第11話 ブラックボックス

 まずは、姉さんの旧友に会いに行った。


 姉さんには申し訳ないが、交流を楽しむ友人がいるというのが、少し意外だった。

 バークが相手のときとは違った抑揚で、話し込んでいる。


 だが、旧友の方が別れを惜しんだので、俺を連れて行きたい店という場所には、アネットと2人で行くことになった。待ち疲れないか、気を使ってくれたのだろう。


 何かあれば、すぐに戻ってくると約束して、ブラックボックス店というところに向かった。


 向かうと、そこは一部屋中に、手のひらサイズの黒い箱が陳列されている場所だった。部屋は照明のお陰で明るめだが、雰囲気は箱のお陰で暗い。


 そこには、白のブラウスに黒のベスト、黒のスカートを着た金髪の少女がいた。


「おや、初めまして。私はイニーって言います! よろしくね!」


 快活な笑顔を浮かべて、挨拶をしてくれた。こちらも簡単に自己紹介をする。


「初めまして、ベルナディールと申します。ベルと呼んで下さい。エニア姉さんの紹介で--」


「ああ、君が弟君かぁ!」


「えっと、私は眷属のアネットと申しま--」


「おお! 凄い、もう眷属がいるんだ! 早いねぇ」


 言い終わらないうちに、イニーはハッとした風に言ってきた。


 姉さんが弟か妹を欲しがっていたというのは、周知の事実か何かなのだろうか。


 アネットも自己紹介を終えてから、イニーは軽く咳払いをする。


「さて、ウチについてはどれだけ聞いているのかな?」


「まだ何も。イニーに説明して貰ってくれって」


「あら、そうなの。じゃあ一から説明するね」


 そう言って、イニーはそこらに陳列されている黒い箱のうちひとつをつまんで持ってきた。


「私の店で扱っているのはこれ。ブラックボックスって言うの」


「これは何かがしまってあるんですか?」


「そうだよ! ベル君は闇のエネルギーを扱えるんだよね?」


「ええ」


「それなら、試しに闇のエネルギーをこの箱に流してみてよ」


 ブラックボックスを受け取り、言われたとおりに闇のエネルギーを流してみる。


 すると、溶けるように変質して、紫みを帯びた黒いナイフになっていった。


「これは、闇のエネルギーで作られたナイフ?」


「その通り。ブラックボックスは、闇のエネルギーで作られたものを、小箱の形に変形させたものなんだ。改めて闇のエネルギーを流せば、元の力を取り戻すって訳。闇のエネルギーで創られたものなら、なんでもブラックボックスにできると思うから、ナイフみたいな物だけって訳でもないんだよ」


「もしかして、もっと小さくできる?」


「できますよ。そういったところは、私や、これができる人の応用力次第だねぇ。もしかしたら、君にもできるかもしれない。闇から産まれたんでしょ?」


「それなら、やってみたいな。あとひとつ聞きたいんだけど、眷属にも持たせられる?」


「ええ。ブラックボックスに、今度は闇のエネルギーを追加で閉じ込めてみて下さい。それを解放できるくらいのものをね。あとは、眷属に闇のエネルギーを染み込ませれば、君の闇のエネルギー同士が共鳴して、君と君の眷属にだけ開けるブラックボックスができあがります」


「眷属に、闇のエネルギーを染み込ませる……」


 そんな闇のエネルギーの使い方は思いつきもしなかった。姉さんは、こういった面からも、ここに俺を連れてきたかったのかもしれない。


 試しにやっておきたいので、アネットに声をかける。


「アネット。闇を流してもいい?」


「は、はい。よろしくお願いします……」


「気分が悪くなったら、すぐ教えてね」


 アネットの左肩に手を置いて、闇のエネルギーを流し込む。こう、染み込ませるように。


「ん--」


「大丈夫?」


「大丈夫です。少し、背筋が」


「少し、体力が削れているのかもな。よし、もういいはず」


 加減を聞き忘れていたが、全身に渡るくらいには渡した。おそらく、これで大丈夫だろう。


「それで、何か選んでくれるの?」


「ああ。そのつもりで来たよ。姉さんから、お金も預かってるし」


「そりゃ結構」


 それからは、イニーの許可を得て中身の確認をしつつ、品選びをしていった。


 当然、アネットの分も選ぶ。今後、自分もだが、アネットにも危害が及ばないなんて保証はない。少しでも、どうにかできる可能性を広げるための品選びだ。

 

