第14話 行方不明
◆
それから、しばらくは大変だった。
猫探しや人捜し、痴話喧嘩の仲裁なんかも含めて色々やった。
天上人絡みの事件が舞い込むには、やはり実績と知名度が必要らしい。
依頼人に天上人が来る可能性もあるだろう。
そのときが来るまでに、腕を上げておかなければならない。
「ベル、依頼人が来たわよ」
リリィに案内されて入ってきた女性は、俺の存在を確認してから、空気を吸う。
「お初にお目にかかります。メアリー・マーレイと申します」
「ベルナディール・ラングハルクです。どうぞ、お掛けになって下さい」
お互いに椅子に座る。女性の顔は青ざめていて、スカートには泥が跳ねていた。呼吸も整っていない。ツァーネルは脇に立ち、リリィも近くの椅子に座った。
「マーレイ嬢。ご用件は、何でしょうか」
「はい。私の娘のロレッタが、先日から行方不明なんです」
「最後に会われたときのことを、お話し頂けますか?」
「はい。あの子は、友人に会いに行くと言って出て行きました。多分、機関車でバーホントンまで行く予定だったと思います。そこで2人で別れて買い物をしているうちに、行方が分からなくなったそうなんです。友人は、最初はどこか別のところで買い物をしているのだろうと思っていたらしいのですけれど、いつまで経っても姿が見当たらなくて。もしかして迷子になったのでは、と思った友人は周辺のお店や警察にも聞き回って、それでいったん帰ったのだそうです。勝手に1人でいなくなるような子ではないから、もう、心配で心配で」
「もしかして、今朝その友人とお会いになって、その話を聞いて、慌てて飛び出てきたのですか?」
「ええ、実はそうなんです。けれど、どうして?」
「服装がきちんと整っているのに、顔が青ざめていて、泥がスカートに跳ねていますから。急に不安になるような話を聞いたか、不安になるようなことが起こって、慌ててここに来たのではないかと思ったのです。そして、友人の視点から具体的なお話をされていることから、今朝その友人と出会って、娘の行方を聞かれたのではないかとそう思いました。違いますか?」
「はい。そうです」
「その友人は、他には何か言っていましたか?」
「最後には、服地屋に行くと言って別れたと言っていました。確かに服地屋に行ったそうなのですが、それ以降の足取りが掴めないのだとも。あと、ロレッタの最後の服装は茶色のブラウスに赤のベスト、それに赤のスカートを履いておりました」
「分かりました。探してみます。もし見つかったら、すぐにご連絡を差し上げます」
「ああ、ありがとうございます。お待ちしております」
ツァーネルさんが、マーレイ嬢を見送る。馬車に乗って立ち去るところを窓から確認してから、息をついた。
「行方不明者が、多い気がする」
「多いわね」
リリィも同意してくれた。このところ、人を探してくれという依頼が、よく寄せられるのだ。
中には、すぐに見つけられるものも、自然と解決するものもある。だが、行方不明のまま帰らないという件数が、段々と増えてきている。一向に減る気配がなかった。
「もしかすると、大勢を攫っている何者かがいるのかもしれませんな」
「もしもそうなると、天上人かもしれない」
「そうなの?」
「一回、行方不明の事件を調べに行ったことがあるけど、犯人が天上人だったんだ。同じ事を都市部でもしているのかもしれない」
ツァーネルの意見を聞いて、アネットを助け出したときのことを思い出した。
「同一犯だとしたら、行方不明者に何か共通点があるかもしれないな」
「それはどうして?」
「アジトがあるかもしれないからね。その周辺でのみ、犯行を行っているとしたら、行方不明者が共通で訪れた街や場所があるはずだ」
これが誘拐であるのなら、どこかに誘拐した人を閉じ込めておかないといけないはずだ。だから遠出して誰かを攫ってやってくる、ということも難しいはずだし、それをやっていたとしても、誰かがアジトの近くで行方不明になった人物を見ていてもおかしくはない。
「洗濯、終わりました。今、何の話ですか?」
アネットが、洗濯を終えて戻ってきた。いいタイミングだ。
「アネット、動けるかい?」
「はい、もちろんです」
