第12話 ジェイフォード戦

「ぐおおお!」


 ジェイフォードは、そのまま落下することなく、吊り橋を片手で掴んで、そのまま体を持ち上げて吊り橋に乗っかった。


「テメェ、俺の真似を!」


 怒りに唇を震わせている。今できる最大限の威力で撃ったのに、体力を削りきれないか!


 けれど、手応えはあった。もう一度当てたい。そうすれば、かなり優位になる。


「お前、ずいぶんタフだな」


 思わず、口から感想が漏れた。ジェイフォードが歩み寄ってくる。警戒しているのだろうか。動きがゆっくりになってきている。会話の流れで怒らせるのは、もう無理そうかもしれない。


 そして、拳を振りかぶって、突きだした。爆風を避けるために、左に飛ぶ。


 だが、爆発しなかった。そのときに、こっちの動きを見るために、わざと拳を突き出したのだと直感で気付いた。まずい!


「喰らえや!」


 今度こそ、爆発を起こすために拳を突き出してきた。爆風が眼前で巻き起こる。熱い! 逆風で息ができない! 吹っ飛ばされながら、俺は着地場所をすぐに探した。そして、別の足場に、アネットが逃げていた場所に落下する。右の手のひらと両足の裏を引きずりながら勢いを殺し、どうにか耐える。


 駆け寄ってくるアネットを制止して、こっちに向かってくるジェイフォードを睨んだ。


「眷属が邪魔そうだな? ベル」


「邪魔? 冗談だろ」


「邪魔だろう? お前は吸血鬼だから、俺の攻撃を受けても五体満足でいられるんだ。人間が俺の能力を受けてみろ。一発で昇天しても、俺は驚かないね」


 だから、何なんだろう。それが分からないのか。


「邪魔だとか、一発で昇天だとか、人を測る基準が産まれたばかりの俺よりなさそうなの、どうにかした方がいいぞ。アンタ」


「どういう意味だよ」


「そのままだよ」


 もう、話しても無駄だ。そう悟ったのは、向こうも同じらしい。また拳を構えるまで、そう時間はかからなかった。しかし、もう手の内は出し尽くした。次はどうするか。そう思ったとき--。


「止まって!」


 アネットの声が、後ろから聞こえてくる。すると、次の瞬間にはジェイフォードの右側にいて、突き出された拳を爆破が起こる前に蹴り上げた。まるで、準備していたかのように。


 驚きに顔を歪めるジェイフォードの方を見ながら、俺は瞬時にチャンスを理解して、屈みつつ右手を出す。

 

濁雷だくらい!」


 ジェイフォードがアネットに手を出す前に、闇の雷を放つ。すぐに距離を詰める。ジェイフォードは、まるで痺れたかのように、ほんのちょっとだけ動きが止まった。ありがたい。


「アネット、離れて!」


 すぐにアネットに指示を出して、ジェイフォードの目の前で構える。


暗刻あんこく


 蹴りの力を強めて、靴裏に尖った闇の蹄鉄を張り付け、ジェイフォードの胸板に闇を刻む。ザク、と刺さる音がした。

 

「ぐおおお!」


 ジェイフォードは悲鳴を上げる。段々耐える余力がなくなってきているようで、続けて思いきり蹴ると、よろよろと勢いにやられたまま後退していった。更に、闇の球体を作って、撃ち放つ。


「テメェ--!」


黒爆こくばく!」


 一瞬だけ収縮して、再び闇が爆ぜる。ジェイフォードは力なく吹っ飛び、1階層に向かって落ちていった。様子を見るため、吊り橋の傍から顔を覗かせると、地面の上に倒れているジェイフォードの姿が見える。


「クソが、この程度で……」


「盛大に負けたな、ジェイフォード」


 不意に、姉さんの声が聞こえて、心臓が飛び出るかと思った。いつの間にか、傍の足場にまでやってきている。ジェイフォードは、姉さんの言葉に反応する。


「エニア! テメェ、どうやって出て来た!」


「ああ、私たちを閉じ込めていたあの壁か。しばらく殴っていたら突破できたよ」


「そっちはそっちで、やっぱり何かあったんだね」


「ああ。しかし、驚いたぞ。ジェイフォードを負かすとは」


「負けてねぇ!」


「負けただろう。その証拠に、立てるのか?」


 姉さんの台詞に答えるように、ジェイフォードは両腕を地に付けて立ち上がろうとするが、力が入りきらないのか、やがてその動きがやめられることになった。


「そら、見たことか。我が弟は、闇を贅沢に扱える数少ない吸血鬼の一人だ。ここまで、ただ体力を削られる戦いというのは、お前とて経験したことがあるまい」


「そんなに珍しいのか? 闇を贅沢に使えるのって」


「私は、1日の総量からすれば、全力でやるなら、暗刻3回と濁雷2回が1日の限度だ。お前は今日1日で、どれだけ使った?」


「えーと、ブラックボックスの店で品物を色々見るために使って、アネットに染み込ませて、そして呪縛1回、闇撃1回、濁雷2回、暗刻1回、黒爆2回……ですね」


「技は全部、全力で使っただろう? まだ余裕はあるか?」


「あるね」


「そら見たことか。お前の闇の総量は、異常と言っていいほどの才能だ。忘れるなよ? 何はともあれ、お前の勝ちだ。良くやった。バンバック! ジェイフォードを連れて行け!」


