第13話 リリィ
◆
翌日、ブラックボックスの店に改めて行き、ある程度の買い足しをして地下を出た。
別々の仕事の斡旋については、城に着いたときに2人に報告した。
リリィと合流するための住所を聞き、ロンバルドンに着いたのは、それから2週間も後のことになった。
見渡す限りの人。そして建物。初めての光景だが、飲まれる訳にはいかない。アネットは慣れたものらしく、大通りを先導して移動してくれた。正直、かなり有り難かった。
当てられた住所の元へ向かうと、2階建ての家があった。地下もあると聞いている。広さは、協力者込みで4人で暮らすことを考えても申し分はなさそうだった。
「この中に、協力者の方がもういらっしゃるのですか?」
「言伝通りだと、そう聞いているよ」
元々、これから会う吸血鬼の眷属がかなりのお金持ちで、この家は今回の仕事のためだけに買ったものらしい。とんでもない富豪だ。だから、協力者というよりも、これからお世話になる人たちに出会うことになる。失礼は良くないだろう。
扉をノックすると、少しして中から初老の男性が現れた。身長は5.5フィート(約167cm)よりちょっと高いくらいか。グレーのコートとズボンといった服装だ。ひとまず失礼にならないよう、帽子を取る。
「初めまして、ベルナディール・ラングハルクと申します」
「私は、アネット・アトキンソンと申します」
「ヘミングウェイさんでお間違いないですか?」
自己紹介を終えると、屈託のない笑みで迎えてくれた。
「初めまして、ツァーネル・ヘミングウェイと申します。ツァーネルで構いませんよ。これから、共に仕事をするのですから」
「それでは、私も、ベルとお呼び下さい。ええと、マーランド嬢はどちらに?」
「奥におります。どうぞ、中へ」
ツァーネルの案内の元、居間に通される。そこには、姉さんをそのまま小さくしたかのような少女が立っていた。身長は5フィート(約152cm)よりちょっと高いくらいか。白髪赤目で、黒いドレスを着ている。同じように、自分とアネットは自己紹介を先にする。
「初めまして、リリィ・マーランドよ。リリィでいいわ。早速なんだけど」
リリィの方から歩み寄ってきて、じっと俺を見つめてきている。何だろう。そう思って待っていると、やがて口を開いた。
「お兄って呼んでもいいかしら?」
一瞬、いや数秒ほど、その言葉の意味を理解しようとした。だが、できなかった。アネットも、何も言うことができないのだろう。後ろからも、何も声が聞こえない。
「……何で?」
とりあえず、理由を聞くことにした。どうにか絞り出した返答だった。
「私、エニアお姉様に憧れているの」
理由の説明が始まった、と見るべきだろう。続きを聞く。
「あの人の求める家族になれたら、って何度も思っていたわ。でも、そんなことをお姉様に直接言えない。お近づきはできたけれど、直接言うなんて……」
少しもじもじしている。かと思うと、俺の目を真っ直ぐ見てきた。
「だから、アナタに言うわ。妹にして下さらない? アナタの妹になれば、それはお姉様の妹になったも同然--」
「嫌ですけど」
そう言うと、時間が止まったかのようにリリィの動きが止まった。そして、何かを訴えかけるような目で見てくる。
「どうして?」
「いや、直接言いなよ。姉さんなら拒否しないって」
そう、絶対に拒否しない。今まで接してみての経験で、あまり多くを欲しようとはしないだろうが、リリィまでなら受け入れそうだと何となく分かるのだ。ましてや、お近づきになれてる時点で、悪く思われているわけでもないはずだ。
「照れくさいわ」
だが、リリィは目を逸らさずにそう言った。
「ストレートなところはそっくりね……」
「そんな、そっくりだなんて」
「照れるなよ」
目を逸らして、斜めに俯いている。かと思えば、バッと顔を上げた。
「とにかく、私はアナタのことをお兄と呼ぶわ。呼んでいる間は、お姉様をお姉様として感じられるもの。夢のようだわ」
「もう、じゃあ勝手にしてくれ」
姉さんではなく、とりあえず俺に来る分にはいいことにした。この考えを改めさせるのは、かなり難しそうだと感じたからだ。
ひとまず、ツァーネルさんに確認をする。
「どうやって、仕事をしていく感じになるんだ?」
「ベル様が良いとおっしゃって下されば、もう広告の準備ができております。あるだけの新聞社へ問い合わせて、この事務所の存在を広めましょう」