「それじゃあ、ちょっと足取りを追うよ。改めて行方不明者の情報を集めつつ、共通点がないか洗いたい。場合によっては、馬車だけじゃなくて機関車を使うかもしれない。お金は少し多めに持って行こう」
4人で、誰の聞き込みをするのかを振り分けし、出発をする。と言っても、単独で行動できるのは、ツァーネルとリリィだけだ。この2人は普段から、孤児院を巡るなど街の人たちと交流がある。俺とアネットは、こういうときはまだ2人で動くことにしている。
そうして、聞き込みをしていると、奇妙なことが分かった。ほとんどの人が、同じ街に行ったことがあるという。それも、どの辺りかまで絞り込むことができた。バーホントン通りだ。
しかも、先ほどのマーレイ嬢が言っていた、商店が建ち並んでいる地帯だった。なぜその辺りが怪しいと踏んだかというと、行方不明になった複数人の目撃情報が明らかに多かったからだ。いつの間にかいなくなっていた、という証言もいくつか手に入った。
俺はアネットを連れて、その商店が建ち並んでいる地帯に行き、更に詳しく聞き込むことにした。
「この辺りに、天上人のアジトがあるのでしょうか」
「それは、これから調べてみないと分からないな。前の君の事件がスタンダードなら、天上人も吸血鬼みたいに地下にアジトを構えている可能性があるから、見た目だけじゃ分からない。とにかく聞き込んでみよう」
しかし、要領を得ない話ばかりだった。商店の人たちだから、道行く人たちをよく見ることになるので、時たま詳細を聞くことができるのだが、「いつの間にかいなくなっていた」「目を離した隙に1人になっていた」などといった証言がゴールになっていた。これでは、どこの誰が攫っているのか、それとも単に行方不明になっただけなのか、断定ができない。
「一応、服地店にも行ってみようか。何か思い出してくれているかもしれない」
一縷の希望を求めて、服地店へと入る。そこには、首元までしっかりとボタンで留めた長袖の、白めのブラウスに、ベージュのロングスカートを履いた女性が店番をしていた。
「あの、すみません。ベルナディール・ラングハルクと申します。伺いたいことがあるのですが」
「ああ、最近噂の探偵さんですね。いかが致しましたか?」
有り難いことに、ツァーネルさんの広告効果や、地道な仕事の成果が実っているお陰で、名前を出せばそこそこの聞き取りはできるようになっていた。それを活用して、店番の女性に問いかける。
「こちらに、ロレッタ・マーレイさんという方がいらっしゃいましたね?」
「ああ、そのことですか」
おそらく、警察にも聞かれたことがあるのだろう。覚えがあるような雰囲気だ。
「私も、よく分からないんですよ。マーレイさんを見たのは、買い物をして行かれたところまでで」
「他の行方不明者の方も、こちらにいらしていませんか?」
「ええ。でも、それでしたら、他のお店にもいらっしゃっていると思いますよ」
「……そうですね。では、失踪の件についてはまるで心当たりはないと?」
「はい、ありません」
「ずっと、店番はあなたが?」
「はい。私は開店時はずっとここでお客様の対応をしております」
「分かりました。ご協力、ありがとうございます」
質問を終えて、店を出る。歩きながら、アネットが話しかけてくる。
「何もありませんでしたね」
「いや、なんか怪しいよ。話題の逸らし方がちょっと露骨というか」
「……言われてみれば」
「ちょっと考えるね」
仮に、あのお店になにかあるとしよう。店番をしている女性は無関係だろうか? いや、関係があるはずだ。話題の逸らし方がやはり気になる。だが、普通に問い詰めてもボロは出さないだろう。共犯者がいるはずだから、そっちを攻められるならそっちを攻めたいところだ。ちょっと危ないが、この辺りで新しい犠牲者が出ないかどうかを見張るべきではないだろうか。解決には、それがいいかもしれない。
「アネット、ちょっといいか--」
見張りの提案をしようと、アネットに声をかけようと、後ろを見る。しかし、そこにアネットはいなかった。
「アネット?」
おそらく、犯人が連れ去ったのだ。そこに思い至るまでに、あまり時間はかからなかった。
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