 ブラックボックスの箱は、小さければ小さいほど、元に戻すために闇のエネルギーを消費するということも分かったが、俺には些末なことのように感じられた。それを話すと、イニーから「流石、闇から直接産まれただけあるね」と少し引かれた。


 品物選びが終わり、中央の広間に戻る。すると、最初に来たときよりも、静かな感じがした。それぞれの吸血鬼が部屋の中に戻っていったのかとも思ったが、違う感じがした。


「アネット、気をつけて」


「え? はい」


そのまま、姉さんのところに戻ろうと、いくつか足場を渡る。そこで、声が聞こえてきた。


「おい、テメェがベルか?」


 予感的中というべきか、顔を上げると、3階の足場に赤髪の巨漢がいた。上半身が裸で、黒いズボンを履いている。さっき姉さんに突っかかってきた、ジェイフォードという奴だ。


「何の用ですか?」


「何の用か、ねぇ」


 ジェイフォードは、自信満々の嫌な笑みを浮かべながら焦らす。ジェイフォードの周りに人がいない。瞳だけで周囲を確認するが、やはり近場に人はいなかった。どうやら、ここから先の展開が見えてきた。相手に悟られない程度に、アネットに下がって欲しくて手を動かす。

 

「テメェを打ち負かして、人質にするつもりだって言ったらどうする?」


「人質?」


「そうさ。お前を人質に、もう一度エニアと交渉するんだよ。戦えってな」


「それで勝ったとして、王として認められると思ってんのか? アンタ」


「当然だろう! 力ある者は王になる資格有りさ。さぁ、行くぜ!」


 ジェイフォードが拳を突き出してくると、その瞬間に目前で爆発が起きた。一瞬、何が起きたのか分からなかった。分からないまま、爆風による風圧と熱を受けながらも、そのまま後ろに吹っ飛ばされた。


「ベル様!」


「そういえばお前は、眷属か?」


 まずい。なんとか着地して、ジェイフォードを見ると、同じように拳を突き出す寸前だった。


「アネット!」


「止まって!」


 慌てて名前を呼んだ。だが、その瞬間にアネットも叫ぶ。すると、アネットの姿が一瞬で消えて、ジェイフォードが起こした爆発は誰も捉えることなく終わった。


「アネット?」


「こっちです、ベル様」


 後ろから声がしたので、見やると、そこにアネットがいた。いつの間に移動したのか、そう思ったときに、アネットが能力者であることを思い出す。


「そういえば、能力あったんだっけ。忘れてたな」


「でも、そう簡単に何度も使えるものではなくて--」


「そうなのか。あいつは危なそうだから、一旦逃げて、いざというときに能力を使ってしっかり身を守ってくれ」


「はい!」


 どうにか隙を作って、アネットと逃げられる状況を作らなければ。後ろに避難していくアネットを見送りながら、そう思った。


 ジェイフォードもアネットが能力持ちだと察したらしい。驚いた顔をしていたが、すぐにこちらを見て、楽しそうに笑みを浮かべる。そして、飛び降りて同じ階層の足場にやって来た。拳を振りかぶる。


 どうやら、爆発を起こすためには、拳を振る必要があるらしい。それなら。


 今度は、拳を横に振るうところを見た瞬間に、前に飛ぶ。


「ほう!」


 今まで俺がいた場所の、右から左へ連続で起きた爆発の爆風によって、今度は前に吹っ飛ぶ。風圧と熱による痛さで、顔が歪みそうになるが、目を離す訳にはいかない。ブラックボックスを取り出し、闇のエネルギーを流しながら投げつける。


