが置いてあるのを見つけた。そっと、そっと動いてレンガを手に取る。そばに別の部屋へと通じる扉もあるようだったが、そこは開かないことを祈ろう。
次に、ブラックボックスに闇を流して、闇烏にする。ベル様が使っている技は、紫みを帯びた黒色をしていたが、これは本当に見た目が烏のようだった。最悪、見つかってもただの烏として見逃がしてしまいそうなほど、本物そっくりの黒さだった。
まずは、闇烏を向こう側へと飛ばす。
「ん? 何だ?」
影で分かる。明らかに、今飛んでいった闇烏に注意が向いている。
闇烏は、上にいる人にまだバレてはいけないから、階段の手前で留まってもらっていた。
レヴィンが立ち上がり、こっちに来る。
歩いて部屋の外まで来て、闇烏の方を見た。今だ。
思いきり、レンガで後頭部を殴った。レヴィンが倒れ込む。
ひとまず、上にいる女性に今の音は聞こえてないようで、音が聞こえてこない。
やった。あとは上に行って、闇烏と一緒に動くだけだ。
上にいる女性の能力は、薬品の効果を強くする能力だと言っていた。逆に言えば、戦闘用の能力ではない。万が一やられても、私という面倒が闇烏と同時にやってくれば、闇烏についてはただの烏が外へ逃げていった程度の認識で終わってくれるはずだ。それさえ成功すれば、ベル様が踏み込んできて下さる。
ひとまず、倒れたレヴィンの傍を通り過ぎる。
「おう、待てや」
そのとき、レヴィンの声が聞こえた。かと思うと、立ち上がり際に思いきりお腹を殴られる。気絶まではいかなかった!
力が強い。思いきり、壁に背中を打ち付けた。すると、上から「うるさいよ!」と声が聞こえてくる。降りてくる気配はない。
レヴィンは、続けて殴ってこようと拳を振りかざした。このままだと、作戦は失敗のまま終わってしまう。
「止まって!」
それじゃあ、ダメだ。あくまで思いきり、自分が囮になるんだ。
能力を使い時間を止め、さっきの部屋に戻る。扉は開けたままにしておく。
時間が動き出す。目の前から私が消えたから、能力者だとバレただろう。
「あの女、能力者か! どこに行きやがった」
レヴィンが探し始めた。その間に拳銃を取る。来るなら来い。
なんとしても、ベル様が来るまで持ちこたえてみせる!
ゆっくり、ゆっくりと近付いて来るのが、足音で分かった。もはや、さっきの鳥の影には目もくれてないようだ。そこはありがたい。
タイミングが大事だ。息を飲みながら、顔を出してくるのを待つ。銃は背中に隠して。
そして、レヴィンが現れる。
「何だ? やる気なのかよ。さっき殴られた分はやり返さないと気が済まねぇんだけどな。大人しくしとけば、あんまり怪我しないで済むぞ?」
「聞きたいことがあります」
「立場分かってるか? お前」
不機嫌そうに、レヴィンは言う。透明になる気はないようだ。舐めきられているうちに、逆上させよう。
「攫った人たちをどうしているの? マーレイさんたち、他の人たちはどこ?」
「お前が知る必要ねぇだろうがよ!」
いやに短期で助かった。警戒する様子もなく突っ込んで来たので、銃を構えて撃つ。レヴィンが目を見開くのと、相手の左肩に弾が当たるのがほぼ同時だった。
「が--」
「今の音は何!?」
流石に、銃声ともなれば上に響いたようだ。女性の慌てた声が聞こえる。今だ、と思い、闇烏に闇のエネルギーを通じて飛び立つように命令をする。
「わ! 何よ、この鳥!」
「鳥? そんなもん、どうでもいいから速く来い!」
やっぱり、対応することなく素通りできた。良かった、これで少なくとも、ベル様がここに気付いて来てくれるはず。
問題は、この状況だ。このままレヴィンが下がってくれる訳がない。だから、今度は足元を狙うことにした。
2度目の発砲。だが、これは外れてしまい、レヴィンは突っ込んでくる。
「そんな運良く当たる訳ねぇだろうがよ!」
今度は、正面から殴り倒された。拳銃も奪われてしまい、為す術がなくなる。
「手間かけさせやがって、クソ! クソ! クソ女が!」
何度も踏みつけられた。痛い、痛い、痛い!
やがて、女性がやってきたのか、足音が扉のところで止まった。
「おい、縄持ってこい。徹底的にやってやるクソッタレが!」
怒りに満ちた声。ふと上を見ると、レヴィンは拳銃をこちらに構えていた。
そして、破裂音。足が--! 足に、当たったんだ!
「ハハッ、これはさっき俺を撃った分だ」
弾が貫通していない。血が流れている。鈍い痛みが。呼吸が荒くなるのが自分で分かる。痛さに頭がおかしくなりそうで、汗も涙も出てきた。
「ちょっと、死んじまうよ」
「死なねぇよ。なぁ? こんなもんじゃなぁ?」
女性の心配を余所に、レヴィンは嫌みたっぷりに言った。自分も銃弾を受けているはずなのに、まるで堪えていないようだった。
このままだと、ベル様が来る前に死んでしまうのではないか。そう思った。そんなとき、上の扉が思いきり開く音が聞こえた。
「あ? 客か。追い払ってこい」
「もう! こっちに来いあっちに行けって……」
レヴィンは自分勝手に、女性をこき使った。女性は文句を言っていたが、言われて通りに出ては行く。
「さて、もうちょっと遊ぼうか。クソ女」
クソはどっちだ、と言ってやりたかった。だが、この上で言ったら本当に殺されそうだった。
また、足で踏もうと片足を上げてくる。思わず目をつむった。同時に、上でドタバタと音が聞こえてきた。
「あ? 何の音だよ。全く」
親に注意された子どものように不快感を露わにしたレヴィンは、拳銃を持ったまま扉の外まで歩いて行く。
「おい、うるせぇぞ--」
どうにかレヴィンの方を見ると、驚きを顔に表して銃を慌てて構え始めていた。
「誰だ、テメェ!」
扉の外に誰かがいる。まさか。
「こっちに来るな! 撃つぞ!」
「やってみろよ」
ベル様の声だった。助けに来て下さったんだ。
レヴィンは、一歩下がりながら、撃鉄を起こして引き金を引いた。
「なっ、避け--」
その瞬間、ベル様の姿が見えた。レヴィン相手に距離を詰め、顔面を殴っていた。
レヴィンは拳銃を手放して吹っ飛んでいき、廊下に倒れる。勢いがありすぎて、体と床がこすれながら離れていく音がした。
そして、ベル様と目が合う。
「アネット!」
「ベル、様……」
痛みは残っていたが、安心感の方が勝った。思わず、眠くなってきた。
「リリィ、アネットが!」
ベル様の後ろから、リリィ様もやってきた。私の様子を見て一瞬立ち止まったが、宥めるような目でベル様の方を見る。
「落ち着いて。ツァーネルが来るまで待ちましょう。大丈夫だから」
その言葉を最後に、意識が切れた。
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