「分かった!」


 姉さんが、1階層に降りていたバンバックに指示を出す。こういうときは立場が逆になるんだな、と思いながら、連行されていくジェイフォードを眺めていた。その後、周りの吸血鬼が、歓声を上げて飛び出して来た。

 

「お前、凄いな! ジェイフォードをやってくれてスカッとしたぜ!」


「あいつが目指す世界には賛成してなかった! 倒してくれてありがとう!」


「あ、ありがとうございます」


「嬢ちゃんも凄かったな! 何の能力なんだ!?」


「えっと、時間を止めることが--」


「すげぇな! ジェイフォードの腕を蹴飛ばしたときはびっくりしたぜ!」

 

 褒められ慣れてないので、こんなときにどんな反応をすればいいのか分からない。とりあえず、笑顔を浮かべて、失礼にならない程度に謙遜した方が良いのかも。


 しばらくは、騒がしい中で過ごすことになった。やがて、姉さんに呼ばれて、別れを惜しまれつつ、休める場所へと向かう。


 そこは、さっき訪れた姉さんの友達の部屋だった。ベッドが余っているらしく、今日はそこを貸してくれるらしい。一部屋に3つもベッドを移してくれて、ゆっくり休んでねと気を使ってくれた。


「さて、ベルよ」


 3人だけになった途端、姉さんが少し息を整えた。少し、言われることは覚悟していたので、「何?」と返す。


「何故、逃げなかった?」


「やっぱり、そこ?」


「当然だろう。勝ったからいい訳ではない。何故だ?」

 

 少し、バツが悪い。でも、正直に話すことにする。


「最初は、逃げるつもりだったよ。アネットもいたから、アネットと逃げられるだけの隙を作ろうと思っていた。だけど、あいつの話を聞いて、否定したくなっちゃったんだ」


「否定?」


「あんな奴に負けたくない、あんな奴から逃げたくない。そういう気持ちの方が強くなってきてさ。戦い続けることに決めたんだ。ごめん」


 許されるとは思っていない。ただ、これで良いと思った。あんな奴に負けたくなかったし、逃げたくもなかった。最後はアネットのお陰で勝てたようなものだが、俺が負けたとしても姉さんなら負けるはずがないとも思っていた。


「人によっては、言い訳だと一蹴されそうな理由だな」


「そうだね」


 いかに自分勝手な理由で戦い続けたかは、自分がよく分かっている。だから、怒られてもしょうがない。そう思っていたのに、意外にも、姉さんは落ち着くために息を吐いた。


「だが、自分の弟が腰抜けでは無かったと分かって、意外にも少し気分がいいよ」


「どういうこと?」

 

「お前は負けていたかもしれないし、死んでいたかもしれない。そういった状況でも、お前がジェイフォードに屈しない道を選んでくれることを、私は無意識のうちに望んでいたというわけだ。わからんものだ。大事な家族に無理をしてほしくない、という気持ちばかりが、自分の中にはあるものだと思っていたんだがな」


「……姉さん」


 寄り添ってくれた、と言うわけでもなさそうだった。本心から、そう思っていそうな雰囲気がする。いや、両方だろうか。


 姉さんも、微妙な気持ちを抱えていた。その中に、自分を肯定してくれるものがあって、少し嬉しくなる。


「だが、やはり無理はするな。そうは言わざるを得ない。私立探偵としてロンバルドンに行った後も、気をつけるんだぞ」


「うん。ありがとう、姉さん」


 今後も死ねないし、負けられないなと思った。もっと、強くならないといけないな。


「ところで、私立探偵でいいのか? おそらく、天上人絡みの事件が飛び込んでくる可能性があるから、私立探偵になってほしいとバンバックは言っているのだろうが。他の職業が良ければ、相談に乗ってくれるかもしれないぞ」


「あぁ」


 話を聞いたときは、何か考えがあっての私立探偵なのだろうと思っていた。だから、別の職業でもいいかもという可能性は考えてなかった。ちょっと考えたくはなる。


「どうしようか」


「あの」


 そんなときに、アネットが声を上げた。何だろう、とアネットの方を見る。


「差し出がましいようですが、ベル様なら大丈夫だと思います。私を助けて下さったときといい、さっきといい、観察する力や機転を利かせる力が、ベル様にはあると思います。それから、それを活かせる好奇心も。だから、ベル様なら、大丈夫だと思います」


「アネット……」


 そんな風に思っていてくれていたとは。これは、頑張らなければならない。私立探偵だろうが、何だろうが、やってやろうじゃないか。


 その様子を見てか、姉さんが声を上げる。


「もしかして、邪魔か?」


「え?」


「い、いえ! そんなことはないです! そんなことは!」


「なら、いいが」


 別に邪魔ではない。そう思いながら、姉さんの声に答えた。

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