呪縛じゅばく


 ブラックボックスが、ジェイフォードの眼前で形を変え、それは輪っかになり、ジェイフォードを捉えた。


「何!?」


 闇の輪は的確に、ジェイフォードの腕ごと体を縛り、体力を削る。そこに俺は、闇で手袋を作りながら突っ込んでいく。


 そして、一発ぶん殴る。威力を確かに強めたはずだが、両足は地に着いたまま、引きずる形で後退させただけに留まった。呪縛で体力を削りながら殴ったのにこの程度。どうやら、相当に体力があるようだ。


 その証拠に、呪縛を力でねじ伏せる。腕ごと体を縛ったはずだが、腕の力のみで呪縛の輪っかを破壊し、すぐに戦闘態勢に戻った。


 しかし、少しは削れたはずだ。一瞬だけ肩で息をして、自分を落ち着かせようとしたところを、見逃すほどトロくはない。


 ジェイフォードはそれを悟らせないためか、勢いよく突っ込んで来た。まだ笑みは浮かんでいる。


 大きく拳を振るい、俺に拳を当てにかかる。それを避けて、今度は懐に入り、右の手のひらをジェイフォードの腹に当てる。


濁雷だくらい


 闇で作った電流を流す。すぐに、横薙ぎの拳が振るわれた。それを、退いて避ける。


 すると、腹に向かって蹴りが放たれた。蹴ってくるのは想定外だったので、まともに喰らう。


「--ッ」


 連続で拳が突き出される。蹴りをまともに受けたところに、追い打ちの爆発が襲ってくる。その威力による熱さと風圧が凄まじい。足場から落ちそうになったが、なんとか踏みとどまった。


「ベル様!」


 アネットの心配そうな声が聞こえる。こんなのを、アネットに受けさせる訳にはいかない。


「思ったよりやるじゃねぇか。退屈に終わるんじゃねぇかと思ってたけどよ」


 腕を回しながら、見下すような笑みを崩さない。そんな奴を見て、聞きたいことができた。


「おい、聞きたいことがある」


「あ? 何だよ」


「王になって、何をするつもりだ?」


「あぁ、そうか。お前は俺の理想を知らねぇか」


 そういえば、という風にジェイフォードは語り出す。


「簡単さ。天上人も人間も、吸血鬼に従うようになる世にするんだよ。まずは人間を従わせる。人間が従えば、どこで戦おうが警察に捕まらなくなる。今までビクビクしていた奴らも、眷属に困っていた奴らも、晴れて好きに暴れられる、奪えるようになるって訳だ。そして、天上人だ。人間に好かれているからって好き勝手暴れやがって。全員下して、コキ使ってやる! 分かるか? 俺たちが全ての世界にするんだ!」


 何だ、その理由は。

 

「そんなの、短絡的すぎるだろ。俺たちが積極的に暴れて、奪って、どうやって長期的に生きるつもりなんだよ。俺たちは長生きなんだぜ? お前の理想に準じるくらいなら、人間任せの方がずっといい気がするよ」


 「何だと!?」


 こんな奴に、負けられないな。そういえば、姉さんはどうしているのだろうか。どっちにしても、もう負ける気はないが。


 「それにしても、お前の爆発の音が鳴り響いても、姉さんが来る気配がないってことは、何か手を打ったって事か? 目指すものの割に、臆病なんだな? 割って入られたくないってか」


「テメェ--!」


闇撃やみうち


 理想を語って笑顔だったジェイフォードが怒りに燃えたところで、攻撃を仕掛ける。空中に、闇で作った球が6つ現れ、ジェイフォードに飛んでいく。


「ハッ、こんなもの!」


 ジェイフォードは構わず、一部はそのまま受け、一部は腕で弾きながら爆発を起こす。ただの球なので、当たってもびくともしない。ここまでは、予想通り。続けてもうひとつ、闇の球を作って撃ち放つ。


「だから、こんなもの意味なんか--」


 闇の球がジェイフォードの傍まで来たところで、一瞬だけ収縮する。そう、それだけは別物なんだ。それに気付いても、もう遅い。


黒爆こくばく


 闇が爆ぜる。それは確かにジェイフォードを捉え、大きく吹っ飛ばす。初めて、あの巨体が宙に浮いた。

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