「分かった」
色々なところにコネがある人物なのだろうな、と今の会話で分かった。そんな人が味方にいてくれるのは心強かった。あとは、事務所の整理くらいだろうか。
これからのことを少し考えていると、アネットがツァーネルさんに話しかける。
「ところで、ツァーネル様は、なぜリリィ様の眷属をなさっているのですか?」
「それは、この方が心の優しい方だと知っているからですよ」
少し昔話になりますが、と前置いてから続ける。
「私、実は妻に先立たれましてな。使い切れないほど手元に残ったお金を食いつぶしながら、1人寂しく余生を過ごすものと思っておりました。そんな時です」
一言一言、はっきりと思い出そうとしながら話している。
「孤児院の援助を思い立ち、一念発起して孤児院を見て回ることにしました。環境がよろしくないことは聞いておりましたので、取材をしながら、どのような支援ができるかを考えていました。その折に、リリィお嬢様をお見かけしました。しかも、日は違えど全ての孤児院で、です」
「全ての?」
思わず、聞き返していた。どうしてそんなことを、と思った。
「はい。私は思わず気になって、リリィお嬢様にお尋ねしました。なぜ、全ての孤児院であなたを見かけるのかと。すると、少しでも助けになりたいからよ、とサラリと言われてしまったのです。
なので、私にもアナタを手伝わせてもらえませんか、とすぐに問い返しました。ダラダラ過ごそうとしていた一時期の自分を恥じながらね。そのときの私には、この献身的な少女を見過ごせなかった。
それから、共にしばらくの間、孤児院を巡りました。そんなとき、リリィお嬢様の生活の方が気になったのです。
失礼を承知で、好奇心の元で行動を致しました。別れてから、リリィお嬢様を尾行したのです。そうすると、郊外へと出て行くではありませんか。
そして、しばらく歩いたのちに、野良犬と出会ったのです。野良犬はえらく気性が荒そうでした。これは危ないと思い、手を出そうとしたところ、リリィお嬢様の正体が発覚したのです。野良犬を何のそのと、その力でもって倒し、血を吸い始めました。
故に、なおさら疑問が出てきたのです。なぜ、人類の敵と言われる吸血鬼ともあろうものが、孤児院の子どもたちと触れ合い、血は人を襲うことなくそこいらの野生動物で済ませるのかと。私はすぐに姿を見せ、問いかけました。その間、お嬢様はバツが悪そうに俯いておられました。
お嬢様はこうおっしゃられました。理由は2つあると。1つ目は、子どもたちが理不尽な目に遭っていることが耐えられないから、気を紛らわせてあげられるように行動している。2つ目は、自分の行動を通して、吸血鬼への偏見を少しでも減らせたらいいと思っているから。孤児院の子どもたちと触れ合い続けていれば、いずれ成長速度で吸血鬼だとバレますからね。
嘘をついていないことは、今までのお姿と姿勢を見ていてすぐに分かりました。同族のため、子どもたちのために行動をすることを決心しているそのお姿を見て、私は思わず感銘を受けました。それより以降は、吸血鬼を色眼鏡で見ることを止める決心をして、今こうして、お嬢様の眷属として活動をさせて頂いております」
満足げな話を聞き終えて、アネットは笑顔で言う。
「ツァーネル様は、リリィ様のことをとても思っていらっしゃるのですね」
「はい。私の自慢の主人です」
「照れるわ、ツァーネル」
「ほっほ。思っていたことを申したまでです」
「もう」
2人の関係も、悪くはないようだった。リリィは言葉だけは咎めているものの、言葉の雰囲気にはそんな様子は感じられない。
「じゃあ、俺も聞いていいかな。リリィは、なんで姉さんに憧れているんだ?」
「簡単よ。何者にも負けることがない強さを持っていながら、ジェイフォードのように驕ることなく、自分を持った上で人も吸血鬼も助けている。その姿に、私は憧れているの。私も、自分なりに人も吸血鬼も助けたいと思っていたから、お姉様の在り方は、私の理想そのものなの。だから、とても憧れているわ」
「……そっか」
雰囲気で、嘘ではないと感じる。
「じゃあ、遅れたけど。宜しく頼む」
「ええ。あなたたちの話も、聞かせなさいよね」
リリィは、はにかみながら握手に応じてくれた。
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